あれもこれも、夏のせい

まこさん

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その3

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3.
 一学期の中間考査が終わった、数日後。
 放課後、図書室に入った僕は、入口の方に顔を向けて机で突っ伏している佐々木君と目が合った。
 何故、佐々木君がここに居るのか疑問はあったけれど、何やら様子がおかしい。
 僕と目が合ってガバッと顔を上げたが、いつものあの笑顔がない。しおらしいというか、元気がない。
 体調が悪いのかな、と思っていると、
「先輩、助けてくださいっ」
 今にも泣きそうな顔で、佐々木君が縋り付いてきた。
 図書室内の視線が集まっている。
「え、何……離してほしい」
「マジで、ヤバイんす。お願いしますっ」
「よく分からんけど、分かったから」
 やっと解放された僕は、文芸部員の女子達の視線を感じながら、佐々木君の隣に座った。
 しおらしいままの佐々木君が、話す。
 彼曰く、中間考査の結果が酷かった。今日はこれから追試を受ける。このまま期末考査の成績も悪いようだと、スタメンに選ばれないどころか、部活自体参加させてもらえないかもしれない、との事だった。
「だから、先輩、俺に勉強を教えてください!」
 佐々木君が、僕の右手を両手で握って、上目遣いで懇願する。
 面と向かってこんな態度を取られると、弱い。
 断るのに最適な文言が見つからない。
 分かったと承諾すると、更にギュッと手を握り締めて、ニッコリ笑った。
「あざっす!」
 一際大きな声を出すもんだから、また視線を集めてしまった。
 佐々木君はズボンのポケットからスマホを取り出して、素早く操作をした後、画面を見せてきた。
 その画面には二次元コード。
「勉強の日とか、これでやり取りしましょう」
 チャットアプリの連絡先を交換した。
 両親と弟、文芸部の部長と中学時代の友人二人だった連絡先一覧に、佐々木君の名前が加わった。
 満足げな佐々木君は、追試を受ける為に駆け足で去っていった。
 僕は部活中ずっと女子の視線とヒソヒソ話しに晒される羽目になった。

 晩ご飯を食べていると、食卓の隅に置いてあるスマホが短く震えた。
 二回、三回。
 何となく相手は分かっていたけれど、ちらりと画面を覗いてみる。
「こら、食事中に行儀悪い」
 母さんが白米を口に運びながら、言った。
 僕は、小さく一言ごめんと呟いて、スマホを伏せる。
 最近の食卓で上がる話題は、専ら弟の成績の話。
 二歳下の弟は中学三年生。つまり、今年受験生なのだ。
 弟は優秀。県内で一番偏差値の高い進学校を志望している。本当は中学受験も考えてたらしいけれど、通学距離が長く寮生活の可能性に母さんが不安を感じて、止めたらしい。
 実は、僕も初めは弟と同じ高校を志望していた。けど、確実に合格できるように志望校のランクを下げた。
 別に偏差値の高い学校に行って何かしたいとか、志があった訳じゃない。その先、名門大学や有名企業に行ける保証もある訳じゃない。ならば、もっと羽を伸ばせる所に進みたい。
 親、特に母さんの期待に耐えられなくなったのも、事実。
 僕は、逃げたんだ。
 僕が裏切った分、弟への期待は膨らむ。先日あったクラス担任との三者面談でも、このままなら目を瞑っていても受かるよ、と言われたと母さんが笑って話していた。
 弟は、優秀。
 僕はそんな弟を見ていると、時々何とも言えない気持ちになる。これは、この後ろめたさは、罪悪感かもしれない。
 食事の後は、風呂の順番が回って来るまで自室に籠る。
 スマホを取り出してチャットアプリを立ち上げると、佐々木君からメッセージが来ていた。
「先輩、お疲れ様です!」
「部活は日曜が休みです!」
「勉強、何時からでもOKです!」
 一行の短いメッセージが三通、届いていた。
(文字でも元気だなぁ)
 つい、ははっ、と笑ってしまった。
 佐々木君そのままの文面に、何だかホッとしてしまったのだ。
 集合場所と時間を決めるやり取りを何往復かしたけど、佐々木君は返信が早い。僕の三倍は早いんじゃないか。
 反射神経が良いのか、頭の回転が早いのか?いや、陽キャと陰キャの差だな。
 部屋のドアがノックされて、風呂出たよと弟が言う。
「おやすみ」
 とメッセージを送って、スマホを充電器に挿す。
 僕は今週末日曜日、佐々木君に勉強を教える。
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