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第二章
訓練参加
しおりを挟むエレノアは改めて確認したが、正妃待遇の件は和平条約に織り込まれており決定事項とのことだった。一応元敵国の姫だが良いのだろうか?
「問題ない。だからこその和平だろ?」
過去の因縁を水に流すための婚姻だと言う。正妃はとんでもなく荷が重い。不安がないわけじゃないが両国がそれで幸せになれるのであればそれでいい、とエレノアは思った。
フリードに命じられるまま、その日の午後からエレノアはフリードの相手をすべく訓練に参加した。
訓練は自分が身につけたいものを行なってよい。エレノアは盾術を選んだ。両手剣は持てない。空いた片手を有効に使いたかった。
盾ではオレが教えられないな、とフリードが拗ねたように言うのがなんだか可笑しかった。
フリードもかなりの武器を使いこなすそうなのだが、盾は含まれていなかったようだ。キツめの物言いも真面目で実直な性格の表れなのだろう。そうわかってしまえばこの語気も気にならない。
フリードの手合わせをした後に指南役から盾の使い方を教わる。ハイランド王国ではここまで指導してくれなかった。価値観の違いなのだが、恵まれた環境だと思った。
訓練には他の兄弟たちも参加していた。が、マルクスはやはりいない。体調不良を理由に休んだとのことだ。
「あいつまたサボったな。」
フリードは忌々しげだ。この兄弟、仲が悪いのか?
あれからフリード以外にもカールやイーザと手合わせをした。
第三皇子カールもとても筋がいいと思うが、本人は手合わせよりもエレノアの話を聞きたがった。
あの戦局でどうして自軍の兵を下げたのか、この難局はどのようにして乗り切ったのか、この策はどのように思いついたのか。兵法の話ばかりだ。どうも武術よりもそちらに興味があるようだ。なんと将来有望な兵法師ではないか。
第二皇女イーザは飛苦無を練習していた。投擲としては珍しい部類だ。エレノアも投げてみたが結構難しい。二人でダーツのように的当てを競う。
まだ幼い身では武器を持てない。それでも身を守る術を持たなければならない。なかなかに厳しい。
イーザの側には護衛騎士の様に白い大型犬が控えている。名はスノウ。イーザを乗せて走るくらいはできる程の大きさだ。その面長な顔から狼の血を感じられた。狼犬だろうか。だとすれば白い毛並みはとても珍しい。
そのスノウはイーザの言うことをよく聞いた。今日は口にバスケットを咥えて練習に参加してきた。練習後のおやつだそうだ。聞けばスノウを躾けたのはイーザだという。その才能もすごいと思った。
エルザとは出会ってから会話していない。近づこうとすれば距離を取られる。微笑めば顔を背けられる。なかなか手強い。
歳近い義妹になるのだからできれば仲良くしたいのだが。今まで姉妹と仲良くしたことがなくどうすれば良いのかエレノアにはわからなかった。
そうして四日が過ぎた頃、ようやくマルクスが訓練に参加してきた。
「兄さんが訓練に出てこいとうるさくて。戦闘狂で困ったものです。」
にこやかに嘆息しそう言うも何となく表情が薄い。この男の不満の表し方なのか。
実は訓練以外でエレノアはよくマルクスと会う。
妃教育で移動する時や休憩の時などよく共にしたのだ。その度にフリードが二人の間に割って入る。そしてそれをさも可笑しそうにマルクスが見ている。
マルクスは絡まれるためにわざとエレノアに付き纏っているのではないか。そう思えるくらいにその揉め事は頻発した。この兄弟、どちらが年上かわからないくらいだ。エレノアとしては面倒この上なかった。
それでいてマルクスの距離はとても遠い。傍目にはエレノアに付き纏っている様に見えて、柔和な微笑みで踏み込めない壁を作る。
この男は何を考えているのだろうか。
それを知る手っ取り早い方法がある。
「マルクス様、お手合わせいただけませんか?」
にこやかに話していたマルクスからすっと表情が消える。じっとエレノアを見たのち、にこりと微笑んだ。
「私ごときでは釣り合いません。是非兄さんの相手をしてやってください。」
「私はマルクス様とお手合わせしたいと申し上げました。」
そう言い切れば逡巡したような表情を見せた後目を閉じる。
「わかりました。ですががっかりさせてしまいそうで申し訳ないです。」
そう言い近くにあった細身剣を取る。武器を選ぶこともしない。やる気のなさが感じられた。これはわざとなのか?
フリードや弟妹たちが見守る中、庭の中央で二人は剣を手に相見えた。エレノアは右手に長剣、左手には盾。対するマルクスは右手に細身剣だけ。無雑作にそれを突き出している。
三当て四当てすれば、マルクスの剣は宙を飛んだ。その様子をフリードは黙って見ていた。落ちた剣を見たマルクスは柔和な笑みを浮かべる。
「さすが姫将軍。お強いですね。」
「ちゃんとやってください。ここで全て申し上げてよろしいですか?」
剣先をマルクスの顔面に差し向けエレノアが言い放つ。マルクスの表情が再び消えた。
おそらくこの男は実力を隠している。やる気がないのではなく手の内を見せたくない。姫将軍である自分に。
剣を交えて初めてわかった。この男は自分を信用していない。
柔和な笑顔で友好的なふりをして注意深く様子を窺っている。なかなかに警戒心が強い。そして腹黒だ。
どうしてこの男に歓迎されていると思ったのだろう。普段の付き纏いも友好ではなく監視の意味合いだろう。そして色々と底が見えない。
この男、まだ何か隠し持っている。
エレノアが剣先を差し向けたまま睨みつければ、フリードが目を閉じて口を開いた。
「マルクス、本気を出せ。」
表情を消したマルクスが剣呑な気配を纏う。いつもの柔和な気配は微塵もない。
「まだその時ではありません。」
「その腹の探り合いはもういいと言っている。きちんと手合わせしろ。」
人形の様に表情の抜け落ちたその顔は整っているが故に悪魔の様に冷淡に見えた。しばし考えた後、ボソリと呟いた。
「仕方がありませんね‥‥」
マルクスは一瞬渋面を作り右手に細身剣を持ち左手を隠す様に構える。
「では姫将軍、お手柔らかにお願いします。」
本気になった。エレノアも顔の前に剣を縦に構え礼をする。
マルクスの右手から繰り出される突きがエレノアを襲うも柔らかいそれは隙がある。まるで踏み込んでこいと誘っているようだ。多分それは隙じゃない。本能からエレノアはそれに応じない様にする。惑わすようなその突きをエレノアは盾でいなす。
なかなかどうして強かだ。マルクスの左手は背後の死角に隠したまま。だが気配でわかる。あの間合いに入ってはいけない。
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