1 / 7
リアソフィア(時々ミーア)の事情
第一話
しおりを挟む「もう信じらんない!!」
冒険者ギルドに併設されたバーのカウンターテーブルに突っ伏してリアソフィアは大声をあげる。
右手には空のゴブレット。たった今酒を煽ったばかりだ。
そう、彼女はヤケ酒中だ。
「もうほどほどにしときなよ。」
側には同じく酒を飲む女性、ミーアがいた。元冒険者のミーアは引退後にギルドのフロントになっていた。その筋の人脈を活用できる職場に就いたのは正しいと言える。
かつてのパーティ仲間のリアソフィアを慰めるのが彼女の現在の役目だ。
無敵の戦鎚リアソフィア
嵐の領域の高位の僧侶で現在この冒険者ギルドでトップランカー十人に入る強者である。
生まれもった怪力と人間と思えない防御力を武器にあっという間に高ランクまで上り詰めた。
血は嫌だ!怪我を治せる職種がいい!と僧侶職になったが、この天賦の才を活かさないでか!と普通に前衛に立つ。そして戦鎚で敵をボコボコに叩きのめす。
その破壊力はとんでもなく今のところ鈍器使いでは無敵だ。
少し癖のある背中まで伸びた黒髪にグリーンの瞳。見た目は普通のお嬢さんに見えるため初対面の人間は相当驚くことになる。
回復できる。雷の魔法も使える。そしてこの破壊力と防御力というマルチぶり。十八という年若さとしてはかなり優秀だ。その反面、戦闘以外がとんとダメだ。冒険者としての依頼受理や達成手続きすらできない。料理洗濯掃除もダメで生活能力がまるでない。戦闘に偏りすぎなのだろう。
その無敵が失恋で現在ヤケ酒中である。
「どうして?!どうしてクリスが逮捕されるのよ?!」
「結婚詐欺だって言うじゃない。捕まってよかったよ。」
「よくないよぅ。結婚の約束してたのにぃ。」
「いや、だからそれ詐欺だから。」
テーブルに突っ伏し号泣するリアソフィアにミーアはため息をこぼす。
どうしてこう男運がないのか。そして惚れっぽい。どうでもいい男にあっさり引っ掛かる。
戦闘ではあれほど最強なのに恋愛では百戦連敗。いっそ清々しいくらいだ。
「大丈夫だよ。リアは可愛いからきっとまたいい人ができるって。」
このセリフは一月前にも言った。ヤケ酒のリア相手に。本当に惚れっぽい。
「そうかなぁ。理想の王子様に会えるかなぁ」
「あー、あれかぁ。それはどうかなぁ‥」
リアの理想。自分を庇い守ってくれる強い男が理想なのだが、すでにリア自身が恐ろしく強い。これの上となると相当のバケモノでなくてはならない。
「えー?そんな高望みしてないでしょ?面食いでもないし。お金とか職業とか気にしないのに。」
赤ら顔のリアがぶすりと口を尖らせる。
私の王子様どこーっと叫ぶリアにミーアは顔を顰める。
まあ一般女性が言えばそれほど高望みしていないが自分の強さをわかっているのだろうか。もうその合格ラインがK点を超えている。そんな男など危険ゾーンだ。
まあそんな危険なレベルの王子様はいるにはいるのだが。
「マティアスはどうなのよ?」
「あれはダメ。ただの鬼だよ。」
「そう?面倒見がいいじゃない?」
「あれを面倒見がいい?仕事を鬼詰めしてくるのに?」
リアは伏したままはぁとため息をつく。
ミーアから見てリアの、相棒マティアスへの感触は悪くないようなのだが、それほど簡単ではないみたいだと理解した。
リアはむくりと起きて厨房に向かって叫ぶ。
「もっとご飯ちょうだい!今日は食い倒れるからね!!」
「もうやめておけ。」
その時背後から低い男の声がした。
「お、マティアスだ。お迎え来たよ。ほら。」
ミーアが肩を揺らしリアを起こそうとするがリアがテーブルにしがみつく。
「まだごはん食べてない!食べないと帰らない!」
「ボケ老人か!もうたくさん食べたって。」
「俺が呼び出された理由がわかってんのか。どんだけ食ってんだよ。」
ツケが一定額を超えるとこの男が呼び出されるシステムがいつの間にか構築されていた。支払い保証人制度。それほどにリアは大食らいだった。
「いつも言っているだろう。俺と組んでいる間は暴飲暴食、爆買い、ケンカ、暴走行為、博打は禁止だ。」
「ひどい~!やりたいこと全部封じられた~!」
「もう暴飲暴食はやってるな。なんで止めない?」
マティアスがミーアを眼鏡越しに睨む。目つきが鋭いのでなかなかに強面になる。
え?これ私のせい?ミーアも内心ため息が出る。
鬼のマティアス
背の高く冷然として厳然とした雰囲気の男で、銀縁眼鏡と氷のような銀髪、鋭い灰色の三白眼がきつい印象だ。リアと組んでいる冒険者で盗賊職でありながら主にリアの仕事のマネージメントを行なっている。
その鬼の管理術はギルド内でも恐れられていた。
マティアスの物言いにリアが反発する。
「いや、普段食いだし!暴食じゃないもん!」
「酒か飯かどっちかにしろ。」
