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その4
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4.
日曜日、午前十時。
僕の住む町の駅から一番近いファミレス。
向かいの道路で信号待ちをしていると、鞄の中からスマホの通知音が聞こえた。
佐々木君かな、と思うと同時に、ファミレスの駐輪場からこちらに向かって大きく手を振る彼が見えた。
僕の斜め後ろで信号待ちしていた女性二人が、超元気な子居るよ、とか言ってクスリと笑い合っている。
申し訳ないが、恥ずかしくて手を振り返せなかった。
駐輪場で佐々木君と合流した僕は、いつも以上の笑顔と元気を浴びた。
「おはようございます!」
ユニホームでも制服でも体操着でもない、私服姿の佐々木君。
白いTシャツにデニム、ワンポイントが入った黒のキャップ。とてもシンプルなコーデなのに、様になっている。
あぁ、眩しいなぁ。
僕も服装のジャンル的にはほぼ同じだけど、体格や顔の作りと性格から滲み出る雰囲気が違えばここまで別物になっちゃうんだなぁ。
「先輩の私服見るの、新鮮っすね」
「それはこっちのセリフです」
「あっ、敬語禁止っすー」
佐々木君のニコニコを浴びながら、まだ客数の少ない店内に入った。
先程とは打って変わって萎れている佐々木君を前に、僕は愕然としていた。
苦手分野と実力を把握する為に、中間考査の答案用紙を持って来てくれるよう、お願いしていたのだが——
僕の目の前に広げられた答案用紙の点数の殆どが、赤点スレスレだったのだ。
「酷すぎる……」
「面目ない」
あぁ、また見える。完璧に垂れてしまっている耳と尻尾が。
僕より大きいはずの佐々木君が、何だか小さく見えるぞ……。
佐々木君の言い分は、こうだった。
「俺、ずっと野球ばっかりやってきて、高校も推薦入学だったし。でも、中学までは何とか付いて行けてたんすよ? それが急に何段階か難しくなったっつーか……」
いくらスポーツ推薦で入学したといえど、学生の本分は学業。成績不振のままでは進級にも響くし、部活動はさせられなくなる。
野球部にとっては、これからが甲子園を目指し、レギュラー争いが始まるとか何とか。
「ベンチ入りはしたいんすよ」
「気持ちは分かるけど、厳しくない? 現国なんて赤点なんだけど」
「そこんとこどうかお願いします、先輩っ」
涙目の佐々木君が、テーブルに額がぶつかる程僕に頭を下げて、手を合わせる。
近いテーブルに座る客数人が、チラチラとこちらを覗っている。
これじゃぁ僕が意地悪してるみたいじゃないか……。
改めて答案用紙を見てみると、理系分野より文系分野の方が点数が低い。理系分野も、計算して解を求める問題の正解率が高かった。
「野球のサインは覚えられるのに」
佐々木君がうっと呻いて頭を垂れた。
一番の問題の現国の答案用紙を見ると、登場人物や作者の言動や思考を文章中から導く問題が全問不正解だった。いや、正確には一問だけ△だったけども。
佐々木君には先ず一番に現国の文章問題の解き方を理解し、次に文系分野を中心に暗記の苦手意識を克服してもらう事に決めた。
ルーズリーフに以上を期末考査までの目標として書き出し、渡す。
体育会系だからなのか性格なのか、明確な目標を決めた方が燃えるようだった。
あのニコニコ笑顔が戻った佐々木君が、二人分のグラスを持ってドリンクのおかわりを取りに席を立った。
入店から一時間半程経って、店内が混み始めた。
勉強場所を図書館等ではなくファミレスに決めたのは、程良い喧騒があった方が良いかな、と思ったからだ。
主に、僕が。気不味くならない為に。
しかし、日曜日昼前のファミレスは、勉強に適した環境とはあまりにも言い難く——
「場所、変えようか」
ファミレスを出た僕たちだけど、さて、どうしよう。
今から図書館に行っても、きっと自習室は満席だろう。
他に落ち着いて勉強できる場所を考えた。
「僕の家、ここから十分くらいなんだけど……来る?」
隣の佐々木君を見上げると、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。
一変、期待と喜びをストレートに口にして、ニコッと笑った。
まるで散歩のリードやおやつを前にした犬のようだなぁ、と思った事は内緒。
僕の家に着くと、佐々木君は母さんに元気に挨拶をした。母さんは面食らっていた。
佐々木君を自室に通して、僕は直ぐに麦茶を取りにリビングへ降りる。何か言いたそうな母さんの視線を背中に感じて、そそくさと戻る。
自室では、佐々木君が物珍しそうに本棚を眺めていた。
「難しそうな本ばっかっすねぇ」
