【完結】盲目な魔法使いのお気に入り

ユリーカ

文字の大きさ
11 / 35
第2.0章 逐電 – チクデン

幕間 森の中②

しおりを挟む



「ふぅん、本当だったみたいだね。よかった。あんまり間違いだらけだったらどうしようかと思ってたよ。」

 少年は笑顔でしゃがみ込み、地面に倒れ伏す男を見下ろした。男は細かく体を震わせている。顔色を悪くして少年を視線だけで見上げている。

「大丈夫。副作用で少し痙攣してるだけ。明け方にはよくなるかな?」

 そして少年はついと男の耳元に顔を寄せて囁いた。

「今後はこんなことしないで真っ当に働いてね。毎日真面目に働く人が一番尊いんだよ?またこんなことをしてるところを見かけたら流石の僕も次は容赦できないからね?」

 その囁きに濁った目が見開かれる。痙攣する体がさらにカタカタと震えた。
 そして闇の中に佇む影に命じる。まるでお使いでも頼むようだ。

「おじさんを街道沿いに捨ててきて。運良く誰か見つけたら介抱してくれるかもしれないね。ダメなら自力で頑張ってもらおうか。」

 そう言い放てば闇から現れた影が男を担いで消えた。
 そして少年はついと振り返る。背後に控える影に呆れた声を上げた。

「また来たのか。お前はもう来なくていいと言ったが?」
「様子を窺うよう申しつかりました。」
「過保護だな、まったく。」

 少年がため息をつく。

 全身黒尽くめ。目の部分がくり抜かれた艶消しの黒銀の仮面をつけている。剥き出しの部分は目のみ。それは底なしの闇の中でおぼろげにうごめいている。そこには満月の光さえ届かない。
 はたから見れば少年は澱んだ闇に話しかけているように見えるだろう。

 月明かりの中、少年はその前を通り過ぎて歩き出す。そして澱んだ闇がひっそりと追従する。

「こちらは異常なし。追跡も暗殺者もいない。そうお伝えしろ。」
「しかしセレスティア様に追跡者が放たれています。」
「僕より彼女の方が追手が多いなんてね。一体何をやったんだろうね、あのお姉さんは。」

 カールは目を細める。これで三組目。今回はただの監視のみ。しかし昼間襲ってきたのは暗殺者だった。影に捕らえさせたがすでに事切れていた。服毒したようだ。

 姉弟偽装の為という言い訳で同室にするよう進言して結果的によかった。この様子では街中でもコトに及ぼうとするかもしれない。

 何者かが彼女に殺意を向けている。誰かに恨まれるような女性ではないのだが。一組捕らえればまた次がくる。そして今回も事情は知らないという。

「この場合相場は痴話喧嘩か爵位相続関係だけどね。そこらへんわかった?」
「ざっくりとした事情ですが。」

 話に耳を傾けたカールはため息をついた。

「婚約者と義妹ね。まあありそうな話だ。だがセレスティアに傷心の様子がない。痴話というより二人の結婚の障害と思われているのか。辺境伯の方も気になる。もうちょっと遡って掘り下げてくれ。次こそはお前は来なくていいからな。」
「それは私が決めることではありません。」
「義姉上を説得しろ。お前がくると碌なことがない。」

 ほんと、うちの女性陣はみんな過保護すぎる。ちょっと目をやられたくらいで。しかももうそれも完治しているし。カールは煩わし気にため息をついた。

「セレスティア様が不機嫌になられるからですか?」

 遠慮ない物言いにカールはムッとする。

「そうだ。僕は清廉潔白が信条なのに女の影なんか匂わせるな。お前の変装が小賢しすぎる。」

 こいつは医院の前で偶然を装って待ち伏せていた。あんなどこから見てもやんごとない令嬢に変装するこいつの神経が信じられない。おかげでセレスティアの不興を買ってしまった。

「次は男装でも致しましょうか。」
「だからもうくるんじゃないといっている。」

 憮然としてその場から立ち去れば気配が消えた。

 目端も利いて優秀なのだが自分の影ではないから言うことを聞かないのが鬱陶しい。

 家族が心配している。それはわかっている。
 僕が悪い。それもわかっている。
 だがもう少し時間が欲しい。

 嘆息しつつ野営地に戻る。そしてスノウにもたれ安らかな寝息を立てるセレスティアを見下ろした。焚き火の炎に照らされて栗毛が艶やかに輝いて美しい。

 その様にカールは賛美とも感嘆ともつかない吐息を漏らす。そっと近づけばスノウが目を開けてカールを見上げてきた。

 目は閃光弾からとっさに庇ったから酷いことにならなかった。受診した時ももう回復していた。後遺症もないだろうという診断結果だった。

 自分の目が回復していく様子にセレスティアは緊張を纏っている。それはかつて義理の姉が纏った雰囲気に似ていた。見た目に劣等感を持っていると理解するのに時間は要しなかった。
 だから目が回復している事実は告げない。

 こうして見下ろす限りは美しい女性だと思う。
 だがただそう言うだけでは解決しないのも知っている。

 セレスティアが嫌がるのであれば盲目のフリも別に構わない。むしろセレスティアに色々気遣われ手取り足取り世話をされて役得といえる。この手に公然と甘えられるのだ。

 だけど———

 手を伸ばし眠る顔に触れるギリギリで手を止める。そしてその手を宙で握り締める。

 触れるのはまだ早い。全ての問題を解決できて初めてそれを乞えることだろう。

「早く見たいな。」

 側に腰掛け微笑んで小さく囁く。
 寝顔ではなく自分に向けられる笑顔。その時の瞳の色は何色だろう。その瞳に映る自分の顔を早く見たい。

 その時瞳の中の僕はどんな表情をしているだろうか。

 今は固く閉じられている瞼の中に思いを巡らせ、太めの薪を多めに焚べる。そして目に包帯を巻いてゴロンとセレスティアの隣に横になる。皆で寄り添いスノウも嬉しそうだ。

「これも役得だよね?」

 柔らかな寝息が聞こえる。
 スノウの背を撫でて包帯の少年は温もりに笑みをこぼした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

誰でもイイけど、お前は無いわw

猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。 同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。 見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、 「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」 と言われてしまう。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

【完結】好きでもない私とは婚約解消してください

里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。 そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。 婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...