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第二章 ウサギの教育編
第十四話 「私の愛なぞございません!!!」
しおりを挟むここはファシア王国王宮の庭園。
今日のお茶会に招かれた婚約者を十六歳のアルフォンス王子殿下が優しくエスコートいらっしゃる。私はお二人のその様子にうっとりしてしまった。
はぁ。いいなぁ。初々しくって。見つめ合って二人して真っ赤になってモジモジが可愛らしい。こういうのを爽やかラブラブカップルって言うよね。美少年美少女だし。憧れだぁ!
ほう、と息を吐いて陶然と見ていれば背後のツンドラアウル様の凍える声がした。
「言っておくが俺たちもラブラブだからな」
その言葉に甘酸っぱい感じがスンと吹っ飛んだ。
うん、知ってた。でもちょっと違うから。ないものねだりしても仕方ない。
婚約の儀の後、私はファシア王国に住まいを移した。
これから一年掛けて妃教育を受けて晴れて王太子妃となるわけなのだ。これが難航している。
なにせそういう教育を今まで全然受けてこなかった。基礎教養はあるがファシア王家としてのマナーや歴史、王政なんぞとんとわからない。長い座学も初めてだ。手強い!
ただダンス、護身術は免除された。
一発合格したのは運動神経よしとされたかららしい。ダンスでアウル様との息もぴったりだったのは日々の攻防のお陰だろう。
アップテンポなダンスはちょっと熱くなって更にめちゃくちゃ速くなった。
ダンスの先生曰く、私たちの場合はどうも好戦的すぎるそうだ。
今日は弟王子のアルフォンス王子殿下とその婚約者と四人で午後のお茶会である。親睦を深める為だが私にとってお二人は目の保養だ。
福眼!至高!至福!ホント、絵物語に出てきそうな理想の王子様とお姫様だ。
「ご機嫌麗しゅうございます、ノワゼット様。お茶にお招きいただいてありがとうございます。とても楽しみにしておりました」
「ご機嫌麗しゅう、テトラ様、私も楽しみにしておりました」
うんうん、ホントに楽しみだったよ。
テトラちゃんホント可愛いんだよねぇ。ふわっふわドレスがまた似合ってるし。深窓のご令嬢って感じ。侯爵令嬢で私と同じ引きこもり令嬢のはずなんだけど、私と色々だいぶ違ってるのはなぜでしょうかね?食事かな?
私は妹がいなかったからテトラちゃんがいてくれてとっても嬉しいんだ。素直でいい子だし頭もいい。アウル様の妹のアナスタシアちゃんと二人もかわい子ちゃんゲットだ。
アルフォンス殿下がホント羨ましい。私の嫁に欲しいくらいだ。
「お前は俺の嫁だからな」
思考を読んだ極寒アウル様がツっこんでくる。読みが鋭くてちょっと怖い。扇で動揺を隠して笑顔でアウル様を見上げた。
「とと、当然ですわ、ホホホ」
「お前、本当に顔に出るな。そっちの訓練も必要だな」
四人で席についてお茶の時間だ。今日は天気もいいので王宮庭園でお茶が振る舞われた。
「ノワゼット様、兄をどうぞよろしくお願いします。兄は仕事中毒というか熱くなりやすくて何でも手を出したがります。休みなく働くので僕も心配でしたが、ノワゼット様がいらしてくださってやっと現場から手を引く気になってくれました」
アルフォンス殿下は素直で優しく兄思いだ。善良そうでこの兄にこの弟は勿体無い気がする。
ん?そうなのか?現場ってどこさ?
ちろりと視線を向ければアウル様は不機嫌な様子で顔を顰めた。
「余計なことを言うな。俺は大したことない。お前こそ、公務にかまけてテトラ嬢と疎遠になるなよ。奥手のお前がやっと両想いになったんだ。みんなヤキモキしてたぞ」
「ぼぼぼ僕のことはいいいいんです!!」
ぼぼっと顔を赤らめたアルフォンス殿下がどもりまくる。字数が多い。ついでにテトラちゃんも真っ赤だ。いったいどういう経緯でお付き合いを?
アウル様がニヤニヤと悪そうな笑みを浮かべる。これは意地悪ではなく弟いじり。アウル様の可愛がりだ。
お茶会は和やかに進み話は私の妃教育になった。テトラちゃんが嬉しそうに微笑む。
「私も来月離宮に移ります。妃教育ではノワゼット様とご一緒させていただくこともあるかと存じます。よろしくお願い致します」
「私もご一緒いただけるのが楽しみです。一人では寂しいのでテトラ様がいらしてくだされば心強くなります」
そしてモチベーションがガンガン上がる!テトラちゃん会いたさに成績も上がるかも!
その心情を読んでかアウル様の声が冷たい。
「最近マンネリのせいか成績が伸び悩んでいるからな。いい刺激だろう」
「そんなことはありません。アウル様がなにかと授業を中断なさるので遅れているだけです」
憮然と言い返してやった。
この王太子は自分の公務が終わると授業に乱入して私を小脇に抱えて掻っ攫っていくのだ。その度に遠くで先生方のぼやきが聞こえてくる。
教育スケジュールがぎゅうぎゅうで、一緒の城で暮らしているのに会える時間は以前に比べたら減ってしまった。だからまあ内心攫われて嬉しいのだが。
でも!だがしかし!程度というものがある!
何もしなくていいと言われても王太子妃だよ?ハイソウデスカって何もしないはいくらなんでもダメでしょ?そのための勉強だから頑張ってるのに!
少しでもアウル様のお役に立ちたいと思うのはいけないの?
そんな私にアウル様は挑発的な発言だ。
何故に不機嫌?
「お前がつまんなそうにしてるから連れ出してやろうと思っただけだ。俺は優しい婚約者だろ?」
「優しい方はあんな追いかけっこをなさりませんが?」
「それはお前が逃げるからだろ?俺のウサギは随分と恥ずかしがり屋だからな」
「ホホホ、私が悪いのでしょうか?」
こちとら真面目に勉強してるのにつまらなそう?真剣と言って欲しい!それを不謹慎にもイチャコラ耳攻めしたいだけで掻っ攫いおって!逃げるのは当たり前だ!このエロフェチ王太子が!!
「大体座学なんぞいらんだろ?俺の予定を見ればどこが空くかわかるだろうに。大人しく俺の部屋で待っていれば攫ったりしないさ」
「申し訳ございません。生憎そのような愛嬌は私にはございません」
ハイハイすみませんね。ハイスペック王太子と違って座学が要らないわけではないんだ!
大体食われるとわかっててエロ王太子の部屋に誰が行くと?予定が空くとわかってれば全力で避けますって!
笑顔に青筋を立てながら手に中のケーキナイフをシュッと投げる。それをアウル様が二本指でこともなげに受け止めた。アウル様が嫣然と目を細める。
「おいおい、物騒だな。和やかな茶会で俺のウサギはずいぶんと気が短い」
「いやですわ、仕掛けていらしたのはアウル様ですのに。私のせいですの?」
笑顔の私とアウル様の空気が一気に剣呑になる。その様子を理解したように笑顔のアルフォンス殿下がテトラちゃんに手を差し出した。
「テトラ、こちらに」
「はい、アルフォンス様」
二人がにこやかに席を立ち、アルフォンス殿下の専属騎士と専属侍女がテーブルと椅子を粛々と運んでいく。テーブルは元々二つだったようだ。
私たちのテーブルから離れたところで二人は席についた。
全てを心得たようにトリスが背後から、山盛りのカトラリー入りのバスケットをテーブルに置いた。阿吽の呼吸でトリスが引いてくれる椅子に合わせて静かに立ち上がる。そして両手にナイフを取って勇ましく構えて見せた。
同じくアウル様も法悦の笑みで目を細めて立ち上がった。
「今日という今日は絶対に当てて見せます」
「いいだろう。喜べ。今日はレベルを上げて避けはなしだ。お前の愛を全部受け止めてやる。さぁ!全力でこい!」
「私の愛なぞございません!!!」
そうして私は雨のようにカトラリー群を投げつける。ファシアで本格的に投擲の訓練を受け出してから技のキレも狙いも以前に比べて段違いだ。しかしアウル様は余裕の表情でそれらを受け止めテーブルにカトラリーの山を作っていく。
その様子をアルフォンス殿下とテトラちゃんが目を輝かせて見ていた。
「ノワゼット様、すごい!カッコいいです!」
「兄さんのキレも素晴らしいな。僕ももっと努力しないと」
「私もがんばります!」
「テトラは今の可愛いままでいいよ。でもがんばりたいなら僕が教えてあげるね」
「あ、ありがとうございます。う、嬉しいです」
‥‥。なんか二人ともいい感じで羨ましい。どうしたらああなれるん?しかし側近たちが遠慮なくツっこんでいる。
「いやぁ、あれを見習うにはちょっとどうかと」
「そうですね。お二人はお二人のままでよろしいかと存じます」
全否定されたよ。ひどくない?
アウル様は公言通り避けずに私の攻撃を全部受け止めている。ちっとも当たる気配がしない。全て見切られているのだ。こちらはあっという間に弾切れになった。
「トリス!弾切れ!もっと出して!」
「リーネントではございませんので自主規制です」
「はぁ?何言ってんの?!全然少ないって!包丁は?」
弾切れと見てか、アウル様がゆらりとテーブルの山からケーキナイフを構えた。
「よし、次は俺のターンだ。投げ返してやるから全部受け止めろ。俺の愛だ。嬉しいだろう?取りこぼすなよ?」
「愛は結構ですが弾なら大歓迎です!!」
おお!これなら弾切れ知らず?ナイスアイディア!!
アウル様の投げるナイフを全部受け止める。手加減されてるんだろうが、結構早い。それを本能とカン、動体視力で見極めて対応する。
「ハハッ俺のウサギは才能あるな!素晴らしく楽しいぞ!」
「そのうちその余裕をなくしてやります!!」
だが威勢とは裏腹にこちらの息が上がってしまった。引きこもっていたから私は体力がないのだ。
悔しい!今後の課題はスタミナ強化だ!
それを見透かしたようにアウル様からアドバイスが降ってくる。
「体力強化なら走り込みだな。庭にトレイルランコースがある。明日の朝に案内しよう」
「ああ、朝なら僕もいますので是非」
「俺もいくんだが。ウサギを野に放したら帰ってこないからな」
明るいアルフォンス王子殿下の声に渋い顔のアウル様が答えている。
私はそんな方向音痴に思われてるのか?
実際ファシア王宮では迷いまくりなのだが。
疲れ果てた私ははぁとため息をついた。
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