【完結】ダメダメな僧侶とめんどくさい盗賊の一年間

ユリーカ

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マティアスの事情

第六話

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 マティアスは困惑していた。ギルドからの依頼。マスタークラスに課せられる割当業務ノルマで妙なことを言われたからだ。

「マネージメント?俺が?」
「そう。後輩の子でとっても困った子がいてね。是非面倒を見て欲しいのよ。」

 ミーアがにこりと微笑んだ。

 これは良くないことだ。マティアスが警戒する。
 こいつの微笑みは大概ロクなことじゃない。



 いくつか参加したパーティでいざこざがあった。
 守る守らない。庇う庇わない。

 パーティ内だから協力はする。だが自分の身くらい自分で守れ。それが最低限だろうに、それを俺がしないからと言って恨まれる意味がわからない。そんなことしていたらこっちも戦闘に集中できない。

 うんざりしてソロで活動していたが、やはり一人では無理があり負傷してしまった。毒だ。
 絶対回避を過信しすぎた。一人では回復の術もない。できれば自己防衛が出来る僧侶とパーティを組みたいところだが、そんなヤツこの世にいるわけない。
 普通の僧侶だと最弱。おそらく発生するあの揉め事を思うと辟易へきえきする。
 もう色々面倒だ。トップも取った。金は唸るほどある。このままいっそ現役引退してしまおうか、と思っていたところでのこの話である。

 マネージメント?後輩育成?
 差し出された資料を見てさらに顔を顰める。
 無敵の戦槌じゃないか。聞いたことがある。

「こいつ、トップランカーじゃないか。何が困ったって?」
「とにかくダメ人間なので独り立ちできるよう矯正して欲しいの。」
「は?ダメ人間?」
「とにかく惚れっぽくて男運のない子なのよ。冒険者としての腕は確かなんだけど。」

 資料には過去のいざこざが、これでもかと書かれていた。主に男関係。これはひどい。しかしこれの教育を割当業務で振ってくる意味がわからない。何か裏があるんじゃないか?

「‥‥こういうのは間に合っている。」
「お見合いじゃないって。ギルドとしても困ってて本当に教育して欲しいのよ。」
「何をどうしろと?」

 訝しげに問えばミーアは必死の表情を見せる。

「ソロで独り立ちできるように仕込んで欲しいの。目安は三ヶ月。戦闘技術ではソロでも問題ないんだけどその他がとにかく色々とダメダメでね。」

 戦闘スキルを見て驚いた。こんだけの攻撃力と防御力で僧侶だと?特筆すべきはこの防御力だろう。もはや人間じゃない。その為か回避が恐ろしく悪い。この上で回避もできれば最強だろう。勿体ない。しかし——

 回復持ちか。

 興味が湧いて受けてしまった。どんだけ酷いのか見てみたくなったというのもある。半分引退している身でヒマを持て余していたのもあった。

 ギルドの割当業務であることは口止めされた。本人の機嫌を損ねるらしい。そこでパーティの候補者として紹介された。
 自分の進化はもう諦めていた。だからあくまで教育者として接するつもりだ。



 第一印象はごく普通の女性であった。まずそこに驚いた。
 美形というわけではない。雰囲気は可愛らしい感じか。緑眼の長毛種の黒猫。八歳も年下だ。そう思っても仕方ないだろう。それ以上の印象はなかった。
 じっとしていれば無敵の戦鎚には見えない。しかし話せばダメ人間の意味がわかった。

 馬鹿ではないんだがとにかく色々と抜けている。そして大雑把でめんどくさがり。これでは生活能力もないだろう。今までどうやって生きてきたのか。能力が偏りすぎだ。

 しかしきっちり管理すればこいつはとんでもなく強くなる。その才能はある。さらに興味が湧いた。


 ひとまずお試しで討伐依頼を受けてみる。
 よくある魔物討伐。こちらから情報を与えて戦わせれば言われた通りに倒してくる。さすがトップランカー、キレが素晴らしくいい。天賦の才というやつか。

 だが他の段取りが悪い。討伐証拠の採取も下手くそ。聞けば血が怖いという。そういうのはたまにいる。武器が鈍器なのは僧侶だからかと思ったが違うらしい。
 そして方向音痴で帰るのもままならない。一人では街の外に出せないほどだ。そこら辺をこちらからサポートすれば恐ろしく感謝された。

 換金後の配分も役割分担がきっちりしてるからスムーズに進む。魔物を倒した数という歩合制にするとよく揉めるものだ。

 これほどに優秀。ますます勿体無い。戦闘だけに特化させればマスタークラスも夢ではないかもしれないな。

 その可能性に初めてはっとする。

 回復持ち。魔法もある。自分とのスキルも一切被っていない。勝手に戦えて己の身を守る術も持っている。戦士としてここまで自立している奴は初めてだ。

 こいつがマスターになればまたパーティを組んで俺は戦闘に復帰できるんじゃないか?マスターアサシンとして。

 戦闘以外のサポートは全てこちらですればいい。とにかく戦わせてトドメを刺させて鍛え上げる。
 こいつならいける。


 それからはひたすら強化の日々だった。
 その可能性に賭けたと言っていい。

 しかし戦闘以外のダメっぷりには愕然とした。
 女として、という以前に人としてダメだろう。

 ギルド提供の宿泊施設にいるから最低限の世話がされている。だが三ヶ月で独り立ちというのはもう人として無理がある。森での野宿は問題ないのに謎だ。
 何度も言うが、これでよく今まで生きてこれたな。

 仕方ないから生活面も世話をする。とりあえずランクアップが先だ。普段に生活が乱れては強化に差し支える。ランクアップ後に人間として鍛えればいい。

 俺の努力が実ってか、リアは一年でずいぶん伸びた。恐らくマスタークラスももうすぐだろう。

 ぶつぶつ言いながらもリアは言う通りに戦う。
 一を言えば十を理解する。戦闘センスもいい。作戦を即座に理解し俺が思い描いた通りに動く。敵の死角に入る俺の動きとも被らない。やり易い。

 回避はまだまだだが俺が庇って蹴りを入れてもその防御力でびくともしない。マスタークラスの攻撃でも、だ。普通なら死んでもおかしくない。やはりこいつはすごい。

 優しくない、と文句は言われるが揉めるほどでもない。そもそも俺は庇えないのだから仕方がない。

 だがうっかりトドメを刺せば恐らくレベルが上がる。そうなれば俺の攻撃力はリアの防御力を超える。
 庇って蹴りを入れることもできなくなる。気をつけないと。だから戦闘には絶対に参加しない。

 だからわざわざそういう条件にしたのだから。



 パーティ結成に際し俺は条件を出した。

 リアの意見は考慮するがその結果出した俺の指示には絶対服従。全てをサポートする代わりに俺は戦闘には援護以外参加しない。
 そしてパーティ内の恋愛禁止。

 今後メンバーが増えるであろうから最後は必須だ。いざこざはごめんだ。やるならパーティ外でやれ。結局俺たちのレベルについてこれない、とメンバーは増えなかったが。

 リアは相変わらずロクデナシに引っかかるが、それはこちらで手を回して排除する。強化の邪魔だ。こいつを幸せにできる男と俺が認めなければただの害虫。さっさと潰すに限る。
 その度にリアは酒で泣き潰れるが翌日しごけばカラッと立ち直っていた。惚れっぽいが故に復活も早い。

 そんなわけで結果的に寄ってくる男を全て排除していた。俺のせいじゃない。ひどい男ばかりなのが悪い。

 しかし本当に、ことごとくロクデナシばかり寄ってくる。男運が悪い、だけでは語れない。ある種の呪いのようだ。


 だがある日、とんでもない縁談が来てしまった。

 伯爵の次男坊。既に子爵位を継いでいる。独身で堅気の男、またとない話だ。
 通りすがりにただ助けただけの貴族の男。その相手の男がリアのように惚れっぽい感じが一抹不安だがいわゆる玉の輿というやつだろう。

「いやいや、冗談でしょ?これは引退か?」

 リアに引退の意思がある。この展開ではそうだろう。
 だがあっけらかんと笑うリアになんとも言えない感情が湧いた。

 これは何だろう?腹に渦巻くこの感じ。
 怒りではない。でも恐らく最も近しい感情は怒り。

 ここまでやって、後もう少しで完成する。マスターになれる。リアの希望ではないのはわかっている。俺が勝手にやったことだ。
 それでも。それでも俺の前で無神経によくそれを言う。

 後もう少しだったのに。もう少しで‥‥

 何が?

 自問自答し気がつけば手を握り締めていた。爪が刺さり掌に血が滲み拳がぬるつく。そんなことさえどうでもいい。

「いい話じゃないか。」

 なんの感情もなく言ってのける。

 リアがへ?と笑顔を俺に向けて固まる。望む答えが聞けて驚いているのか?
 俺は普段素直じゃない。望む答えを言ってやれない。お前の望むことは何も叶えてやれない。
 だからこれが最後だ。目を瞠るリアになるべく表情が優しくなるよう努めて言ってやった。アサシンをやって身につけた感情制御が上手く働いた。

「話を受けろ。パーティは解散しておく。」

 そう言い縁談を持ち込んできた執事とリアを残し席を外した。部外者がいては話が進まないだろう。


 家に戻り引き出しを漁れば解散届が出てきた。最初に作っておいた。そう長く持たないと思っていた。何よりリアが根を上げると思っていた。
 ほんと、一年もよく持ったもんだ。

 もうすることもない。俺も引退するか。
 やり尽くした感はある。今更これ以上後輩教育するつもりもない。
 保留にしていた割当業務を受けて、粘りで押し留めていたレベルも上げてしまおう。
 もうレベルを留める意味もない。それで全て終わる。


 久々のアサシン装備を身につけ、届けを持って翌日ギルドのミーアに出せば相当驚かれた。説明が面倒で何か言おうとするミーアを睨み早々に立ち去った。詳細はリアにでも聞け。

 最後の業務は地下迷宮三階のゴルゴーン討伐。地下迷宮自体は初級クラスで簡単だ。先に地図をざっと見ていたから壁に矢印を書きながら地下三階までさくさく進む。

 未知エリアの三階に行けば下級ゴルゴーンに遭遇した。
 ゴルゴーンには顔を見たものを石化させる魔力がある。ならば顔を見なければいい。

 暗闇でも活動できる訓練は積んでいた。あらかじめ額に巻いておいた布を目深に下す。フェイスガードを隙間なく上げれば顔は完全に漆黒で覆われた。

 腰に刺した二本の黒刃の短剣を両手で引き抜く。久しぶりのこの感触に馴染みの緊張感が体を駆け巡る。
 鍛冶屋に特注で出した片刃の中型ナイフで少し湾曲させて敢えて曲刀にしてある。その方が振り切りやすい。握りも弧を描いているためしっくり握れる。

 ふぅと一呼吸置けば意識が気配察知に集中する。どこに敵がいるかわかる。その動きで体が反射で動く。長年の経験の賜物だ。

 視界を無くした中で気配だけでナイフを振るえば石化もなくあっさり殲滅できた。血の海の中でナイフの血糊を振り飛ばし鞘にしまう。
 どうやらレベルも上がったようだ。難なく倒せたのも追加ダメージがかなりついたからだろう。

 恐らくリアの防御力を超えた。これで俺の攻撃であいつにダメージが入る。
 もう庇えない。だがもうそれもどうでもいい。

 そこで初めて、ここまで一人できてしまったと気がついた。
 万が一石化させられれば助けを呼ぶ術がない。
 眼鏡もかけず素顔を晒している。
 普段であればここまで軽率なことはしない。そんなことも考えずふわふわとここまで来てしまった。

 まあそうなればそれまでだな。帰るのも面倒だ。どこか投げやりにそう思う。そう思う訳もわからない。

 帰って誰を連れてくると?リアか?

 解散届は出した。それはもうないのにまだその可能性を俺は考えるのか。どんだけだよ。


 そんなことを考えていたからだろうか。人の気配にかえりみればリアの幻影が立っているのが見えた。

 地下迷宮ではあり得ない格好。戦鎚に青いワンピースなど普段着じゃないか。
 俺もとうとう頭がイカれたのか?いっそ哀れだ。そう思い幻影に苦笑すれば幻影が泣きながら腕の中に飛び込んできた。

 胸の中のその体を抱きしめれば暖かい。実体がある。信じられない。まさか本物か?防具もなく戦鎚一本でここまできたのか?いくら初級の迷宮だからといって無謀すぎる!

 自分のことは棚に上げて思わずリアの無謀を怒鳴り飛ばせば、ますます泣かせてしまった。

 いや違う、泣かせたい訳じゃない。
 じゃあ俺は何がしたかった?

 だから泣きじゃくる彼女を宥める様に抱き寄せた。
 心配して来てくれた。もうそれだけで十分だ。


 休憩がてらこれまでの経緯を話す。どんだけ俺がめんどくさいか。だがなぜかリアからさらに衝撃発言が出てきた。

 引退しない?結婚もしない?俺のことが好き?

 あり得ないことばかりが聞こえる。妄想か?
 そんなはずない。こんなめんどくさい男のどこがいいんだ?ちゃんと話を聞いていたのか?

 だがリアの泣き顔に、涙にぐっときた。
 この涙は卑怯だ。俺の“しごき”では泣いたことがないのに俺のために初めて流す涙。こいつはそれを無防備に使っている。
 無理だ。こんなもの、ほだされないわけがない。
 
 殴りかかってきたリアが愛おしくて思わず抱きしめてしまった。

「負けた。完敗だ。」

 そう言えばリアが猫の様に笑顔で飛びついて押し倒してきた。
 くっ 腕力ではこいつに敵わない。俺のレベルが上ったからリアの顔面を押し返し、かろうじて押し留めることができた。

 おいおい!ここ地下迷宮だぞ?!何考えているんだよ!
 だがそうとなればさっさと帰るまでだ。
 壁にあいた横穴の闇を剣呑けんのんに睨みつける。

 リアが来てくれた。石化の心配もない。もう思う存分暴れられる。

 目深に目隠しを下ろし双剣を抜いて俺は微笑む。

 さっさと片付けて一緒に帰ろう。
 







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