「たくさん飲み食いしたっていいじゃん!全部食べてただ体を通り過ぎるだけなんだから!!」
鋭いマティアスの視線がリアに突き刺さる。鬼モード発動で凄む声が出た。
「農家と厨房に謝れ。生きるために食えよ。天理への冒涜だ。」
「そうだそうだ!せめて太れ!」
「それと通り過ぎるだけじゃないからな。金が減る。」
「ひどいぃ!みんな優しくないぃ!」
二人に責められて分が悪い。拗ねて顔を突っ伏す。伝票を見たマティアスがため息をついた。
「よくもまあこれだけ食ったもんだな。これは明日フルで働いてもらわないとツケを払えんぞ。あのロクデナシもいなくなったし明日から全力で仕事入れるからな。」
「なんで?なんでクリスのこと知ってんの?!」
驚き睨みつけるリアにマティアスはこともなげに言う。
「俺が通報した。」
「はぁ?!なんで?!」
「市民の義務だ。」
ふうと嘆息し憐れみの視線をリアに投げた。冷酷無情に。
「お前の相手だからと調べてみたら余罪があった。本当に男運が悪い。お前はこの手の囮捜査に向いてるかもな。」
「ひっひどいぃぃ!!」
うわぁん!!とリアが泣きながら二階への階段を駆け上がる。酔っ払っているはずなのに鬼速まっしぐらだ。ギルドの宿泊施設に泊まっているので部屋に戻ったのだろう。
ミーアがやれやれと嘆息する。
「もうちょっと優しく言ってあげれば?助けてあげたんでしょ?」
「助けただけ十分優しい。あれが被害にあうと俺も巻き込まれるんでな。」
無表情で眼鏡の鼻当てを押し上げ、伝票にサインを書き込んでカウンターに置いた。これでギルドの口座決済となる。
「払ってあげるんだ?」
「立て替えるだけだ。あいつ貯金ないしな。これほどの額を払わないとここの資金繰りがヤバいだろ。本当に一人で食ったんだろうな?」
「それは保証します。」
それはもうすごかった。大男数人がどんちゃん騒ぎで食らう量はあった。あれで太らないのが羨ましい。いや、そもそも大食らいがダメか。ただ体を通り抜けるだけ。金の無駄、浪費だ。
あれで男の大半が引いているのをリア本人は気が付いていない。引かなかったのはマティアスくらいだろう。
ミーアの側に立ち明日の段取りを思案する氷塊の髪の男を見上げてミーアは頬杖をついて嘆息した。
リアとマティアスが組んで一年が経った。
あーあ。ほんと、めんどくさい男だ。
翌朝、マティアスに叩き起こされしょぼしょぼの目を擦りながらリアがギルドに降りてきた。
「二日酔いならさっさと治せ。出るぞ。」
「ふえ?どこに?」
『不調治療』で二日酔いを飛ばしたリアが目を瞬かせる。
紙の束をめくりながらマティアスが鋭い視線を投げる。
「仕事だ。昨日の飯の分を稼ぐぞ。まずは30分後に狼駆除だ。後がつかえている。」
「いーやーだーっ 働きたくなぁい!」
「働け。失恋の傷は働いて癒せ。運動が一番だ。」
「これ運動じゃあない!働くの嫌ぁ!」
ギルドの丸テーブルに突っ伏しぐずぐずするリアソフィアにマティアスが嘆息する。冷ややかな眼差しで眼鏡を押し上げる。
「いいことを教えてやる。働く女はモテるぞ。」
「へ?本当?!」
ガバリと目を輝かせるリアソフィア。それを遠くからミーアがげんなり見やっている。
今日も始まった。マティアスの洗脳。口車か。
マティアスが眼鏡をきらめかせもっともらしく語る。学校の教師のようだ。
「怠ける女と働く女、どちらがモテるかわかるだろう?働けばモテる、きっと。」
「そうか!なるほど!そうだよね!」
モテるという言葉だけにリアが目を輝かせて反応する。
「魔獣駆除は困っている人を助ける慈善活動だ。そういうのは贔屓目が効くからさらによく見えてモテる、きっと。」
「そうかぁ。モテるのかぁ。」
「ついでに金ももらえる。素晴らしいだろう?昨日の飯の分を稼ぎ倒せ。働く女は美しいぞ。」
「いくいく!がんばるぞー!!」
すっかりウキウキになったリアが愛用の戦鎚を軽々と肩に担いで立ち上がる。なんとも単純だ。
駆け出すリアの後を洋弓銃を持ったマティアスが静かに続く。その様子をミーアは無言で見守った。
今日の依頼のほとんどを持っていく勢いだった。あれを今日だけで全部狩るのだろうか。モテるというリア専用のパワーワードだけで。
だとしたら本当にマティアスは鬼畜だ。
0
あなたにおすすめの小説
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
最強魔術師の歪んだ初恋
る
恋愛
伯爵家の養子であるアリスは親戚のおじさまが大好きだ。
けれどアリスに妹が産まれ、アリスは虐げれるようになる。そのまま成長したアリスは、男爵家のおじさんの元に嫁ぐことになるが、初夜で破瓜の血が流れず……?
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる