元帥になりたい!!!

ユリーカ

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第四章: ジーク、ダンジョンに入る。

海斗

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 眩しいこぼれ陽の中で目が覚めた。

 目に入る光に右腕をかざし目をすがめる。芝生の上に横になっていた。大木の下の木陰の中でそよぐ風が心地よかった。
 横になる頭の下に柔らかい感触がある。そのまま仰ぎみれば懐かしい顔があった。

「あ!やっと目が覚めた!もう、外なのにぐっすり寝過ぎじゃない?」

 その艶やかな黒髪の女性、アニスはにっこり微笑んだ。膝の上の頭を優しく撫で上げる。だがずいぶん若い。そして見たこともない服装と髪型をしている。おしゃれをして可愛らしい感じだ。

「アニス?」
「ん?なぁに?海斗かいと、寝ぼけてるの?」

 くすくす笑いその女性は髪を耳にかけ、髪を押さえながら屈んで額にキスを落とす。
 アニスは恥ずかしがりだ。外でそのような愛情表現はしない。だからキスをされてこちらがカチンと固まってしまった。

「今日は家庭教師ないんでしょ?講義も休講だって。どうするの?」
「あー、なら本屋行くかな。参考書探さないと。」

 おかしい。俺なのに勝手に口が動く。だが視界は俺のもの。正面の女性は顔を綻ばせて笑う。

「なら私も行く!あとで買い物付き合ってよ。何が食べたい?」
「カレーがいいな。」
「また?私、他にも作れるんだけど全然作らせないつもりでしょ?」

 会話の意味がわかるが単語の意味がわからない。コウギ?ホンヤ?カレー?それを問いたくて名前を呼んだ。

「アニス」
「海斗!こら!なまってるぞ!有里珠ありす!彼女の名前なのに酷くない?」

 ナマッテ?アリス?カノジョ?なんだろう?その意味を理解せずに会話は勝手に続く。まるで芝居を見ているようだ。
 海斗と呼ばれた青年は膝の上であくびをした。

「わりぃ、昨日徹夜で論文あげたんだよ。死ぬかと思った。」
「普段からやっていない人がいけないんですよ!」
「うっわ。ここで正論きたよ。あーあ、頑張ったんだからちょっとは労って慰めろよー」

 そういって頭の下の膝に甘えるように擦り寄る。笑い声をあげて有里珠が海斗の頭を撫でた。

 —— おい!俺!甘えずぎだろ!見てるこっちが恥ずかしい!!

 二人は手を繋いで本屋に行き、中学生用の参考書を選ぶ。家庭教師用の教材らしい。そしてスーパーへ行き食材を買う。途中の会話は意味がわからないがとにかく二人とも楽しそうだった。

 体の操作はできない。たまにふと思いついた言葉は喋れるが意味はなさない。

 自分の手を見れば色が白く細い。以前飛竜小屋に詰めたての頃に噛まれた傷跡もない。筋肉もずっと落ちている。
 ずいぶん体もひょろっとして魔法も使えない。ここは魔素も魔力もない。体も重い。これではいくらも戦えないだろう。

 それでも傍の女性よりは随分しっかりとした体つきだった。歳のころは二十くらいか。

 足立海斗 大学生

 その情報がふと脳裏をよぎる。ダイガクセイも意味がわからないが。

 その後有里珠の部屋でカレーなるものを食べる。随分辛い不思議な食べ物だったがうまい!とばくばく食べている。
 そして愛しい有里珠に熱く口付けて抱いて共に眠る。海斗は有里珠の部屋に入り浸っていた。

 季節は夏から秋に巡る。相変わらず二人は一緒にいる。
 来年いよいよ就職活動どうしようかな、など将来の話も出てきている。
 ずっと一緒にいたいね。そう言われ海斗は嬉しそうに有里珠を抱きしめる。

 戦いもなく魔獣もいない。日々の糧の心配も必要ない世界。平和で穏やかな日々。テレビのニュースでは戦争が伝えられているが今いるこの国は平和だ。

 大変なことは単位と論文。悩みは家庭教師の生徒の成績がなかなか上がらないこと。それ以外は恐ろしく幸せだ。ただ季節が巡る。

 そんな恋人との甘く幸せな日々を過ごしていた。




 もう自分が何者だったかわからなくなっていたその日、あの鳴き声がした。

 にゃぁん

「あら、可愛い猫ね!」

 夜の路上。有里珠が白い息を吐きながら微笑んだ。

 —— 猫?

