1 / 26
第一章:出会い
愛らしき婚約者
しおりを挟むWho Dares Wins
挑む者に勝利あり
アナスタシアは部屋の窓から遠くの中庭を眺め息をはいた。ため息が止まらない。
今日は兄王に言われていた新しい婚約者候補の面会の予定があった。
面会の相手の名はアンジェロ・マウワー侯爵。三年前に爵位を継いだ。それしかわからない。
宰相のクレマンとは子供の頃からの付き合いのためか孫娘のようにアナスタシアを可愛がってくれた。そのクレマンからもそれしか教えてもらえなかった。
あとは直接お会いになって殿下がご判断ください。そう言いクレマンが微笑む。勿体ぶる意味がわからない。
今までの相手は皆年上だった。今回はとうとう爵位持ち。相当な年上ではないだろうか。選り好みできる身分ではないのだが。
新しい縁談。もう婚約などいらないのに。アナスタシアは鏡台の前で侍女リゼットに髪を整えてもらいながら嘆息した。
アナスタシアはファシア王国の第二王女だった。生まれでは末っ子に当たる。姉は他国に嫁ぎ、兄二人も結婚し妃を有している。未婚はアナスタシアのみだった。
近隣国に歳のあう若い王子がいない。外交上揉めている国もない。だから王が特に可愛がっていた末の妹姫は国内で婿を取ることとなった。表向きの事情は。
アナスタシアは『天使の加護』を持っていた。生まれついて持っている特殊能力。大変珍しいため国で極秘に管理される能力。アナスタシアの持つ加護の性質からアナスタシアは国外に嫁ぐことができない。王の判断だった。これは仕方がない。
王女が王籍を外れ貴族と結婚する。降嫁だった。
アナスタシアは眩い金髪に、瞳は青地に黄色、オレンジ、緑色が散る珍しい虹色の瞳だった。王族でもこの瞳を持つものは過去数人しかいない。曽祖母に現れた色で隔世遺伝でアナスタシアにも現れた。
そんな十六歳の美しいアナスタシアにたくさんの結婚の申し込みが舞い込んだ。
数多くの縁談の中を勝ち残った最初の候補は、五つ年上の公爵家嫡男だった。直接の面識はなくアナスタシアは儀礼上何度か夜会で踊った記憶がある程度の相手だ。
数度の面会ののち、無事婚約の運びとなりそうだったがその嫡男が事故にあった。城から帰る途中に馬車が壊れ崖から落ちたのだ。公爵家嫡男は一命は取り留めたがひどい傷を負った。王はその不幸に同情もしたが忌み事を嫌いその話は破談となった。
この事故が凄惨だったためアナスタシアは次の縁談に尻込みしたが、周りの勧めで仕方なく二回目の縁談に入る。
今回も七つ年上の侯爵家の嫡男が選ばれたが、何回目かの面会ののち、この嫡男も乗馬中に落馬し背骨を折る大怪我を負った。そしてこの話も前回同様破談となった。
雲行きが怪しいと一部で噂に上ったがこれを黙殺し三回目の縁談に臨むも、今回は候補者が狩猟中に背中から何かに射抜かれて大怪我を負う。
一命は何とか取り留めたが襲われた状況が異常だった。どこを探しても体を貫いた凶器が見つからない。襲った者の気配も残されておらず目撃者もいない。
そしてこの縁談も流れるが、ここである噂が実しやかの囁かれ出した。
一年に間に三人も婚約者候補が瀕死の事故に遭う。
姫の縁談は呪われている、と。
そして噂にさらに尾ヒレがついて、最終的についた呼び名は『死神に愛された姫』、『呪われ姫』。
ここでさしもの王も縁談を取りやめ噂が落ち着くのを待つことにする。姫自身、縁談から完全に身を引いてしまっていた。しかしその後、姫に求婚するものは現れなかった。
それから三年、アナスタシアは王宮の奥でひっそりと息を潜めて暮らしている。
人々の好奇の目から、周りからの慰めや同情から、そして自分につきまとう死神から身を隠すように。
もうこうなると後は修道院行きだろう、と覚悟を決めていたところで今回の縁談が湧いて出てきた。
「お嫌でしたらお断りすることもできますが‥」
王女の溜息に髪を結っていたリゼットが気遣わしげにアナスタシアに話しかけた。
もうそうもいくまい。あと半刻で約束の時間だ。断るには遅すぎる。アナスタシアは侍女に微笑んだ。
「大丈夫よ。きっともうお越しになっているでしょうからお会いするわ。」
気弱になってはいけない。王族として毅然として対応しなくてはならない。だがこの三年、誰にも会わず外にも出ないでひっそり暮らしてきた。久しぶりに家族やリゼット、クレマン以外の人物に会う。それがアナスタシアをとても緊張させた。
鏡の中の自分をじっと見る。もう三年前のあどけなさはない。部屋に引きこもっていたから顔も青白い。随分痩せてしまったようにも思う。市中に出回っている姿絵ともかけ離れている。このような姿であって良いものだろうか。不安が募った。
「大丈夫です。殿下は誰よりも美しく輝いておいでです。」
後毛を広げながらリゼットがにっこりと断言した。リゼットにまでこの不安が見透かされている。もっとしっかりしなくては。
「ありがとう。」
微笑んだアナスタシアにリゼットが困ったような顔をした。紅をはけに取り頬にのせる。
「しかし殿下の御心を射止める殿方とはどのような方でしょうか?」
「心?」
「今まで殿下が御心を留められた殿方がいらっしゃいませんでした。殿下の周りはいつも容姿端麗な殿方が多いのですが一顧だにされませんので。」
そうだろうか?夜会でもダンスの申し込みを受けるが特に心に留まる者はいなかった。
初恋もまだな自分はいったいどのような殿方が好きなのだろうか?それさえもわからない。自分はもう枯れてしまっているのかもしれない。
「もうそういうのも要らないわ。もういいの。」
鏡越しにリゼットへ少し困り気味に嫣然と微笑み、忘れかけていた王女の仮面を被る。そして部屋を出た。
せっかく申し出ていただけましたがご好意には応じられません。あなたにはもっと良い方がいらっしゃいます。あなたのこれからの幸せを祈っております。
回廊を進みながら断りの文言を考える。まあ王女が断りを入れれば食い下がることはないだろう。
ひょっとしたら自分の境遇を娘のように憐れみ白い結婚を申し込んでくれた年嵩の方なのかもしれない。
それなら尚更申し訳ない。失礼のないようにお断りしないと。
そうしてアナスタシアは応接室に入り運命に出会った。
そこには一人の貴公子が立っていた。
歳のころは十五、六くらい。背はアナスタシアと同じくらいか少し高い。艶やかな黒髪と少しグレーに煙る濃い青石の瞳が印象的だ。そしてその顔は怖いくらいに美しく整っていた。
ダーク色のロングコートをすっきりと着こなし隙のない佇まいでその少年とも見える青年は、入ってきたアナスタシアに振り返り二人の視線があった。
アナスタシアは息をのんでその青年を見つめていた。しばし見つめあったのち、青年は輝かんばかりににこりと微笑んだ。
主人が震えているとわかりリゼットが背後から背中を支えた。そして主人の口から溢れる微かな言葉を聞き取ろうとした。
「‥‥か‥‥か‥‥かかか‥‥」
「か?」
「‥‥‥‥‥‥‥かわいい!!」
「は?」
主人の呟きがあまりに小さく、リゼットは思わず聞き返してしまった。それほどに予想外な言葉だった。
青年は笑顔でアナスタシアに歩み寄り、恭しく紳士の礼をとり身をかがめる。
「アナスタシア王女殿下、本日はお時間をいただけましたことを感謝いたします。マウワー侯爵家当主・アンジェロと申します。」
王女が応える番であるが部屋に沈黙が落ちる。
黒い艶やかな髪を見つめながらアナスタシアは心中目一杯であった。頭が真っ白で言葉が出ない。
「殿下、お気を確かに。」
リゼットにそう囁かれ我に返る。そうだ返答しないと。
0
あなたにおすすめの小説
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が
和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」
エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。
けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。
「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」
「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」
──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。
溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~
紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。
ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。
邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。
「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」
そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。
一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む
浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。
「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」
一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。
傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる