2 / 26
第一章:出会い
『祝福』
しおりを挟む「アナスタシアです。初めまして。」
震える右手を差し出せば青年は恭しくその手を口元に近づけた。ただの挨拶のその行為ですらアナスタシアにとっては衝撃だった。ゆで上がる頬と動揺を悟られたくなくて慌てて扇で顔を隠す。
なんで?どうして?もっとおじさんがくるのだと思っていたのになぜこんな天使がやってくるの?
明らかに年下で、可愛らしくて、美人さんで、かっこよくて、可愛らしくて、紳士で、賢そうで、可愛らしくて可愛くって!
そして未来の自分の旦那様?この可愛い方が?
動転していて可愛い!を連発していることに気がついていないアナスタシア。
真意を確認したくて応接室の壁際に控えた宰相のクレマン卿に視線を送れば、にこにこと笑顔でそうだ、と返されさらに狼狽する。
え?ほんと?本当に??
「‥‥‥‥殿下、お気を確かに。」
リゼットが繰り返したが先程とは意味が違っていた。
アナスタシアは扇の内側で涙目だった。
「リゼット!無理!」
「耳が真っ赤です。」
「お願い!隠して!」
リゼットはさりげなく髪を直すようにして耳を隠した。
さすがリゼット!できる侍女だわ!
「本日我が領地で取れた茶葉を持って参りました。よろしければご一緒頂けませんでしょうか。」
エスコートの手を差し出されなんとかその手に応える。ティーセットが用意されたテーブルへと導かれ、その青年、アンジェロが引いた椅子に腰掛けた。
まだ信じられない。扇ごしにまじまじと見ていると、アンジェロは侍女を下がらせ自ら茶を入れだした。
「茶にはこだわりがありまして。蒸らす時間や手順をきちんと行えばとてもよい味になります。」
優雅な手つきで茶を入れる。所作が恐ろしく絵になった。途中少し見たことのない手順も入るがこれがこだわりなのだろうか?
小さなカップで香りと味を確認後、カップに注いでアナスタシアの前に差し出した。そして自分のカップを置いて正面に座る。
カップの茶を一口飲んだ。本当に美味しい。少し気持ちが落ち着いてきた。
しばしの沈黙ののち、思い切ってアナスタシアが話しかけた。
「あの、この度はどういった経緯で‥‥」
「本当は三年前に申し出られれば良かったのですが当時自分はまだ弱輩でした。」
カップを静かに置いたアンジェロが笑顔で答える。
「爵位を継いだのが三年前で十二でした。当時は色々とありましてとても殿下のお側に控える状況ではありませんでした。」
現在十五か。脳内で即計算する。自分より五つも年下。軽く凹む。アナスタシアの心中を思ってか、すかさずアンジェロが真摯な顔で言い募った。
「いえ、先月十六になりました。僕は気にしておりません。殿下もそうでいらっしゃると嬉しいです。」
はい!あなたがそうおっしゃるなら一切気にしません!そして真剣な顔も可愛くて素敵です!!
アナスタシアは心中で全力で喜んでぐっとガッツポーズを決める。だが確認しておかなければいけないことがある。
「‥その‥‥、三年前の事件はご存知でしょうか?」
「はい。殿下がお辛い目に遭われたことは存じております。」
「怖く‥ありませんか?呪いが。」
「呪い?怖いでしょうか?」
アンジェロが輝かんばかりの笑顔で答える。それがさらに絵になった。
うわぁ!本当に天使だ!そしてとっても眩しい!!
アナスタシアは王女の淑女の仮面にしがみついたまま心中悶える。そうでないと顔に出てしまいそうだ。
「あれは口さがない者たちが勝手にいっていたこと。不幸な事件が重なっただけです。‥‥殿下にとって大変なことだったと思います。それでも毅然と対応されるお姿に心を痛めておりました。」
でも、と言い募ろうとしたアナスタシアをアンジェロは思いの外強い視線で見つめ返した。
「あれは事故です。どうぞこれ以上殿下の御心を煩わされないように。」
きっぱりと言い切られそれ以上言えなかった。
意外にもそう言い切ってもらったのは初めてだったかもしれない。
心の奥がずくんと疼いた。
「殿下は我が家の惨事をご存知でしょうか?」
「惨事?いえ?」
「でしたら、僕も申し上げなくてはならないことがあります。」
マウワー侯爵家は古くから続く名家だったと記憶していた。侯爵家の中でも上位に当たる。
だが自身の騒動で外の様子は気にかけていなかった。
「五年前、両親と僕は馬車の事故に遭いました。その事故で両親は亡くなりました。僕自身も瀕死の重傷を負いましたがなんとか命を取り留めました。」
「それは‥‥、お悔やみを申し上げます。」
視線を外したアンジェロが静かに語る。
「ありがとうございます。‥‥ただその時、医師から死亡と診断されて半日の後に僕が息を吹き返したので、悪霊憑きかと大騒ぎになりまして。そこらの騒ぎからちょっと困った二つ名をつけられました。」
「二つ名?」
「『死神』です。」
「は?」
どうせヤブ医者の誤診で死亡となった後に無事に生還したただけなのに何故死神などと?!
心中で勝手にヤブ医者呼ばわりしてアナスタシアは鼻息を荒くする。
「もちろん自分は悪霊憑きでも死神でもありません。でも面白おかしく語る輩はおります。両親の魂を吸って生き返ったと。この見た目のせいらしいのですが。」
アンジェロが困ったように微笑んだ。
確かにこの笑顔は国宝級で神がかってるが!こんな天使を死神などとんでもない!
「そんな!そんな言葉信じてはいけません!あなたのせいではないのですから!」
「ふふっ ありがとうございます。殿下がそうおっしゃられるのならそうなのですね。ですからどうぞ、殿下も御心を強くお持ちください。」
そこでアナスタシアは気がついた。
アナスタシアの心を軽くするために、この青年は語りたくない過去を語ったのだと。なんて心根が優しくて強いんだろう。
にこにこと微笑む青年をアナスタシアはじっと見つめた。
「ですが死神の名も存外よいものだと思いました。」
「なぜですか?」
「『死神に愛された姫』。これはその通りだと思いましたので。」
その言葉とともに上目遣いに見上げられ、アナスタシアはゾクリと身を震わせた。
『死神に愛された姫』
それはアナスタシアにつけられた呼び名。
それを口説き文句に使うのか。
今までの婚約者候補と明らかに違う。圧がある。
今、ものすごく攻められている。この年若い青年の態度からそう感じられた。
「婚約の件、どうぞご熟慮いただけますようお願い申し上げます。殿下のご信頼を賜れましたら、この身を賭して万難から殿下をお守りいたします。必ず。」
アンジェロが席を立つ。ふいに圧が消えてアナスタシアは我にかえる。どのくらいこの天使を見つめていたのだろうか。
「もう帰られるのですか?」
「はい。もう時間だとあちらから。」
視線の先には宰相が立っていた。
もう?そんなに時間が経ったのだろうか?
「その、どうぞお気をつけてお帰りください。」
おずおずと別れの挨拶を告げる。
過去そう言って送り出した候補者たちは皆事故に遭った。それを思い出し背筋が凍るのを感じた。
三年経った今でもあの呪いはまだ残っているのだろうか。
それを察したアンジェロが微笑んだ。
「ありがとうございます。もしよろしければ、明日のこの時間、この部屋に参ります。」
「え?でも‥」
「お約束はいりません。僕の勝手ですのでどうぞお気遣いなく。城の者に自分が無事だったと姿を見せておきます。」
そう言いながらアンジェロは震えるアナスタシアの目を見た。
この青年は相手の気配に敏感だ。アナスタシアの怯えを悟ったのだろう。それほどに気遣わせてしまったのか。
「ですがもしよろしければ、殿下の『祝福』を賜れますでしょうか?」
「『祝福』?」
「おまじないです。僕の名を呼んでください。」
目を細めうっそりと笑顔でそう囁かれ思わず赤面してしまった。
青年のその年齢から考えられない壮絶な色気をアナスタシアは感じていた。王女はこくりと喉を鳴らす。
「‥‥アンジェロ様、どうぞご無事にお帰りください。」
アナスタシアは目の前の天使にそう囁くのが精一杯だった。
0
あなたにおすすめの小説
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が
和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」
エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。
けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。
「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」
「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」
──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。
溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~
紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。
ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。
邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。
「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」
そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。
一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む
浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。
「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」
一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。
傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる