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第4.0章 真相 – シンソウ
第18話
しおりを挟む抱擁を解いたカールが満面の笑みで立ち上がり、セレスティアの背後の背もたれに手をついて屈み込む。
なんだろう?そう思った時、カールの空いた手にくいと顎を引かれ、そして目を細めたカールの顔が近づいてきた。
触れ合う直前、一瞬動きを止めるも静かに優しく唇が触れ合う。そして僅かに離れ見つめ合う。名を呼ばれ鼻や額や頬にも愛おしげにキスが降ってくる。
その間セレスティアは硬直し目を瞠ったままだった。思考停止のまま何度も降ってくる柔らかい口づけをそのままに受け入れた。
「すごく嬉しい。大好き。逃げないでくれてありがとう。ティア、ずっと一緒だよ?」
頬を染めてうっとりと囁く少年を見上げる。
耳朶に響く心臓音は自分のもの?羞恥で血が沸騰して逆流しそうだ。少年のその艶麗な色香に当てられてもう何にも言えない。
年上なのにいいようにされすぎでしょ私ってば!
この子、本当にいくつ?なんで私より手慣れてるの?しょっちゅうこんなことしてる?そつなくこなしすぎて怖い!
真っ赤になって震えるセレスティアの脳内をよく理解する少年が呆れたように訂正する。
「言っておくけどティアが初恋だからね。さっきのキスが僕の初めて。そこのところよろしく。」
「わ、私だって初めてなんだから!年上だからって穢れてないからね!!」
「それは見ればわかる。安心して。」
ここで謎の対抗心。我ながら色々謎だ。
あれ?ここは胸を張るところじゃない?
カールがくすくす笑いでセレスティアの頭を撫でる。
「まあ僕もまだこの身長だし?あと二年くらい経てばティアより大きくなる予定。早く大きくなりたいな。そしたら軽々とお姫様抱っこも出来るからそれまではお預けね?キスやハグやその他もろもろはさせてもらうけど。」
「はい?」
何やら不穏なことを聞いたような気がした。
気のせいか?
カールが言ったとは信じられない。
文字通りじゃなく裏の意味がある?一生懸命深読みするがよくわからない。
「部屋は一緒だけどさすがにベッドは別々にしたほうがいいね。この間は耐えたけどもう抱き枕は無理だから。せっかく婚約者になれたし今更部屋が別々も惜しい。だからあんまり僕を煽らないようにね。」
さらに不穏なことを言われた。今度こそ気のせいじゃない。セレスティアはカチンと硬直する。
煽るってなんだろう?でもそれを今問うてはいけないと本能が押しとどめる。
しかしカールの話は続いている。
「まあ理性は強いほうだと自負してるけどティアの前だと紙切れ同然だし。美味しいから姉弟演技も続けようか。禁断な感じでいいよね?姉と弟ってちょっとそそらない?ティア姉さん?」
「ききき?!」
禁断って?
ざらざらーっと語られる濃い情報にセレスティアは茫然とした。
あれー?カールは紳士で天使だよね?こんなエロ悪魔な子だったかな?いやいや断じてちがうぞ?
カールが嬉しそうにセレスティアの頭を撫でる。天使な微笑みをたたえた口元から毒を含んだ悪魔の色香が溢れだす。
「まあこれは忠告ね。僕は性欲は強くない方かな?でも好奇心が人一倍強いんだよね。だから刺激はしないように。ティアの反応を知りたくて色々触りたくなるんだ。実は今もすごくウズウズしてたりする。」
数秒後に全ての意味を理解し、セレスティアはふぅと一呼吸。ソファをすっと立ち上がり‥‥、ざざーっと壁まで勢いよく退避した。
「わぁ、そんな露骨に。ひどいな、結構傷つく。」
「どっちがひどいのよ!」
「正直に言っただけなのに。逃げないでよ。」
「正直すぎなのよ!デリカシーなさすぎ!!」
「デリカシー?それなんだっけ?」
「馬鹿なの?!わざとやってるの?!」
絶叫しセレスティアは頭を抱える。
ああ!デリカシーないやつにデリカシーを強いるのは無理だ!これは私が耐えるしかない?!いや、これから私が躾けるしかないのか?
聡いのに!こんなに賢いのになんで?!なぜ繊細な配慮ができないの?なんでこんなスケベなおっさん風なこと言うのにいやらしくないの?言い切ってるせいかむしろ清々しい感じもしたりして?
だとしても見た目とのギャップで残念すぎる!!
「そういうわけだからすぐ出発しようか。」
「ええ?今から?」
どういうわけ?セレスティアが驚きの声をあげる。
まだ昼前だから行けなくもないけど急すぎる。
「ティアに拒否権ないからね。僕についてきてもらうよ?ティアは抜けたところがあるし、やっと手に入ったのに逃げられたらたまらない。誰かにかっ攫われないように僕がずっと側で監視してないと安心できないよ。」
「そ、そんなことにならないって!」
どうだかなぁとカールがため息混じりにぼやく。
「ここを出たらまずはフォラント領に戻って辺境伯によろしくって一緒にご挨拶しよう。」
「父に挨拶?!いきなり?!」
「うん、求婚の許可はもらってたから結果報告?」
「!!!」
セレスティアが凍りつく。父がもう知っている。七歳年下のこの少年とのことを。婚約を受けたと言えばどんな顔をするだろうか。
「あ、別に止められなかったよ?出来るものならやってみろ的なことを言われたから遠慮なく求婚したんだ。父君も煽り上手だね。つい乗っちゃったよ。」
「ち、父と何を話したの?」
「知りたい?」
嫣然と微笑む少年を見てセレスティアは背筋を凍らせそっと目を逸らす。これは聞かない方がいい?
「そこからアドラールを出るもよし、国内をいくもよし。ティアはどうしたい?」
「カールは!帰らなくていいの?」
展開が急すぎてついていけない。カールのご両親も心配してるんじゃないかな?それにカールは構う様子はない。
「一年以上は帰らないと伝えてあるし?近隣の戦争も外交のごたごたもないから大丈夫!せっかくティアと二人きりだから邪魔されたくない。帰るなら僕の背が伸びてからね。」
「邪魔って‥背が伸びるの何年後?!」
「やっぱり国を出よう。その方が手を出されない。」
なぜか鼻息が荒いカールにセレスティアは不審の目を向ける。
ますます意味がわからない。手を出されるって?本当に何にも悪いことしてないんだよね?
そこでふと思う。アドラール。国の名前なのにさっきも聞いたような気がする。どこでだっけ?
そんな思考を邪魔するようにカールが急かす。準備準備!とセレスティアの背中をぐいぐい押した。
「スノウが外に出たがってるんだ。ずっと納屋でストレス溜まってるみたい。早く出かけよう!」
「え?そうなの?急がないと可哀想だね。」
「うんうん!すぐ行こう!着替えて!その夜着も素敵だけど目の毒だし。」
「夜着?」
そこで自分が薄手の夜着一枚しか纏っていないことを思い出した。先ほどまではカールは包帯を巻いてるからいいと思っていたのだが‥‥
悲鳴をあげてその場にしゃがみ込んだ。
「ひゃぁぁ!!!」
「今更隠すの?僕はもう十分堪能したよ?」
「何で早く教えてくれないの?!」
「やだよこんなおいしいのに?」
「最低!!!」
わあわあ文句を言いカールを部屋から叩き出した。
本当に最低だ!あれをなぜ紳士だ天使だと勘違いしたんだろうか?デリカシー皆無だ!もう絶対許さないから!!
憤然と着替えをして廊下に出ればすでに準備万端のカールが待っていた。
出てきたセレスティアに満面の笑みを向ける。可愛らしい笑顔が本当に憎らしい。これでは許してしまうじゃないか!!
「食料は途中の町で仕入れよう。あ、銀貨はたくさん手に入れたから豪遊しようね。」
ふとあの侍女を思い出した。
ずっとセレスティアの側で守ってくれた確か‥‥
「待って!彼女にお礼言わなくちゃ。たくさんお世話になったのよ。」
「彼女?ああ‥あれね。」
珍しく眉間に皺を寄せるカールをセレスティアは不思議そうに見やる。
「えっと、リースは一体‥」
何者?と聞こうとしたところをカールが被せてきた。
「あれはただのうちの使用人。気にしないで。義理の姉の侍女。最強最悪のね。」
「さいきょうさいあく?」
「端々まで目が届くけど聡すぎる。僕とは相性が最悪だ。気にしないでいいよ、どうせまた会うし。」
つまり似たもの同士ということだよね?確かに考え方が恐ろしく似ていた。
なるほど、お互い冷たく腹を探り合っている感じがありそう。でも‥‥
「カールと息もピッタリで仲良さそ」
「絶対よくない!ホント勘弁して!」
心底うんざりしたように否定で被された。本当にダメなんだと理解する。ちょっと羨ましいと思ったのに。なんとも不思議な二人だ。
「後始末はあいつらがするから。こういうの大好きだから大丈夫。僕らはここから離れたほうがあいつらがやりやすいから。」
そして急かされるままに屋敷を出て納屋に向かう。
納屋でスノウの熱烈歓迎を受ける。それはもう飛び跳ねて馬用の柵を飛び越える勢いだ。
途中服毒事件で寝込んだりしたからあんまり会いに来られなかった。その分たくさん撫でてやれば嬉しそうに目を細めていた。
「これで元通りだね。さあいくよ!」
二人と一匹の旅。本当に元通りだ。
カールの目以外は。カールは杖を手放した代わりに帯刀している。
今まではセレスティアがカールの手を引いていたが今はカールがセレスティアの手を引く。やっぱり手は繋いでいるな、と笑みが溢れた。
カールはまだ若い。カールを疑っているわけじゃないけど、これから先どうなるかなんてわからない。
それでもこの少年とはずっとこうして手を繋いでいたい。それは切実に思った。
ずっと一緒にいられるように私ももっと頑張らないといけないね。
カールと繋いだ手を後ろに引けばカールは驚いて後ろにたたらを踏む。倒れた体をぎゅっと背後から抱きしめた。身長差があるからセレスティアが抱きしめる形になる。
「カール、これからもよろしくね。」
耳元にチュッとキスと落とす。
挨拶ならこれくらいでいいよね?これ以上は無理だけど。
そう思い腕の中のカールを覗き込めばカールが目元に手を当てて俯いている。耳まで真っ赤。体もガチガチだった。
「あれ?カール?」
「な、なななんでもない!!」
腕を振り解きキスを落とした耳を押さえてカールはかけ出した。
あれ?ひょっとして照れてくれた?うわぁ!
「違う!こういう突発的なやつに弱いだけだ!あと耳は禁止!」
聡いカールがセレスティアの脳内を読む。
その様子にセレスティアは両手で頬を押さえ笑みを浮かべる。
「やだ!照れてる!初めて見た!ますます可愛い!」
「照れてない!可愛くないから!子供扱いするな!」
「子供扱いしてないのに。可愛いから別にいいじゃん。」
「よくない!それが子供扱いなの!」
セレスティアの手を憤然と掴んでズンズン歩いていくカールにセレスティアはますます笑みをこぼす。そして心の底から願った。
こんな日々がずっと続きますように。
セレスティアは大切なことを見落としていたがそれに気がついていない。
カールの本当の正体にセレスティアが気がつくのはさらにずっとずっと後のことであった。
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