【完結】ダメダメな僧侶とめんどくさい盗賊の一年間

ユリーカ

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リアソフィア(時々ミーア)の事情

第一話

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「もう信じらんない!!」

 冒険者ギルドに併設されたバーのカウンターテーブルに突っ伏してリアソフィアは大声をあげる。
 右手には空のゴブレット。たった今酒を煽ったばかりだ。
 そう、彼女はヤケ酒中だ。

「もうほどほどにしときなよ。」

 側には同じく酒を飲む女性、ミーアがいた。元冒険者のミーアは引退後にギルドのフロントになっていた。その筋の人脈を活用できる職場に就いたのは正しいと言える。
 かつてのパーティ仲間のリアソフィアを慰めるのが彼女の現在の役目だ。


 無敵の戦鎚せんついリアソフィア
 嵐の領域テンペストの高位の僧侶クレリックで現在この冒険者ギルドでトップランカー十人に入る強者である。
 生まれもった怪力と人間と思えない防御力を武器にあっという間に高ランクまで上り詰めた。


 血は嫌だ!怪我を治せる職種がいい!と僧侶職になったが、この天賦の才を活かさないでか!と普通に前衛に立つ。そして戦鎚ウォーハンマーで敵をボコボコに叩きのめす。
 その破壊力はとんでもなく今のところ鈍器使いでは無敵だ。
 少し癖のある背中まで伸びた黒髪にグリーンの瞳。見た目は普通のお嬢さんに見えるため初対面の人間は相当驚くことになる。

 回復できる。雷の魔法も使える。そしてこの破壊力と防御力というマルチぶり。十八という年若さとしてはかなり優秀だ。その反面、戦闘以外がとんとダメだ。冒険者としての依頼受理や達成手続きすらできない。料理洗濯掃除もダメで生活能力がまるでない。戦闘に偏りすぎなのだろう。



 その無敵が失恋で現在ヤケ酒中である。

「どうして?!どうしてクリスが逮捕されるのよ?!」
「結婚詐欺だって言うじゃない。捕まってよかったよ。」
「よくないよぅ。結婚の約束してたのにぃ。」
「いや、だからそれ詐欺だから。」

 テーブルに突っ伏し号泣するリアソフィアにミーアはため息をこぼす。
 どうしてこう男運がないのか。そして惚れっぽい。どうでもいい男にあっさり引っ掛かる。
 戦闘ではあれほど最強なのに恋愛では百戦連敗。いっそ清々しいくらいだ。

「大丈夫だよ。リアは可愛いからきっとまたいい人ができるって。」

 このセリフは一月前にも言った。ヤケ酒のリア相手に。本当に惚れっぽい。

「そうかなぁ。理想の王子様に会えるかなぁ」
「あー、あれかぁ。それはどうかなぁ‥」

 リアの理想。自分を庇い守ってくれる強い男が理想なのだが、すでにリア自身が恐ろしく強い。これの上となると相当のバケモノでなくてはならない。

「えー?そんな高望みしてないでしょ?面食いでもないし。お金とか職業とか気にしないのに。」

 赤ら顔のリアがぶすりと口を尖らせる。

 私の王子様どこーっと叫ぶリアにミーアは顔を顰める。
 まあ一般女性が言えばそれほど高望みしていないが自分の強さをわかっているのだろうか。もうその合格ラインがK点を超えている。そんな男など危険ゾーンだ。

 まあそんな危険なレベルの王子様はいるにはいるのだが。

「マティアスはどうなのよ?」
「あれはダメ。ただの鬼だよ。」
「そう?面倒見がいいじゃない?」
「あれを面倒見がいい?仕事を鬼詰めしてくるのに?」

 リアは伏したままはぁとため息をつく。
 ミーアから見てリアの、相棒マティアスへの感触は悪くないようなのだが、それほど簡単ではないみたいだと理解した。

 リアはむくりと起きて厨房に向かって叫ぶ。

「もっとご飯ちょうだい!今日は食い倒れるからね!!」
「もうやめておけ。」

 その時背後から低い男の声がした。

「お、マティアスだ。お迎え来たよ。ほら。」

 ミーアが肩を揺らしリアを起こそうとするがリアがテーブルにしがみつく。

「まだごはん食べてない!食べないと帰らない!」
「ボケ老人か!もうたくさん食べたって。」
「俺が呼び出された理由がわかってんのか。どんだけ食ってんだよ。」

 ツケが一定額を超えるとこの男が呼び出されるシステムがいつの間にか構築されていた。支払い保証人制度。それほどにリアは大食らいだった。

「いつも言っているだろう。俺と組んでいる間は暴飲暴食、爆買い、ケンカ、暴走行為、博打は禁止だ。」
「ひどい~!やりたいこと全部封じられた~!」
「もう暴飲暴食はやってるな。なんで止めない?」

 マティアスがミーアを眼鏡越しに睨む。目つきが鋭いのでなかなかに強面になる。
 え?これ私のせい?ミーアも内心ため息が出る。


 鬼のマティアス
 背の高く冷然として厳然とした雰囲気の男で、銀縁眼鏡と氷のような銀髪、鋭い灰色の三白眼がきつい印象だ。リアと組んでいる冒険者で盗賊シーフ職でありながら主にリアの仕事のマネージメントを行なっている。
 その鬼の管理術はギルド内でも恐れられていた。


 マティアスの物言いにリアが反発する。

「いや、普段食いだし!暴食じゃないもん!」
「酒か飯かどっちかにしろ。」
「たくさん飲み食いしたっていいじゃん!全部食べてただ体を通り過ぎるだけなんだから!!」

 鋭いマティアスの視線がリアに突き刺さる。鬼モード発動で凄む声が出た。

「農家と厨房に謝れ。生きるために食えよ。天理への冒涜だ。」
「そうだそうだ!せめて太れ!」
「それと通り過ぎるだけじゃないからな。金が減る。」
「ひどいぃ!みんな優しくないぃ!」

 二人に責められて分が悪い。拗ねて顔を突っ伏す。伝票を見たマティアスがため息をついた。

「よくもまあこれだけ食ったもんだな。これは明日フルで働いてもらわないとツケを払えんぞ。あのロクデナシもいなくなったし明日から全力で仕事入れるからな。」
「なんで?なんでクリスのこと知ってんの?!」

 驚き睨みつけるリアにマティアスはこともなげに言う。

「俺が通報した。」
「はぁ?!なんで?!」
「市民の義務だ。」

 ふうと嘆息し憐れみの視線をリアに投げた。冷酷無情に。

「お前の相手だからと調べてみたら余罪があった。本当に男運が悪い。お前はこの手のおとり捜査に向いてるかもな。」
「ひっひどいぃぃ!!」

 うわぁん!!とリアが泣きながら二階への階段を駆け上がる。酔っ払っているはずなのに鬼速まっしぐらだ。ギルドの宿泊施設に泊まっているので部屋に戻ったのだろう。
 ミーアがやれやれと嘆息する。

「もうちょっと優しく言ってあげれば?助けてあげたんでしょ?」
「助けただけ十分優しい。あれが被害にあうと俺も巻き込まれるんでな。」

 無表情で眼鏡の鼻当てを押し上げ、伝票にサインを書き込んでカウンターに置いた。これでギルドの口座決済となる。

「払ってあげるんだ?」
「立て替えるだけだ。あいつ貯金ないしな。これほどの額を払わないとここの資金繰りがヤバいだろ。本当に一人で食ったんだろうな?」
「それは保証します。」

 それはもうすごかった。大男数人がどんちゃん騒ぎで食らう量はあった。あれで太らないのが羨ましい。いや、そもそも大食らいがダメか。ただ体を通り抜けるだけ。金の無駄、浪費だ。

 あれで男の大半が引いているのをリア本人は気が付いていない。引かなかったのはマティアスくらいだろう。
 ミーアの側に立ち明日の段取りを思案する氷塊の髪の男を見上げてミーアは頬杖をついて嘆息した。

 リアとマティアスが組んで一年が経った。

 あーあ。ほんと、めんどくさい男だ。




 翌朝、マティアスに叩き起こされしょぼしょぼの目を擦りながらリアがギルドに降りてきた。

「二日酔いならさっさと治せ。出るぞ。」
「ふえ?どこに?」

 『不調治療リムーブシックネス』で二日酔いを飛ばしたリアが目をしばたたかせる。
 紙の束をめくりながらマティアスが鋭い視線を投げる。

「仕事だ。昨日の飯の分を稼ぐぞ。まずは30分後に狼駆除だ。後がつかえている。」
「いーやーだーっ 働きたくなぁい!」
「働け。失恋の傷は働いて癒せ。運動が一番だ。」
「これ運動じゃあない!働くの嫌ぁ!」

 ギルドの丸テーブルに突っ伏しぐずぐずするリアソフィアにマティアスが嘆息する。冷ややかな眼差しで眼鏡を押し上げる。

「いいことを教えてやる。働く女はモテるぞ。」
「へ?本当?!」

 ガバリと目を輝かせるリアソフィア。それを遠くからミーアがげんなり見やっている。

 今日も始まった。マティアスの洗脳。口車か。
 マティアスが眼鏡をきらめかせもっともらしく語る。学校の教師のようだ。

「怠ける女と働く女、どちらがモテるかわかるだろう?働けばモテる、きっと。」
「そうか!なるほど!そうだよね!」

 モテるという言葉だけにリアが目を輝かせて反応する。

「魔獣駆除は困っている人を助ける慈善活動だ。そういうのは贔屓目が効くからさらによく見えてモテる、きっと。」
「そうかぁ。モテるのかぁ。」
「ついでに金ももらえる。素晴らしいだろう?昨日の飯の分を稼ぎ倒せ。働く女は美しいぞ。」
「いくいく!がんばるぞー!!」

 すっかりウキウキになったリアが愛用の戦鎚を軽々と肩に担いで立ち上がる。なんとも単純だ。
 駆け出すリアの後を洋弓銃ボウガンを持ったマティアスが静かに続く。その様子をミーアは無言で見守った。

 今日の依頼のほとんどを持っていく勢いだった。あれを今日だけで全部狩るのだろうか。モテるというリア専用のパワーワードだけで。

 だとしたら本当にマティアスは鬼畜だ。



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