【完結】ヒロイン、俺。

ユリーカ

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Ⅰ ヒロイン、俺。

009: めざせ!スローライフ!

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 俺を見上げていた狼が目を瞠っている。その黒い無垢な目がキラキラしている。えーと、この目はちょっと苦手だ。

『おお!確かに!このままでは危険ですな!敵情調査!陛下の思慮深さに恐れ入りましてございます!!』

 割とでまかせで言ってみたがそれっぽくなった。言ってる俺も納得だし。こいつもチョロいやつで助かったが罪悪感もあったりする。そのキラキラヤメテ‥‥

 まあ?俺が王サマっていうなら少しくらいわがまま言ってもいいよな?ほんのちょーっとだけ世界を見て回るだけだ。現実逃避してるとか観光したいとかじゃないぞ?

 となると次なる問題は‥‥

「そういうわけで人族の街に行ってみようと思うんだが‥‥お前、その姿を変えられないか?」
『恐れながら、変える‥とは?』
「狼以外の姿になれないか?その姿は人族に恐れられる」

 見た目は一般的な麦わら色の狼、魔族には見えないが流石に街に狼を連れて行けないだろう。大騒ぎになると俺の常識でもわかる。かといって置いていくのも心細い。万一英雄二人に見つかっても俺を守れるのはこいつだけだ。
 だが姿を変えられれば問題ないわけで。さっき大きさ変えられたんだから姿形も変えられそう?

 俺の問いに狼がバツの悪そうな顔をした。

『‥‥‥擬態の姿は我も持っておりますが‥‥少々問題が‥』
「問題?どんな?」
『その‥‥醜い姿ですので‥その姿で陛下のおそばに控えるのは障りがございます』
「醜い?何が?よくわからないがそれは俺が判断する。どれ?ちょっとなってみ?」
『し、しかし!魔族らしからぬもので‥陛下の御前に晒せるものでは‥』
「まあいいからなってみろって」

 そこまで言われるといっそ興味が湧いた。ブサメン?どんだけヤバい姿なんだ?俺的には猛獣の姿じゃなきゃ何でもいいんだが。
 モジモジと躊躇う狼を急かして擬態させる。魔王である俺の命に逆らえないのだろう。諦めたのか狼の姿が光を放つ。光り輝くシルエットがさらに小さくなった。光が失せて現れたその姿に俺は目を瞠り青ざめて絶句、まさに言葉を失った。一瞬呼吸さえ忘れてしまった。

「‥‥‥‥か‥‥」

 そんな俺になにやら誤解したのか、小さくなった狼が慌てて言い募った。

『やッやはりこの姿はいけませんでしたか!このような醜い姿!誠に申し訳ごz』
「可愛い!!!!!」
『‥‥‥‥は?』

 俺はその小さな獣に手を伸ばす。頭を撫でればもふもふと感触が気持ちいい。それは昔、幼い俺が飼いたいと熱望した生き物だ。

 黒く丸い小さなつぶらな瞳、茶色くもふもふとした毛皮にふわふわの尻尾。あざとくもピンク色の舌がぺろりと口から覗いている。その愛らしさに俺の魂が震えた。麦わら色の獣をそっと抱き上げて高く掲げてみせる。フリフリする尻尾がめちゃくちゃめんこい!

 こいつの名は———

「ポメラニアン!!!」
『ぽ?』
「マジか?!可愛いの権化?!お前最高だよ!」
『そッそんな‥‥我はこんなにも醜いのに‥』

 え?何基準だよ?!全ッ然醜くなんかないぞ!
 魔族の美意識はどうなってんだ?!

「めちゃくちゃ可愛い!自信持てって!お前は俺の理想の犬だ!よくぞこの姿になってくれた!ありがとう!ポメ!(命名)」
「アンアンッ」

 可愛く鳴く仔犬をたまらずぎゅっと抱きしめる。抱き心地も最高!鳴き声も可愛い!尻尾フリフリの様子を撮影して電波に乗せれば速攻!ダントツで!アイドル犬ナンバーワンになれるぞ!

 もうわかっていると思うが。
 俺は無類の犬好きだ。

『‥‥このように醜い我にそのようなお言葉‥もったいない!!』
「ポメ!!(確定)」
『陛下!!』

 ひしと抱き合う神話級美少女にアイドル犬。バッチリ相思相愛だ。中身は魔王にメチャ強な魔狼なんだが。そこは気にすんな!

「まあ経済的な問題はあるがおいおい考えよう。早速どっか街に出るか。まずは街道を目指して———」

 言いかけたところで景色が歪む。目の前に石畳の立派な道、奥深い森の中にいたはずなのに俺は街道脇の茂みの中に立っていた。遠くには小さく街が見える。

「は?いつの間に?!」
『この程度でしたら我の力でも移動できます』
「おお便利!なんかお前すごく気が利くな!」
『それ程ではございません。それと当座の金子はこちらをお使いください』

 抱き上げていたポメの口がいつの間にか革袋を咥えていた。差し出した俺の手にそれを落とすもずしりと重い。開いた袋の口から金貨と銀貨が見えた。
 「ルキアス」の記憶では、この世界の貨幣は金貨、銀貨、銅貨。金貨一枚なら上流市民一年分の収入となる。それがざくざくと革袋の中でうなっていたわけで。

「げぇぇッ なんだこれ?!」
『まだございますのでご自由にお使いください』
「まだあんのか?!」
『さらに必要でしたら城から持って参りますので』
「え?城?あそっか!お前ホント!すッごい奴だな!」
『ははッ恐れ入ります』

 つぶらな瞳の仔犬がかしこまったセリフを吐いた。ビジュアルと全然合ってないな。

 そういやこれでも俺魔王だし?王様金持ち?城のものは俺のもの?

 あれ?経済問題即解決?収入のアテがあるならもうやりたい放題じゃね?就活不要?ウハウハ豪遊できちゃうのか?

 これからメチャカワもふもふポメと一緒に予算無制限のゆるふわ豪華グルメ旅?偵察がてら自然豊かで住みやすそうな場所探して?どさくさでひっそりと夢の一戸建てマイホーム建築!そんでもって畑耕してゆるく自給自足して、可愛い嫁とアイドルペットと一緒に憧れのスローライフ?最高じゃん!

 学園にいた頃は激ヤバエグいルートばっかだったが。なんだ、こんな夢ルートもちゃんとあるじゃん!いい世界に転生できてよかったぜ俺!

「よし!んじゃ早速、偵察に行くぞ!人族の街の隅々まで堪能‥‥ゲフンゲフンッ調査するぞ!」
「アンアンッ」

 そして俺の可愛い嫁を探し出すんだ!
 目指せ!幸せのスローライフ!!


 この時の俺はそれはもう脳天気に夢を抱いて希望に胸を膨らませていたなぁ‥‥

 と、後に自身でため息まじりに振り返ることになるとは、今の俺は思いもよらなかった。
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