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Ⅵ ✕✕ンシャ、俺。
068: ガンド
しおりを挟む「じいちゃん!」
「飛鳥か、元気にしとるか?」
「うーん。まあまあ元気かなぁ」
モニターの向こうにはじいちゃんと年老いたゴールデンレトリバー。以前は金色だった毛は随分と鈍い金色になっていた。
入院患者は外出も面会も禁止、俺が会う人間は先生以外だと掃除のおばちゃんと配膳のおばちゃんだ。人種は不明、どちらも言葉は通じない。病院という割には看護師も他の医師も、患者さえ見たことがない。こんな大きな一戸建てに俺と先生だけ、これ病院か?ここがどこの国かもわからない。完全隔離状態だ。
面会は禁止だが電話はオッケー、両親とは毎日通信アプリで話していた。じいちゃんにかけたのはこれが初めてだ。じいちゃんのスマホにもやっとアプリが入った。
「ガンドも!元気か?ガンド!」
俺が名を呼んでも反応しない。じいちゃんが老犬の耳元にスマホを向けてやってやっと俺の声が聞こえたのか、尻尾を振ってウォンと返事をした。
「散歩に行けなくてごめん」
「なぁに、こいつももうそんな歳でもないしな。最近は耳も遠くて寝てばかりじゃ」
おそらくゴールデンレトリバーだろうと思われたガンドは保健所で保護された迷い犬だった。首輪をつけていたが連絡先もICチップもなく迷い犬の届け出もない。大型犬で保護当時気性が荒かったためになかなか引き取り手が見つからなかったが、殺処分直前に犬好きのじいちゃんが里親制度で引き取った。俺が二歳の頃だったらしい。
以来ガンドと俺は一緒に育った兄弟のような存在だ。ガンドは俺と同じ歳か少し上だろうとじいちゃんは見積もっていた。つまりガンドは犬としては相当に長生きだ。
「名前もすっかりガンドになってしまったしのぅ」
「だからいい名前なんだって。ガンドは狼とか精霊って意味だし」
「わぁっとる。なんとかいう神なんじゃろ?その話は聞き飽きたわぃ」
「聞き飽きた割に名前覚えてないじゃん」
俺とガンドは初見でウマが合った(らしい)。じいちゃんちの犬は歴代ゴン太と名付けられた。ガンドも最初はそうだったんだが、当時二歳の俺が何を勘違いしたかガンドと連呼していたせいで、ガンドが名前だと覚えてしまった(らしい)。それくらい俺とガンドは仲が良かった。ゴン太と呼んでも返事もせず、結果ガンドという名になった。当然俺は全然身に覚えがない。
そのガンドも高齢だ。犬としては十分長寿、もう長くないだろう。小さな俺を乗せて走り回ったガンド、いつも俺を守って励ましてくれた優しい兄貴。こんなことになるならもっと会っておけばよかった。
「ガンドごめんな、帰ったらたくさん遊びに行こうな」
「ウォン」
ガンドが嬉しそうに尻尾を振った。
治療開始当初、俺の体調の変化はなかったが、日を追うごとに病状は少しずつ進行していた。入院してすぐ俺は移植手術を受けたが症状は変わらなかった。時々全身にものすごい激痛が来る、そしてやたら鼻血が出る。先生は毎日数回会いにきて俺の様子を見てくれる。それ自体はとても嬉しいが、逆にそれ程に病状がよくないと流石の俺でもわかった。
「薬、少し増やしてみようか」
一日三回飲んでいる薬。だがあれを飲むと直後必ず眩暈がして気分が悪くなる。そして夜多めに飲むと異常に眠くなる。副作用らしいがそれが嫌だ。
「‥‥できればあれは飲みたくないです」
「眠ることは悪いことじゃないのよ?効果は出ているみたいだし」
俺のリンパを撫でて先生が励ますように微笑んだ。この触診は続いているのだが、俺はゾクゾクする感覚には慣れる様子がない。感じていると先生にバレたくない、今俺は反応しないように全力で頑張っているところだ。
薬による睡眠は普通の睡眠と違って不快だ。このまま目が覚めないんじゃないかと思えば怖くなる。目が覚めない、それは死と同義だ。少しずつ睡眠時間が長くなっている。その意味は?
だが日中、起きている時間は症状は落ち着いていた。俺は昼間の時間を主に読書と庭の畑の世話に費やしていた。自宅はマンションで庭もなかった。先生の許可をもらって畑を耕して本を見ながら種を播いた。
「家庭菜園やってみたかったんで。許可いただいてありがとうございました」
「そう、ならよかったわ」
「野菜できたら俺が料理しますから。先生も食べてくださいね」
「嬉しい!楽しみにしてるね」
先生が溢れるように笑った。その笑顔が究極に可愛らしい。俺の鼓動がどきどきと跳ねる。先生に会うたびに俺はこうなってしまう。
先生は俺より随分年上のはずなのに見た目は俺より年下にさえ見える。東洋人は年齢がわからないというが西洋人だってそうだ。
あの笑顔に俺が落ちたのはいつだったろう。初めて出会った時から俺の心拍は上がりっぱなしだった。先生は医師で俺は患者。先生は俺が患者だから気にかけて会いに来てくれるだけなのに。不謹慎な想いが俺の胸によぎる。
俺が本が好きという情報を知ってか部屋にはあらかじめ大量の本が置かれていた。だが言語がまちまちだ。日本語本はあっという間に読み尽くしてしまった。アメコミもあったがやはりよくわからない。仕方なく電子書籍も読んでいたが目の前にある本が気になった。
「これ、読んでみて。私もこれで覚えたのよ?」
「覚えた?何をですか?」
「言語?アスカならきっと読めるわ」
先生が笑顔でラテン言語学の日本語本を差し出してきた。ここでラテン語を出してくる先生も鬼だ。辞書のように分厚くて中身も難しかったが他に読むものもない。カッコつけたいチョロい俺にはこの本が先生のオススメというのも効いた。
相当に苦しんだが鬼難しいラテン語の仕組みを理解してからが早かった。分岐した言語をものすごい勢いで学習、ギリシャ語、イタリア語、ドイツ語、フランス語、英語、ロシア語。ヒアリングはネットで鍛えた。日本語は独自発展の言語だと改めて痛感した。
部屋に掃除にくるおばちゃんに英語で話しかけたらなんとか通じた。配膳のおばちゃんはスペイン語でジョークを言ったら大笑いしてくれた。他の言語は先生と話すことでなんとなくわかった。まあ発音は酷いものだろう。
おばちゃん二人は何かの信者のようだ。話の端々で俺に『大いなる魔女の恵みを』と言っている。
ゴッドブレスユー的な?この地域の信仰なのかもしれないな。
「すごいわ!私より早く習得してるわよ?」
「え?そそそうなんですか?」
「若いってすごいわね、やる気でこんなに違うものなのね」
何気に年寄り臭いことを言われた。先生だって若いじゃん?
先生に褒められたいの一念だけで俺頑張った。実際褒められたわけで。俺のモチベーションも赤マル急上昇だ。一方でちょっと俺の言語習得が早すぎるような気もした。
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