【完結】呪われ姫の守護天使は死神

ユリーカ

文字の大きさ
12 / 26
第三章:秘密

幕間: 攻撃的警護

しおりを挟む



 これはアンジェロがアナスタシアに求婚する一週間前。



 十六歳になったマウワー侯爵家当主・アンジェロは来客の相手を前に対応に苦慮していた。

 突然の先触れののちにマウワー家に現れたのは、アンジェロの遠縁でファシア王国でもう三十年近く宰相を務めるクレマンだ。
 アンジェロはこのクレマンに返しきれない恩があった。

 十二歳の時に両親と共に馬車で事故に遭い両親は死亡。自分も九死に一生を得たが、その生還が故に『死神』という悪い噂がたった。爵位相続では一族中で揉めに揉めたが、その際のお家騒動を収めてくれたのがこのクレマンである。
 それ以来、宰相の立場上、陰ながらではあったが何かとアンジェロに目をかけてくれていた。だからこの御仁から何か頼まれたら断れない。

 だが今回の案件は厄介だった。


「要人警護‥‥ですか。」
「お前がこの国で一番の適任と思っている。手持ちのヤマも一通り片付いたところだろう?どうか受けてくれないだろうか?」

 アンジェロの受注状況を理解している。そしてアンジェロが断れない、とわかっていてこのように頭を下げてくるこの老人もなかなかにしたたかだ。これでは本当に断れない。

 しかしできることとできないことがある。

「僕の特性では要人警護は畑が違います。王族なら近衛方がいます。そちらでは足りませんか?」
「おそらく近衛方では手に負えない。」

 アンジェロはいぶかしげに正面の老人を見やった。近衛騎士。王族専門警護のスペシャリストでもダメだというその脅威となんだろう?少しだけ興味が惹かれた。

 その様子を察したのかクレマンが微笑んだ。

「お前への依頼はただの警護ではない。殿下に降りかかる悪意を先手を打って全て跳ね除けなければならない。近衛方は向けられる害意にしか対応できないんでな。」
「僕に攻撃的警護オフェンシブガードを?」

 クレマンは頷いて静かに語る。

「アナスタシア王女殿下のことは存じ上げておるか?」
「ええ、はい。人並み程度には。」

『呪われ姫』。そのように呼ばれている姫だということは知っている。
 数年前にことごとく縁談相手が瀕死の重症に遭い破談が続いたことからついたと聞いている。記憶が正しければアンジェロより四歳年上だ。

 確かに三件も続けは目も引くがそれも偶然かもしれない。たかがその程度のことで人々は面白おかしく残酷な嘲りの言葉を投げる。

 世間の風評に毅然としてらしたがお辛かっただろう。

 アンジェロは目を細める。自分の身の上も似たようなものだ。

「あの一件以来、殿下は王宮深く引きこもられている。だからお前を殿下の警護につけたい。」
「‥‥あの状況なら無理もないでしょうが、放置したのですか?」
「殿下の落ち込みがひどくどうしようもなかった。お前があの時殿下のお側にいればここまでにはならなかっただろう。」

 それは仕方がない。三年前では自分も使い物になっていないだろう。そう思うと申し訳なくも思う。自分がもたもたしたせいでここまで待たせてしまった。
 その意も理解したクレマンがため息をついた。

「まだ遅くはない。今のお前なら十分に役目を果たせるだろう。」
「依頼内容を詳しくお聞かせ願います。」

 前向きな反応にクレマンは少し安心したように微笑んだ。

「殿下の身辺警護及び害意の排除だ。」
「具体的な害意が確認されていますか?」
「三年前の事件の詳細だ。」

 分厚い資料を渡されアンジェロはざっと内容を改める。過去に発生した三件の婚約者候補の惨事が詳細に記させれていた。
 最後の件を除けば事故と言えばそうかもしれない。だが不審な点が多い。そして全てに共通点があった。
 アンジェロは眉間に皺を寄せた。

狙撃手スナイパー?」
「魔法残滓も犯行の気配も残っていなかった。おそらくそうなるだろうな。」

 クレマンはアンジェロをよく理解していた。だからこの件は普通の案件ではない、と気が付いたという。

「害意はお前に近しい存在だ。そして恐ろしく殿下に執着していると思われる。」
「執着の理由は?」

 そこで初めてクレマンはアナスタシアの姿絵を差し出した。それを見たアンジェロは納得した。
 美しい。末姫で大切にされてきたのだろう。これならば執着も仕方がないかもしれない。だがこれだけだろうか?

「他に理由はありませんか?」
「王位継承権はかなり低い。何処ぞに恨みを買われるような立場にもおられない。性格も穏やかで温厚。そして縁談を潰すために候補者を攻撃してきている。標的は殿下ご自身だろう。」
「殿下は加護持ちですか?」

 その問いにクレマンは押し黙る。アタリか。だとしたらこれは厄介だ。

「それの有無は私では言及できん。知りたくば」
「殿下ご本人に確認せよ、ということですか。」

 クレマンの言葉を引き継ぎアンジェロが呟いた。上の王女は他国に嫁いでいる。なのに王族でありながら国外へ嫁がせず国内での降嫁に踏み切ったのもこの加護のせいと考えれば納得はいく。
 加護の内容によっては警護の仕方が随分変わってしまう。早めに確認を取りたいところだ。

 アンジェロはこの時点でかなり乗り気になった。そもそも狙撃犯相手では他の誰も対応できないだろう。
 今後何をすればいいか、どう部隊を配置すればいいか脳内で策が展開されていた。

 だがそのためには、あることをしなければならない。

「攻撃的警護であればおとりが手っ取り早いです。もし僕が本件を受ける場合は色々と無理を通していただくことになりますが大丈夫でしょうか?」
「極力呑もう。陛下から本件に関し全権をお任せいただいている。」
「では僕を殿下の婚約者にしてください。」

 その言葉にクレマンは瞠目する。

「自ら囮になるというのか?」
「囮なら僕が適任です。僕の加護が有効になります。敵は狙撃手。これ以上の適任はいません。」
「確かにそうだが‥‥。」
「これまでの例を見るなら婚約者候補に漏れなく害意を向けています。害意を向けられないと攻撃的護衛はできません。これが無理なら今回の話はなかったことにしてください。」

 テーブルの上に資料を置き正面の老人の反応をじっと見守った。

 過去の婚約者の惨事が、ある特定の害意であるとわかれば世間に評価も同情に向かうだろう。自分の偽装婚約もその渦中で有耶無耶になる。殿下に不利には働かない。

 クレマンは目を閉じて唸り声を出す。しばし考えたのちに困ったようにアンジェロを見やった。

「呑みたいところだが問題がある。殿下が受けられない可能性がある。」
「殿下にご協力いただけないと?」

 老人は微笑んでするりと手で顔を拭う。くすくすと笑い声が聞こえてきそうな幸せそうな笑みだ。

「殿下は囮を許さないだろう。ご自身の保身のための囮など許す方ではない。」
「それではこちらは手詰まりです。」
「だから殿下の協力はあてにするな。」

 クレマンの意図を理解し今度はアンジェロが瞠目する。

「事情を話さずに殿下に婚約を申し込めと?僕に?」
「ああ、お前ならちょうどいい。年下だがそれほどの歳の差ではない。身分的にも問題はないだろう。他のお膳立てはこちらで行うから安心しろ。」

 クレマンはしみじみとアンジェロの顔を見やる。アンジェロは居心地が悪い。正直自分のこの顔は好きではない。あの呼び名はこの顔も起因している。つまりこの顔では碌な目に合っていないのだ。

「‥‥お前なら必ず成立するだろう。」
「いえ、意味がわかりません。本当にその必要がありますか?」

 同じ婚約でも相手が事情を知っているかそうでないかでは状況があまりにも違う。
 狼狽こそ見せるが冷静に問うアンジェロにクレマンは頼もしげだ。

「ある。お前なら殿下を任せても大丈夫だろう。殿下が警護を置きたがらない可能性もあるからな。警護ではなく婚約者の方が警戒されない。おそらくご存知ない方が良い方に進むだろう。密着警護も限界がある。婚約者が側にいる方が周りにも不自然ではないだろう。」

 これ以上の醜聞スキャンダルは避けたい、とクレマンは続ける。確かにそうだが。困りきった顔でアンジェロが抵抗を見せる。

「僕の世間の呼び名をご存知ですか?僕が婚約者になる方が口さがない輩の格好の餌食になります。僕はいいですが何もご存知ない殿下では傷が深くなります。」
「『死神』か?なるほど、『死神に愛された姫』、あやつらの言からすれば組み合わせとしてはぴったりだな。」
「笑っている場合ではありません!」

 くつくつと笑っていたクレマンはアンジェロの必死の言葉にふと笑みを消す。そして宰相の顔でアンジェロを見据えた。いっそ凄んでいると言ってもいい。

「そこらはこちらで揉み消しておく。そんなことよりお前は殿下の警護に集中しろ。必ず殿下に向かう害意を取り除くのだ。」

 そこまで言われてアンジェロは二の句が告げなかった。
 そもそも今回、護衛の打診といいながらもクレマンの前では誰も異議を通せないのだから。
 この宰相閣下からそう言われればそれは決定事項だった。


 これはとんでもない展開になってしまった。
 アンジェロはひっそりと嘆息した。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が

和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」 エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。 けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。 「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」 「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」 ──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。

溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~

紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。 ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。 邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。 「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」 そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。

一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む

浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。 「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」 一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。 傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

処理中です...