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第三章:秘密
囮
しおりを挟むアンジェロは渋い顔をする。
「害意とは殿下に強い執着を示している誰かです。」
「よく‥わかりません。強い執着‥とは?」
アンジェロは視線を落とし声を低くする。
「三年前の惨事、あれは殿下を誰かの所有にしたくないという意思の現れです。そして実行犯は殿下が誰の所有でもないことで自分の所有だと錯覚する狂信者です。」
立て続けに言われたが意味がわからなかった。
所有?実行犯?狂信者?なんだそれは?
「頭がおかしい男が殿下に付き纏っていると思ってください。」
「それでも意味がわかりません。」
「僕もわかりません。イカれた男の思考など。‥‥とにかく殿下を自分のものにしたくてそいつは現在攻撃を仕掛けています。今こちらでそれを全て防いでいます。」
アナスタシアは頭が混乱していた。
なぜ急にそんなことに?
「あの惨事以降は平和でしたが?」
「それは婚約者もなく殿下は城にずっと引き籠われていたからです。城の結界は完璧です。完全なる包囲。近衛方もいます。結界で加護が封じられては奴も恐らく殿下に近づけなかったでしょう。城の中で殿下はずっと守られていました。だがそれで奴は満足だったようです。殿下はお一人でしたから。」
アンジェロは正面からアナスタシアに眼差しを向ける。
「誰かのものにならなければそれでいい、と。恐らく奴はそう思っています。」
アナスタシアは絶句した。
それでは自分はその男に呪いをかけられ部屋に閉じ込められていたというのか。
誰の婚約者にもならないように追い詰められて‥‥。
アナスタシアはそこで気がつく。ずっと心に引っかかっていたことに。アンジェロが張り詰めていた理由。
「‥‥それでは婚約者であるアンジェロ様に攻撃が?」
「はい。現在の奴の標的は僕です。」
顔を蒼白にして立ち上がり何か言い募ろうとするアナスタシアにアンジェロは安心させるように両手で押しとどめる。
「僕には加護があります。現在も無事なのでそういうことです。」
「なぜ?なぜ城から私を出したのですか?!それでは!!」
アンジェロは目を細める。
「先ほども申し上げましたが、城の結界は完全包囲が過ぎるのです。古来から強力な結界が張られていると言われています。あそこでは僕の加護も発動しない。害意につながるものは全てそうなのかもしれない。ですから城内では僕は狙撃されませんでした。」
それはおかしい。アナスタシアが問いただす。
「ですが以前、城の探検であれを見ました。雨を。」
「あそこは城の外れ、結界が薄かったのでしょう。奴は狙撃してきた。だから僕の加護も発動しました。あの後あの場所は宰相閣下に即閉鎖いただきました。」
アナスタシアは瞠目した。
あの時の雨はやはり狙撃だったのか。辺りに人影はなかったのにどうやって?
あれはアンジェロ様が狙われたの?あの頃から今までずっと?
自分ではない。波紋の位置が違った。
アンジェロはさらに淡々と言葉を継いだ。
「ずっと殿下が城でお暮らしになるのなら問題ありません。ですが殿下はいずれ降嫁されてあの城を出られます。無防備に城を一歩でも出られれば、間違いなく、速攻、奴に攫われます。」
断言されてアナスタシアはこくりと喉を鳴らす。手が震え出していた。
震えは「攫われる」にではない。「いずれ降嫁されて」のくだりにだ。なぜか他人事のようなその言い方が心に突き刺さった。
「害意の除去が必要です。そのために殿下には敢えて厳重警戒の元で城から出ていただきました。更なる害意を僕に向けなければ現状のまま。なんとしても奴を目の前に引きずり出さないといけなかったんです。」
「——— それは‥‥」
「奴を煽っています。直接僕を攻撃するように。」
アナスタシアの足が震える。
婚約公表も、アナスタシアを城から出したのも、外に二人で出かけるのも。きっとそのためだ。
その行為をアナスタシアは知っている。
これは囮だ。
「ダメです!すぐやめてください!そんな危険なこと!」
「こうするしかありません。敵は狙撃手です。」
「‥‥なんですか、それは?」
「遠くから銃で人を殺める者です。その力はおそらく僕の加護に近い。ですから奴も加護持ちです。」
アナスタシアは血の気が引いた。加護持ち?それは‥‥
「三年前の惨事、第一の事件では馬車の車輪を狙撃で破壊し崖から落としています。第二は乗馬中の事故。馬を狙ったのでしょう。ここまでは間接的。だが第三はそんなことをせず対象を直接撃ってきた。殿下の縁談に相当怒っていたのでしょう。」
ふぅとアンジェロはここで初めて息をついた。両肘を膝について手を組みそこに顎を乗せる。
「殿下は三年引き篭もられてました。三年は安泰だった。だがここで僕が婚約者候補で現れた。驚いたようで何度も撃ってきましたよ。だが僕には加護がある。狙撃は効かない。そしてとうとう婚約の儀まで進んでしまった。奴もかなり焦っているはずです。」
アンジェロは立ちすくむアナスタシアを静かに見上げた。
「このままでは殿下は僕のものになってしまう。早く僕を殺さなくては、と。」
アナスタシアは再びこくりと喉を鳴らした。手に汗が滲む。震えが止まらない。
「‥‥だから?だから先ほど攻撃してきたと?」
「あれは今までで一番近づいて来ました。狙撃が効かない僕を殺すには直接攻撃しかない。もう少しですね。そうすれば接近戦に持ち込めます。」
アンジェロは冷静な声を出す。いっそ冷酷で無慈悲だった。
「でも警護は万全だと!」
「そういう警護です。敵を誘い込んで僕に接近させる、でも殿下は必ずお守りする布陣です。」
「意味が‥‥‥」
言葉を失った。意味がわからない。
なぜそんな危険なことをするのか。
確かに強い加護は持っているが婚約者であるアンジェロが命をかけてそこまでする必要はない。他にいくらでもやりようがあったはずだ。
これは、それこそ護衛の仕事だ。このような体を張るやり方。そうそれは——
そこであることに気がついてアナスタシアは凍りついた。
まさか、まさか‥‥
胸の奥で鼓動がどくんと跳ねた。その鼓動が止まらない。
我知らずその問いは口から溢れ出していた。
「‥‥婚約は?あなたは、あなたはなぜ私の側にいるの?」
その問いは害意とは異なる質問。ルール上ならアンジェロは答えなくてもいい。
だがアンジェロは一切の表情を消してその問いに答えた。
「僕は殿下をお守りするためにお側におります。」
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