13 / 14
後日談: あなた
第β話
しおりを挟む「は?!偽装結婚?!」
イザークは耳を疑った。なぜ?どうして偽装結婚?そしてまた偽装かよ!!イザークは心の中で舌打ちする。
「うーん、この間あんたに気をつけろって言われて、確かに言い寄られることも多いしじろじろ見られるのも面倒くさいかなって。」
イザークの返事も気にせずアデルナは頬杖をついて話を続ける。
「まあ結婚指輪してれば虫除けにくらいなるんじゃないかと。」
「虫除け?そんなことで結婚するんですか?!」
「偽装だし。フリだけならいいでしょ。」
「全っ然良くないです!!」
このお姫様はぶっ飛んでいるが、今回は酷すぎる!!偽装?虫除け?俺をなんだと思ってるんだ?!イザークは片手で顔を覆う。
焦燥が一気に募る。焦がされて痛いほどなのに、この姫は無神経この上ない。
一方のアデルナは反対されて不平顔だ。困ったように思案する。
「そうなると何かいい方法ないかしらねぇ。」
その発言にイザークはハッとする。
「姫。誰かと偽装結婚するのもダメですからね?」
釘を刺せば、流石のアデルナも呆れた声を上げる。
「しないわよ。当たり前でしょ?そんなのもっと面倒くさくなるわ。あんたと一緒に住んでる説明ができなくなるし。もう指輪だけでもつけようかしら?」
「俺もつけないと余計おかしなことになるでしょ?!」
「じゃあさ!イザークも指輪だけつけてよ!」
「だから偽装はしませんって!」
指輪だけ、のくだりにイザークはさらに心がざわめいた。人の気も知らないで!なんなんだこの姫は!
仕方ないなぁ、とアデルナが嘆息した。
偽装駆け落ち、偽装結婚。偽装という言葉にがんじがらめにされて身動きが取れない。この戒めが、アデルナからなんとも思われていないんじゃないかと不安を煽る。それがさらにイザークの身を焦がす。大声で喚きたい!もう発狂してしまいそうだ!
俺はあなた以外なんにもいらないのに!
喉渇いたから何か飲む?と席を立ち背中を向けたアデルナのうしろ姿に怯え、十年積み上げた理性があっけなく崩壊した。イザークの手が伸びる。
次の瞬間、イザークはアデルナを呼び止めて、背中から抱きしめていた。
「イザーク?」
「行かないでくれ‥‥」
追い詰められてそれしか言葉が出なかった。震える手が更にきつく華奢な肩を抱きしめる。アデルナがその腕にそっと手を添えた。
「どこにも行かないわよ?」
「‥‥違う、‥そうじゃない。」
アデルナは静かに微笑んだ。
「—— じゃあ何が欲しいの?」
「あなたの‥こころがほしい。」
イザークが声を絞り出す。焦がされて焦らされて狂わされて、じりじりとした、痛いを通り越して身を引き裂かんばかりに苛む焦燥の中でイザークはただ欲しいものを言う。
「なら乞うてみなさい。」
アデルナの静かな声に抱きしめる腕の力が抜けた。
「私に乞うてみなさい。そうすれば叶うかもしれなくてよ?」
抱擁が解けた腕の中で振り返るアデルナは慈悲深い聖女のように微笑む。イザークは差し出されたアデルナの手を弱々しく取り跪く。
アデルナを失えばそれこそ何も残らない。十年前、一度その孤独を味わっている。この人を失って自分は生きていけるのだろうか。その孤独と絶望を思いイザークは体を震わせ慄く。
今までアデルナと重ねた日々を思えばそんなことはありえない、と脳内で声がする。それでも震えが止まらない。掠れた声で想いを紡ぐ。
「あなたの傍にいたい。あなたのこころがほしい。あなたの慈悲を、憐愛を俺に与えてくれないか。」
痛いほどの沈黙が部屋に落ちる。イザークには永遠に感じられるほどの時間だった。
「ほんと、馬鹿な人ね。」
嫣然と微笑んだアデルナの言葉にイザークは青ざめる。だからアデルナが抱きついてきて、驚いて固まってしまった。
「私のこころなんて十年前から差し出していたのよ?なんで気が付かないのかしら?」
「え?」
「あんたを路上で見つけた時からずっと私はあんたのものだったのよ?本当に鈍いんだから。」
そうしてアデルナはイザークの雫を舐めとった。右目から涙が溢れていた。泣いたのはいつ以来だろう。それくらい俺は不安だったのか。それを舐め取られた事実にオタオタするも、抱きついてくるアデルナの体を壊れないようにそっと抱きしめた。
ああ、やっと手に入れた!十年かけてやっと!手に入れた‥んだよな?
