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その1
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ファーストキスはレモンの味なんて言うけれど、僕のファーストキスはメンチカツの味だった──
1.
戸田晴人、高校二年生、文芸部。
進学クラスで成績は中の上。身長は平均並み、体重は平均より少し軽いくらい。不細工ではないと思うけれど、決してイケメンじゃない。
黒髪。普段は眼鏡。恐らくクラスカーストでは下位に位置する、隠キャ。
そんな何処にでも居る平々凡々な男子高校生が、僕。
僕が所属する文芸部では、年に三回部誌を発行する。
六月、九月、二月。
現在は六月に発行する部誌に載せる原稿を作成中。大体原稿用紙五枚~十枚程度の小説だったりエッセイだったり詩歌だったり、ジャンルもテーマも特に無い。
僕はこの自由度の高さが好きだ。
今日も放課後は部活動。図書室にて各々執筆を進める。
現在、文芸部員は十名。内、男子は僕含めて二名。
実は最近息苦しい。女子達は新入生とも完全に打ち解けて、推しの話題に花を咲かせているが、その内容が徐々に過激になり始めて、聞くに絶えない時がある。
今日も今日とて彼女達は推し談義をしている。
居心地の悪さを感じ始めた時、図書室に入った部長が僕達に呼びかける。
「ごめぇん、国語準備室にある資料集をここに戻してほしいんだけど、誰か頼める?」
ちらりちらりと僕ともう一人の男子を見やる。
自分はやりたくないけど、他の女子に手伝わせるのも男子を指名するのも角が立つから察してくれ……という感じかな。
僕一人、これ幸いと申し出て、国語準備室へ向かう。
普段授業をする教室がある棟と職員室や各教科の準備室がある棟は、中庭を隔てて分かれている。
図書室も教室と同じ棟の一階。準備室は別棟の二階。
行きは二階の渡り廊下を通ったけれど、急ぐ必要もないし、居心地の悪い空間に戻りたくなくて、わざと遠回りして戻る事にした。
中庭に出て校庭の方——図書室とは逆方向に歩く。
聞こえて来るのは運動部の掛け声やホイッスルの音。
(あぁ、男女が分かれて活動できて良いな)
なんてちょっと不謹慎な事を考えてしまった。
運動部のプレハブ造りの部室棟がある校舎裏と体育館の間に差し掛かった時だった。
初夏の少し湿気を含んだ風が、ぶわっと吹いた。
僕は軽く目を押さえる。
「痛え……」
舞い上がった砂埃が目に入ったようだ。
コンタクトレンズの日に限ってこんな事が起こる。
僕は、体育のある日にはコンタクトレンズをつける事にしている。
中学生の時、体育の授業でバレーボールがあったが、受け損ねたボールが顔面を掠め、眼鏡を吹っ飛ばし、レンズがフレームから外れてしまってからずっとそうしてる。
さて、僕は目を擦りたいのだが、コンタクトレンズをつけている為に叶わない。
痛いし目も開けられないし、勝手に涙は溢れ出る。
本をアスファルトや土の上に置きたくないから、片膝立ちの状態になって、立てた方の太腿の上に置いて、左腕で落ちないように固定した。
きっと僕は今、不審な男子生徒なんだろうな……。
「大丈夫っすか」
背後から溌剌とした声で話しかけられた。
声の主が近付く気配。
「すみません、砂埃が目に入って、取れなくて」
姿の分からん声の主が、僕の目の前に来てしゃがみ込んだようだ。
誰なんだろう。何かちょっと息が荒くて怖いな。
なんて思っていると、何やってんだ、と大きな声が聞こえた。
「サーセン! 怪我人介抱中っす!」
声の主も大きな声で応えた。
そして、数人の足音が徐々に近づいて来る。
何だか大事になってきてないか?
声の主が再び僕の前にしゃがみ込んだなと思うと、右手が僕の左頬に触れた。
「今日はコンタクトなんすね」
「えっ」
今、声の主は今日はと言わなかったか……
薄目を開けて姿を見ようとするも、溜まった涙で視界が滲んでよく見えない。薄らと見えて分かったのは、野球部のユニホームを着ている事だけ。
集まった三人の男子が、僕の様子を伺う。
どうやら彼らは野球部員で、ランニングの途中らしい。どうりで息が荒い訳だ。
「佐々木、本持って」
三人の内の一人が、僕の前にしゃがんでいる男子に言った。
その佐々木君とやらが、僕の太腿に乗せている本を両手に持った。
両手を使えるようになった僕は、ポケットからティッシュを取り出して涙を拭いて、そっと砂埃を取り除く。
痛みも違和感も徐々に無くなって、明瞭になる視界には心配そうに覗き込む声の主こと、佐々木君。
日に焼けた肌にキリッとした眉毛とクリッとした目が印象的だ。
「もう大丈夫そうっすね」
「あぁ、ありがとう。本も……」
佐々木君から本を受け取ると、彼はニコッと笑った。
人懐っこい笑顔だ。
僕は彼らに改めて礼を伝えて、図書室へと戻った。
「何してたの、遅いよ」
「あぁ、ごめんなさい。散歩がてらネタを考えてました」
「もう、こんなかかるんだったら、別の子にも行ってもらえば良かったよぉ」
「ははっ……」
じゃぁ、初めっから仲良しの女子を誘って自分で行けば良かったのに。と心の中で毒付いて、情けない苦笑いで誤魔化した。
もう一人の男子部員は、女子部員の事などお構いなし。自分の世界に没入している。
羨ましさと言語化できない小さなモヤモヤを溜め息として吐き出す。
ネタ帳にしているA5サイズのノートを開く。
けれど、開けられた窓から聞こえて来る金属バットでボールを打つ音や元気な声が風に運ばれて聞こえる度に、佐々木君の発言やあの笑顔を思い出して集中できなかった。
何なんだ、一体……。
ファーストキスはレモンの味なんて言うけれど、僕のファーストキスはメンチカツの味だった──
1.
戸田晴人、高校二年生、文芸部。
進学クラスで成績は中の上。身長は平均並み、体重は平均より少し軽いくらい。不細工ではないと思うけれど、決してイケメンじゃない。
黒髪。普段は眼鏡。恐らくクラスカーストでは下位に位置する、隠キャ。
そんな何処にでも居る平々凡々な男子高校生が、僕。
僕が所属する文芸部では、年に三回部誌を発行する。
六月、九月、二月。
現在は六月に発行する部誌に載せる原稿を作成中。大体原稿用紙五枚~十枚程度の小説だったりエッセイだったり詩歌だったり、ジャンルもテーマも特に無い。
僕はこの自由度の高さが好きだ。
今日も放課後は部活動。図書室にて各々執筆を進める。
現在、文芸部員は十名。内、男子は僕含めて二名。
実は最近息苦しい。女子達は新入生とも完全に打ち解けて、推しの話題に花を咲かせているが、その内容が徐々に過激になり始めて、聞くに絶えない時がある。
今日も今日とて彼女達は推し談義をしている。
居心地の悪さを感じ始めた時、図書室に入った部長が僕達に呼びかける。
「ごめぇん、国語準備室にある資料集をここに戻してほしいんだけど、誰か頼める?」
ちらりちらりと僕ともう一人の男子を見やる。
自分はやりたくないけど、他の女子に手伝わせるのも男子を指名するのも角が立つから察してくれ……という感じかな。
僕一人、これ幸いと申し出て、国語準備室へ向かう。
普段授業をする教室がある棟と職員室や各教科の準備室がある棟は、中庭を隔てて分かれている。
図書室も教室と同じ棟の一階。準備室は別棟の二階。
行きは二階の渡り廊下を通ったけれど、急ぐ必要もないし、居心地の悪い空間に戻りたくなくて、わざと遠回りして戻る事にした。
中庭に出て校庭の方——図書室とは逆方向に歩く。
聞こえて来るのは運動部の掛け声やホイッスルの音。
(あぁ、男女が分かれて活動できて良いな)
なんてちょっと不謹慎な事を考えてしまった。
運動部のプレハブ造りの部室棟がある校舎裏と体育館の間に差し掛かった時だった。
初夏の少し湿気を含んだ風が、ぶわっと吹いた。
僕は軽く目を押さえる。
「痛え……」
舞い上がった砂埃が目に入ったようだ。
コンタクトレンズの日に限ってこんな事が起こる。
僕は、体育のある日にはコンタクトレンズをつける事にしている。
中学生の時、体育の授業でバレーボールがあったが、受け損ねたボールが顔面を掠め、眼鏡を吹っ飛ばし、レンズがフレームから外れてしまってからずっとそうしてる。
さて、僕は目を擦りたいのだが、コンタクトレンズをつけている為に叶わない。
痛いし目も開けられないし、勝手に涙は溢れ出る。
本をアスファルトや土の上に置きたくないから、片膝立ちの状態になって、立てた方の太腿の上に置いて、左腕で落ちないように固定した。
きっと僕は今、不審な男子生徒なんだろうな……。
「大丈夫っすか」
背後から溌剌とした声で話しかけられた。
声の主が近付く気配。
「すみません、砂埃が目に入って、取れなくて」
姿の分からん声の主が、僕の目の前に来てしゃがみ込んだようだ。
誰なんだろう。何かちょっと息が荒くて怖いな。
なんて思っていると、何やってんだ、と大きな声が聞こえた。
「サーセン! 怪我人介抱中っす!」
声の主も大きな声で応えた。
そして、数人の足音が徐々に近づいて来る。
何だか大事になってきてないか?
声の主が再び僕の前にしゃがみ込んだなと思うと、右手が僕の左頬に触れた。
「今日はコンタクトなんすね」
「えっ」
今、声の主は今日はと言わなかったか……
薄目を開けて姿を見ようとするも、溜まった涙で視界が滲んでよく見えない。薄らと見えて分かったのは、野球部のユニホームを着ている事だけ。
集まった三人の男子が、僕の様子を伺う。
どうやら彼らは野球部員で、ランニングの途中らしい。どうりで息が荒い訳だ。
「佐々木、本持って」
三人の内の一人が、僕の前にしゃがんでいる男子に言った。
その佐々木君とやらが、僕の太腿に乗せている本を両手に持った。
両手を使えるようになった僕は、ポケットからティッシュを取り出して涙を拭いて、そっと砂埃を取り除く。
痛みも違和感も徐々に無くなって、明瞭になる視界には心配そうに覗き込む声の主こと、佐々木君。
日に焼けた肌にキリッとした眉毛とクリッとした目が印象的だ。
「もう大丈夫そうっすね」
「あぁ、ありがとう。本も……」
佐々木君から本を受け取ると、彼はニコッと笑った。
人懐っこい笑顔だ。
僕は彼らに改めて礼を伝えて、図書室へと戻った。
「何してたの、遅いよ」
「あぁ、ごめんなさい。散歩がてらネタを考えてました」
「もう、こんなかかるんだったら、別の子にも行ってもらえば良かったよぉ」
「ははっ……」
じゃぁ、初めっから仲良しの女子を誘って自分で行けば良かったのに。と心の中で毒付いて、情けない苦笑いで誤魔化した。
もう一人の男子部員は、女子部員の事などお構いなし。自分の世界に没入している。
羨ましさと言語化できない小さなモヤモヤを溜め息として吐き出す。
ネタ帳にしているA5サイズのノートを開く。
けれど、開けられた窓から聞こえて来る金属バットでボールを打つ音や元気な声が風に運ばれて聞こえる度に、佐々木君の発言やあの笑顔を思い出して集中できなかった。
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