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その2
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2.
佐々木悠斗、高校一年生、野球部。
小学生の時から野球部に所属、中学生からはエースとして活躍。スポーツ推薦で高校進学。当校野球部の期待の星。
身長は一七〇センチ半ば。ちょい筋肉質。多分、イケメン。
爽やかな外見と人懐っこい笑顔と明るい性格で、先輩に可愛がられるタイプ。女子にもモテてる。
そんな僕とは対極に居るような陽キャが、何故か僕に手を振っている。
部活に行くのが億劫になって、教室のベランダで風に吹かれながらぼーっと裏庭を眺めていた僕と、野球部のランニング中の佐々木君と目が合った。
するとその場で駆け足をしつつ、例の人懐っこい笑顔でブンブンと手を振って来たのだ。
あぁ、これ、振り返さないと終わらないやつだな。
明るく振る舞えない僕は、貴人よろしく胸元で控えめに手を振った。
それでも佐々木君は更に笑顔になって、跳ねながらもっと大きく手を振った。
上の階から女子のカワイイとかクスクスと笑うはしゃぎ声が聞こえて来る。きっと彼女達も佐々木君に対して手を振っているんだろう。
後ろから走って来た先輩部員に叱られて、大きな声で謝りながら走り去っていった。
女子達のはしゃぎ声も気配も消える。
(大型犬みたいだな)
子供の頃、近所の家で飼われていた大きな犬を思い出した。僕がその家の前を通ると、鎖の届くギリギリまで出て来て、ブンブンと尻尾を振っていたなぁ、と。
そんな大型犬な佐々木君だけど、この時だけじゃなくて事ある毎に手を振ったり挨拶をしてくる。
何故、こんなに懐かれているのだろう。
僕は、数日前の彼の言葉を思い返した。
「今日はコンタクトなんすね」
こんな言葉、普段は眼鏡を使っている事を知っていないと出てこないだろ?
何故、認知されているのだろう。
僕の思い出の中には、あんな陽キャは存在しないのだが——
部活の終わり、課題のプリントを忘れている事に気付いて教室まで取りに行った所為で、いつも乗っている時間の電車を逃してしまった。
ホームのベンチで、十五分後の電車を待つ。
ここ数日の僕の創作活動は不調だ。
図書室で居ると聞きたくなくても女子達の過激な推し談義が耳に入って来るし、別の場所で書こうとしても佐々木君の言動が思い出されて、全く集中できない。
ネタ帳に向かえば向かう程、文章が、単語が、迷子になっていく感じ。
夕焼け空に特大の溜め息を吐いた時、
「戸田先輩!」
元気な声に呼ばれて顔を向けると、笑顔で手を振る佐々木君。その後方には、同じ野球部員だろう生徒が五人程。
あぁ、僕の悩みの種が楽しそうに近付いて来るぞ……。
佐々木君は、ユニホームではなく半袖Yシャツとスラックスの制服姿に、野球部お揃いのデッカいショルダーバッグを下げている。他の部員達もほぼ同じ格好だ。
部活後にわざわざ着替えているのだろうか。
「奇遇っすね」
「そう、ですね。佐々木君は、いつもこの時間の電車なんですか」
「俺はいつもはチャリで……まさか先輩と帰れるなんて超ラッキーっす!」
佐々木君の家は学校から一駅の町らしい。
電車賃の節約と運動を兼ねて自転車通学をしているけど、今朝、途中でタイヤがパンクしてしまった。流石にランニングで帰るには遠いから、電車で帰る事にしたのだという。
因みに、僕の家は二駅の所。
佐々木君は上機嫌でベンチに座った。足元にはデカいショルダーバッグ。
この中に教科書も筆記具も、ユニホームや野球の道具がパンパンに詰め込まれてるんだろうな。
「みんないつもユニホームから着替えて帰ってるんですか?」
「そうっすね。汚れたままのユニで電車に乗ったり町を移動しちゃダメっすから」
「へぇ、成る程……そうなんですね」
よくよく考えなくても当たり前の事だけど、感心してしまった。だってヘトヘトになった後に体の汚れを取って着替えるなんて、面倒臭いじゃん。
自分は着替えもなく汚れを気にしなくていい文化部で良かった、と思ってしまった。
「あの、先輩……」
佐々木君が、少し困ったような表情で見つめて来る。
それに、何だかじわじわと距離が詰まっているような気がする。
「は、はい?」
「その……敬語使うの止めてくれませんか? 落ち着かないっす!」
「いや、だって」
確かに学年は一つ上だけれど、野球部の先輩でもないし友達でもない……ほんの数日前にたまたま知り合ったばかりなんだぞ。
「ずっと運動部に居たから、年上に敬語使われるのは慣れないというか……それに、俺、先輩ともっと仲良くなりたいっす」
喉元まで出かけた僕の反論は、佐々木君の陽キャの圧と期待に満ちた眼差しに押し戻されてしまった。
沈みかけた夕日が反射して、彼の瞳が赤くキラキラと光って見えた。
「わ、分かった……」
「よっしゃー!」
先輩の野球部員にうるせえぞと叱られ小突かれても、佐々木君はニコニコとご機嫌だった。
あぁ、見える。ブンブンと振られる大きな尻尾が。
僕はこの流れから抜け出せず、上機嫌な佐々木君と疲れて大欠伸を連発する野球部員に挟まれて帰る事になってしまったのだった。
佐々木悠斗、高校一年生、野球部。
小学生の時から野球部に所属、中学生からはエースとして活躍。スポーツ推薦で高校進学。当校野球部の期待の星。
身長は一七〇センチ半ば。ちょい筋肉質。多分、イケメン。
爽やかな外見と人懐っこい笑顔と明るい性格で、先輩に可愛がられるタイプ。女子にもモテてる。
そんな僕とは対極に居るような陽キャが、何故か僕に手を振っている。
部活に行くのが億劫になって、教室のベランダで風に吹かれながらぼーっと裏庭を眺めていた僕と、野球部のランニング中の佐々木君と目が合った。
するとその場で駆け足をしつつ、例の人懐っこい笑顔でブンブンと手を振って来たのだ。
あぁ、これ、振り返さないと終わらないやつだな。
明るく振る舞えない僕は、貴人よろしく胸元で控えめに手を振った。
それでも佐々木君は更に笑顔になって、跳ねながらもっと大きく手を振った。
上の階から女子のカワイイとかクスクスと笑うはしゃぎ声が聞こえて来る。きっと彼女達も佐々木君に対して手を振っているんだろう。
後ろから走って来た先輩部員に叱られて、大きな声で謝りながら走り去っていった。
女子達のはしゃぎ声も気配も消える。
(大型犬みたいだな)
子供の頃、近所の家で飼われていた大きな犬を思い出した。僕がその家の前を通ると、鎖の届くギリギリまで出て来て、ブンブンと尻尾を振っていたなぁ、と。
そんな大型犬な佐々木君だけど、この時だけじゃなくて事ある毎に手を振ったり挨拶をしてくる。
何故、こんなに懐かれているのだろう。
僕は、数日前の彼の言葉を思い返した。
「今日はコンタクトなんすね」
こんな言葉、普段は眼鏡を使っている事を知っていないと出てこないだろ?
何故、認知されているのだろう。
僕の思い出の中には、あんな陽キャは存在しないのだが——
部活の終わり、課題のプリントを忘れている事に気付いて教室まで取りに行った所為で、いつも乗っている時間の電車を逃してしまった。
ホームのベンチで、十五分後の電車を待つ。
ここ数日の僕の創作活動は不調だ。
図書室で居ると聞きたくなくても女子達の過激な推し談義が耳に入って来るし、別の場所で書こうとしても佐々木君の言動が思い出されて、全く集中できない。
ネタ帳に向かえば向かう程、文章が、単語が、迷子になっていく感じ。
夕焼け空に特大の溜め息を吐いた時、
「戸田先輩!」
元気な声に呼ばれて顔を向けると、笑顔で手を振る佐々木君。その後方には、同じ野球部員だろう生徒が五人程。
あぁ、僕の悩みの種が楽しそうに近付いて来るぞ……。
佐々木君は、ユニホームではなく半袖Yシャツとスラックスの制服姿に、野球部お揃いのデッカいショルダーバッグを下げている。他の部員達もほぼ同じ格好だ。
部活後にわざわざ着替えているのだろうか。
「奇遇っすね」
「そう、ですね。佐々木君は、いつもこの時間の電車なんですか」
「俺はいつもはチャリで……まさか先輩と帰れるなんて超ラッキーっす!」
佐々木君の家は学校から一駅の町らしい。
電車賃の節約と運動を兼ねて自転車通学をしているけど、今朝、途中でタイヤがパンクしてしまった。流石にランニングで帰るには遠いから、電車で帰る事にしたのだという。
因みに、僕の家は二駅の所。
佐々木君は上機嫌でベンチに座った。足元にはデカいショルダーバッグ。
この中に教科書も筆記具も、ユニホームや野球の道具がパンパンに詰め込まれてるんだろうな。
「みんないつもユニホームから着替えて帰ってるんですか?」
「そうっすね。汚れたままのユニで電車に乗ったり町を移動しちゃダメっすから」
「へぇ、成る程……そうなんですね」
よくよく考えなくても当たり前の事だけど、感心してしまった。だってヘトヘトになった後に体の汚れを取って着替えるなんて、面倒臭いじゃん。
自分は着替えもなく汚れを気にしなくていい文化部で良かった、と思ってしまった。
「あの、先輩……」
佐々木君が、少し困ったような表情で見つめて来る。
それに、何だかじわじわと距離が詰まっているような気がする。
「は、はい?」
「その……敬語使うの止めてくれませんか? 落ち着かないっす!」
「いや、だって」
確かに学年は一つ上だけれど、野球部の先輩でもないし友達でもない……ほんの数日前にたまたま知り合ったばかりなんだぞ。
「ずっと運動部に居たから、年上に敬語使われるのは慣れないというか……それに、俺、先輩ともっと仲良くなりたいっす」
喉元まで出かけた僕の反論は、佐々木君の陽キャの圧と期待に満ちた眼差しに押し戻されてしまった。
沈みかけた夕日が反射して、彼の瞳が赤くキラキラと光って見えた。
「わ、分かった……」
「よっしゃー!」
先輩の野球部員にうるせえぞと叱られ小突かれても、佐々木君はニコニコとご機嫌だった。
あぁ、見える。ブンブンと振られる大きな尻尾が。
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