「ここらじゃ見ないな。飼い猫か?」
「どうだろうね。首輪ないし。でも綺麗な黒猫ね。目が青って珍しくない?」

 —— 猫?それは猫じゃない。

 暗闇から溶け出すように現れた尾の長い濡羽ぬれば色の猫はゴロゴロと喉を鳴らして海斗の足に擦り寄ってくる。二人してしゃがんで猫を見た。

「やだ!懐かれてるね。猫缶買ってみる?」

 有里珠が笑い手袋を外して猫の頭を撫でた。
 海斗の中で意識が急速に復元される。記憶が戻る。

 —— 猫じゃない。お前はローゲ。俺が名付けた。

 海斗の手が黒猫を抱き上げる。
 
「そうだな。お前、うちに来るか?ローゲ?」
「え?知ってる猫なの?」
「え?あれ?俺今なんて‥‥」

 —— そして俺は‥‥

 海斗に抱き上げられた黒猫はにゃぁんと鳴き声をあげる。そして海斗を、グライドをじっと見上げた。

 やっと見つけたよ、主殿。

 青炎燃焼ブルーフレームに見つめられる。
 記憶と共に意識が急速に戻る。
 正面の猫はそのままに背後の景色が歪む。
 天地が、時間が、空間が歪む。
 意識が浮遊する。どこまでも。



 —— そうだ。俺の名はグライド。






 グライドは薄暗い、しかしとても大きな部屋の中で目を覚ました。部屋には蛍火ほたるびのように光る何かがありほんのりと明るかった。

 見上げる天井が崩れている。床に横たわった体は動かない。瞼だけが開いた。部屋の空気が、手足が冷たい。意識はまだぼんやりしていた。

 その視界に黒猫がひょいと顔を出した。青いリボンと首の鈴は失われている。

『主殿、意識が戻ったな?間に合ってよかった。』
「‥‥ろー‥け?」
呂律ろれつが回ってない。無理に喋らなくていいよ。精神が無理矢理切り離されたから肉体がショック状態なんだ。時間が経てば精神が肉体に馴染むからじっとしてていい。』

 黒猫はとんとグライドの胸の上にのり顔を覗き込んだ。重さは例の如く全然感じない。

 —— 戻ってきた。それはわかる。
 ここは古代遺跡。ジークを追いかけて闇に入りそこで落ちた記憶はあったがそこからがよくわからない。何がおこったんだ?

 グライドは口を動かそうとするが舌がうまく回らない。
 黒猫はグライドの表情を覗き込んで念話で会話する。

『主殿は喋らなくていいって。考えるだけでいい。オイラが意識を読む。時間はあれから一時間くらいかな。床が崩落して下の階に落ちたんだよ。あいつがずっと床を爪で削っていたからすごく薄くなってたところを主殿が踏み抜いたんだ。』

 —— あれ?あれとは?

『‥‥一応オイラが追い払った。あいつは主殿の腕輪の『魔素喰い』を嫌ってる。だから襲われなかった。いいもの装備したな。』

 —— 下賜品の腕輪。そんな効果があったか。意外なところで陛下に守ってもらったようだな。

『主殿が踏み抜いた部屋にちょうど装置があったんだ。崩落で起動しちまった。精神転送装置だ。あっちの世界に飛ばされた記憶はあるかい?』

 —— あっちの世界?海斗の世界か?生活していた生々しい記憶なら残っている。見たもの、触れたもの、食べたもの、全て。あれはなんだったんだろう?

 黒猫は目を細めてグライドを見つめる。

『だよね。その疑問になるよな。でもその説明はすごく長くなるから先に状況を話しておくよ。
 おそらく殿下も同じように下の部屋に落ちて装置が起動したと思う。だが神竜ファフニールがついているから多分大丈夫だとは思う。あいつはここに来たことがないからオイラより手こずっているようだが、うまくいった気配はしている。』

 —— ジーク、無事なのか。よかった。

『竜騎士じゃなかったら帰ってこられないからね。装置が起動したのが二人でよかったっちゃよかった。一緒にいたおっさんも無事だけどちょっと遠くにいるね。強い奴に助けてもらったから安心だな。』

 —— 強いやつ?無事ならいいんだが。

『失踪者が出てる件もこの施設のせいだと思う。この遺跡は廃棄するかシステムを止めるかどちらかした方がいい。』

 —— だがあれがいるんだろう?

 黒猫は髭をそよがせる。尻尾をぺたんと振った。

『‥‥そうだね。主殿は見た?さっきものすごく近くにいたけど。』

 —— 暗くてわからなかったが獣臭はした。そういうやつか?

『うん。だから施設廃棄の方がいいかもね。あれを倒すのは面倒だよ。‥可哀想なやつだから出来ればほふってやるのがいいんだけどね。』

 ローゲは耳を垂れて俯く。黒猫の何か憐れむそぶりにグライドは心がざわめいた。ローゲは何を知っているのだろうか。

 —— 廃棄は無理だ。失踪者の捜索をしなきゃならない。

『そうなる?多分救出は無理だけどね。ここの施設の性質を考えると。』

 黒猫は困ったようにふぅ息を吐いた。

 —— 無理なのか?なぜ?

『暴走した施設だから。そして転送の行き先が帰ってこられない場所だから。行き先はおそらく先程主殿が飛んだ世界だ。あそこは魔力がない世界だからオイラ達みたく繋がっていない者の救出は無理。残念だが転送先での無事を祈るしかない。』

 ローゲの言う意味がわからない。救出できないのに無事を祈るのか?その意図を理解したローゲが悲しげに微笑む。

『んじゃそろそろ話聞く?この施設の目的と昔の話。気持ちいい話じゃないけどいいかい?』

 グライドは痺れが抜けてきた体で小さく頷いた。
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