アデルナの柔らかさと甘やかさを満喫しながらふと頭を疑問がよぎった。この姫のことだから確認しておかないと危険だ。
「えーと、これでもう偽装はなしということでよろしいですか?」
「そうね、偽装はなしよ。でもまだまだあんたはダメだから、私が連れていってあげるわ。安心なさい。」
え?連れて行くってどこに?もうこれ以上は懲り懲りなんですが。イザークはゾッと体を震わせた。
アデルナはそんなイザークの頬をするりと撫でて蠱惑の笑みを浮かべる。そして指輪を二つ取り出して一つをイザークに渡した。
「偽装用に準備した指輪。明日きちんとしたものを買いにいきましょうね。」
そう言ってアデルナはイザークの左手薬指に指輪をはめた。なんの飾りもない質素な指輪。下賜品ではなく、アデルナからイザークに初めて贈られたもの。
「いや、これでいいです。これがいい。」
そういってイザークもアデルナの指に指輪をはめた。
きっとこれからもこの姫には焦らされて焦がされて狂わされる。それは終わりのない甘い苦しみ。俺はそれに苛まれながらこの姫の傍に立つ。これでいいんだ。
そうしてイザークは愛しい姫を抱きしめ口づける。
ほしいのはあなただけ
あなた以外なんにもいらない
0
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢カタリナ・クレールの断罪はお断り(断罪編)
三色団子
恋愛
カタリナ・クレールは、悪役令嬢としての断罪の日を冷静に迎えた。王太子アッシュから投げつけられる「恥知らずめ!」という罵声も、学園生徒たちの冷たい視線も、彼女の心には届かない。すべてはゲームの筋書き通り。彼女の「悪事」は些細な注意の言葉が曲解されたものだったが、弁明は許されなかった。
包帯妻の素顔は。
サイコちゃん
恋愛
顔を包帯でぐるぐる巻きにした妻アデラインは夫ベイジルから離縁を突きつける手紙を受け取る。手柄を立てた夫は戦地で出会った聖女見習いのミアと結婚したいらしく、妻の悪評をでっち上げて離縁を突きつけたのだ。一方、アデラインは離縁を受け入れて、包帯を取って見せた。
悪役令嬢まさかの『家出』
にとこん。
恋愛
王国の侯爵令嬢ルゥナ=フェリシェは、些細なすれ違いから突発的に家出をする。本人にとっては軽いお散歩のつもりだったが、方向音痴の彼女はそのまま隣国の帝国に迷い込み、なぜか牢獄に収監される羽目に。しかし無自覚な怪力と天然ぶりで脱獄してしまい、道に迷うたびに騒動を巻き起こす。
一方、婚約破棄を告げようとした王子レオニスは、当日にルゥナが失踪したことで騒然。王宮も侯爵家も大混乱となり、レオニス自身が捜索に出るが、恐らく最後まで彼女とは一度も出会えない。
ルゥナは道に迷っただけなのに、なぜか人助けを繰り返し、帝国の各地で英雄視されていく。そして気づけば彼女を慕う男たちが集まり始め、逆ハーレムの中心に。だが本人は一切自覚がなく、むしろ全員の好意に対して煙たがっている。
帰るつもりもなく、目的もなく、ただ好奇心のままに彷徨う“無害で最強な天然令嬢”による、帝国大騒動ギャグ恋愛コメディ、ここに開幕!
悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜
咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。
もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。
一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…?
※これはかなり人を選ぶ作品です。
感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。
それでも大丈夫って方は、ぜひ。
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに
reva
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。
選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。
地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。
失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。
「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」
彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。
そして、私は彼の正妃として王都へ……
婚約破棄されたので、前世の知識で無双しますね?
ほーみ
恋愛
「……よって、君との婚約は破棄させてもらう!」
華やかな舞踏会の最中、婚約者である王太子アルベルト様が高らかに宣言した。
目の前には、涙ぐみながら私を見つめる金髪碧眼の美しい令嬢。確か侯爵家の三女、リリア・フォン・クラウゼルだったかしら。
──あら、デジャヴ?
「……なるほど」
なりゆきで妻になった割に大事にされている……と思ったら溺愛されてた
たぬきち25番
恋愛
男爵家の三女イリスに転生した七海は、貴族の夜会で相手を見つけることができずに女官になった。
女官として認められ、夜会を仕切る部署に配属された。
そして今回、既婚者しか入れない夜会の責任者を任せられた。
夜会当日、伯爵家のリカルドがどうしても公爵に会う必要があるので夜会会場に入れてほしいと懇願された。
だが、会場に入るためには結婚をしている必要があり……?
※本当に申し訳ないです、感想の返信できないかもしれません……
※他サイト様にも掲載始めました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる