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Ⅶ マオウ、俺。
086: 精神の奪還
しおりを挟む黒焦げの死体の中を俺は歩いて中央の小箱の結界に手を伸ばした。人族が作り出したものにしては強力だが俺には障壁にならない。そっと触れると暖かかった。
「サクラ?」
『‥‥‥‥アスカ‥なの?』
少し気だるげな眠たそうな声がした。「ルキアス」の中にいた頃はサクラは眠ることはなかった。だからこの声音は本当に懐かしい。
「目が覚めた?サクラはいつも寝起きが悪かったから」
『‥‥そう?アスカもよ?』
「俺が寝不足だったのは誰のせいだと思った?」
『‥‥もう‥そんなことばっかり言って』
こんなやりとりさえ懐かしい。泣きそうだ。
「一人にしてすまない、消耗しないようにとりあえず俺の中に戻ってくれるか?ここはよくない。これからサクラの肉体を取り戻しにいくから」
『もう‥大丈夫?』
「ああ、サクラの場所を空けるから。魔王が封じられることはもうない」
小箱の蓋を開ければ蛍のような小さな光が出てきて俺の中に入った。サクラの肉体から精神を取り出した時はもっと大きくて眩く輝いた光、今のサクラは相当に弱っている。精神体のままで肉体から離れたせいだ。間に合ってよかった。
「俺の中で休んでいて」
胸に手を当てればサクラの温もりがした。柔らかな寝息、眠ったようだ。
背後の悲鳴に振り返れば王と法皇が逃げるところだった。いつの間にかヘルメスと召喚された大蛇が二人を取り囲んでいた。ヘルメスの手には大振りの槍、ヘラが作ったヘルメス専用装備だが竜人のこいつが持つと貫禄あってギリシャ神話の海王ポセイドンのようだ。ヘルメスの足元に転がる騎士は王の護衛だったか。
「もう少しで逃げるところだったよ」
「あぁすまない、忘れてた。お前たちがボスだな?」
諸悪の根源、全てこいつらが指示を出した。
「ひッ ゆ‥許してくれぇ」
「神の御言葉のままに‥‥わしらは何も!神よ!この者に裁きを!」
「何も?何もしていないだと?ふざけろよ?ハイエルフの村を襲わせて?太古の森に軍を出して?こんな結界までわざわざ作りやがって!」
これだけのことをしておいて命乞いするか?いっそ信仰のために死んだ兵士たちの方が潔い。逃げるものは見逃した。だが首謀者は別だ。目を鋭く細めるヘルメスが囁いた。纏う気配は殺気だ。
「これは僕の獲物だよね」
「ああ、だが一撃で仕留めろ」
「誰がクビだって?そういうところが魔王なんだよ」
くすりと笑ったヘルメスが右手の槍を振りかぶった。
「次に神託を聞いて動く時はもう少し自分で考えてからにした方がいいよ。ああ、すまない。お前たちに次はもうないんだったね」
愚王二人の首が刎ねられた。
床に描かれていた結界魔法陣や魔道書物が保管された書庫は俺の煉獄火炎で焼き払った。手加減が効かず全焼となったが仕方ない。大量の宮廷魔導士を失い魔導書物も消失、これでラトスリア軍の魔導兵器術は大きく後退するだろう。
二人でドームから外に出れば一面瓦礫の山だ。まさに戦場だ。冷静に対処したつもりだったが俺はなかなかに怒っていたらしい。死体と怪我人が転がる中で啜り泣く声がした。泣き腫らした聖女が必死で勇者の治療をしていた。勇者の意識もないようだ。
なんだ?まだ治療しているのか?
そこへガンドとヘラが舞い降りてきた。
「女神はご無事でしたでしょうか」
「ああ、今俺の中で眠っている」
「それはようございました」
ガンドも安堵したようだ。まずは第一ミッションクリアだ。ヘラは聖女の方が気になるらしい。ちらりと俺を見上げてきた。
「なぜ勇者を殺さなかったのじゃ」
「あいつらはルキアスを殺さなかった。俺はあいつらに借りがある。その借りを返しただけだ」
「ふーん、そうなのか?あの勇者、このままじゃと死ぬぞ」
俺の体がぴくんと勝手に反応した。だが手首を切り落とした俺に言うことは何もない。
「‥‥‥‥」
「聖女か?まあまあ聖属性魔力は高いな。じゃがだいぶへっぽこじゃ、勇者の怪我で動揺がひどい。あの様子では傷も治せないじゃろう。勇者はまもなく失血死かの」
「‥‥‥‥そうか」
「勇者といえどあんな弱い媒体では不死者の兵士にしても役にたたん。スケルトンヒーローにするならもう少し生かして強くなってから使いたいところじゃがな。どうだろうかのう?」
そして俺の顔を覗き込んだヘラがニヤリと笑った。嫌なやつだ。
「‥‥‥‥勝手にしろ」
「そうか?なら勝手にしよう」
「るぅ、あまり時間がない、手早くだよ」
「はい、兄者!」
ヘラがうきうきと瓦礫をかけていく。ヘラは上位のは死人使い、蘇生も可能だが生者にも有効なのだろうか。
遠目で様子を見ていれば、ヘラはあのゴテゴテステッキを持ってフリフリ踊っている。傍目にはふざけてるようにしか見えない。もう中学生程の体で何をやってるんだか。
失われたパーツの再生なんて聖魔法でも蘇生に次いで最大の『奇跡』だ。そこそこ時間がかかるんじゃないか?踊ってる場合かよ。
「あいつ、時間がないのに」
「あれがショートバージョンです」
「あー、そうなのか?」
全然、全く意味がわからない。様子を見ていれば目に焼き付くほどの眩い光、再生の光だろう。確かに時短されているかもしれない。唖然とする聖女を残しヘラが戻ってきた。
「ざっとこんなもんじゃ。腕はサービス、傷跡も消しておいたのじゃ。代償として腱の傷は残しておいた。もう剣は持てない、勇者引退じゃろうな」
「それじゃ強くならないだろ?スケルトンヒーローにできn」
「よく見たらやっぱりあいつ弱い。骨も細いしいらないのじゃ。スケさんズは三人で十分じゃ」
「じゃあ何で治しt」
「知らないのじゃ♪」
いちいち俺のセリフに被せてくる。やっぱりこいつは生意気な魔女っ子だ。
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