「殆ど小説だよ」
「はえー、辞書みたいっすね」
厚紙の箱に入った『現代文学全集シリーズ』の背表紙の幅をそれぞれ指で測って、呟いている。
面白い。
家族も友人も文化部で、読書の習慣がある人ばかりだから、佐々木君の反応が一々新鮮で、見ていて飽きない。
そんな佐々木君に文章問題の解き方のコツをレクチャーして、今日の勉強会は一先ず終了。
「佐々木君は、もっと長文を読むのに慣れた方が良いかもね。短編の小説とか読んでみると良いんじゃない」
「た、例えば?」
「うーん、これなんかどうかな」
僕は佐々木君に名作『走れメロス』の文庫本を手渡す。これは太宰治の短編作品が五篇収められている。教科書にも採用されている作家と物語なら、普段小説を読まない彼でも取っ付きやすいのではないか、と思ったからだ。
文庫本の表紙を繁々と眺めていた佐々木君の瞳が、僕を見つめる。
「先輩に頼んで良かったっす」
その、屈託のない、真っ直ぐな瞳に吸い込まれそうな気がして、すぐに言葉が出て来ない。
「それは……結果を出してから言おう、か」
「確かにっ」
大袈裟に頭を抱える仕草をした佐々木君に、思わず吹き出してしまった。
本当に、面白い。
そんな佐々木君はまた母さんに元気に挨拶をして、帰って行った。
僕は部誌に載せる原稿を書き進めようとしたけれど、吹き出した僕に釣られてあはっと笑った佐々木君の笑顔がチラついて、集中出来なかった。
日曜日、午前十時。
僕の住む町の駅から一番近いファミレス。
向かいの道路で信号待ちをしていると、鞄の中からスマホの通知音が聞こえた。
佐々木君かな、と思うと同時に、ファミレスの駐輪場からこちらに向かって大きく手を振る彼が見えた。
僕の斜め後ろで信号待ちしていた女性二人が、超元気な子居るよ、とか言ってクスリと笑い合っている。
申し訳ないが、恥ずかしくて手を振り返せなかった。
駐輪場で佐々木君と合流した僕は、いつも以上の笑顔と元気を浴びた。
「おはようございます!」
ユニホームでも制服でも体操着でもない、私服姿の佐々木君。
白いTシャツにデニム、ワンポイントが入った黒のキャップ。とてもシンプルなコーデなのに、様になっている。
あぁ、眩しいなぁ。
僕も服装のジャンル的にはほぼ同じだけど、体格や顔の作りと性格から滲み出る雰囲気が違えばここまで別物になっちゃうんだなぁ。
「先輩の私服見るの、新鮮っすね」
「それはこっちのセリフです」
「あっ、敬語禁止っすー」
佐々木君のニコニコを浴びながら、まだ客数の少ない店内に入った。
先程とは打って変わって萎れている佐々木君を前に、僕は愕然としていた。
苦手分野と実力を把握する為に、中間考査の答案用紙を持って来てくれるよう、お願いしていたのだが——
僕の目の前に広げられた答案用紙の点数の殆どが、赤点スレスレだったのだ。
「酷すぎる……」
「面目ない」
あぁ、また見える。完璧に垂れてしまっている耳と尻尾が。
僕より大きいはずの佐々木君が、何だか小さく見えるぞ……。
佐々木君の言い分は、こうだった。
「俺、ずっと野球ばっかりやってきて、高校も推薦入学だったし。でも、中学までは何とか付いて行けてたんすよ? それが急に何段階か難しくなったっつーか……」
いくらスポーツ推薦で入学したといえど、学生の本分は学業。成績不振のままでは進級にも響くし、部活動はさせられなくなる。
野球部にとっては、これからが甲子園を目指し、レギュラー争いが始まるとか何とか。
「ベンチ入りはしたいんすよ」
「気持ちは分かるけど、厳しくない? 現国なんて赤点なんだけど」
「そこんとこどうかお願いします、先輩っ」
涙目の佐々木君が、テーブルに額がぶつかる程僕に頭を下げて、手を合わせる。
近いテーブルに座る客数人が、チラチラとこちらを覗っている。
これじゃぁ僕が意地悪してるみたいじゃないか……。
改めて答案用紙を見てみると、理系分野より文系分野の方が点数が低い。理系分野も、計算して解を求める問題の正解率が高かった。
「野球のサインは覚えられるのに」
佐々木君がうっと呻いて頭を垂れた。
一番の問題の現国の答案用紙を見ると、登場人物や作者の言動や思考を文章中から導く問題が全問不正解だった。いや、正確には一問だけ△だったけども。
佐々木君には先ず一番に現国の文章問題の解き方を理解し、次に文系分野を中心に暗記の苦手意識を克服してもらう事に決めた。
ルーズリーフに以上を期末考査までの目標として書き出し、渡す。
体育会系だからなのか性格なのか、明確な目標を決めた方が燃えるようだった。
あのニコニコ笑顔が戻った佐々木君が、二人分のグラスを持ってドリンクのおかわりを取りに席を立った。
入店から一時間半程経って、店内が混み始めた。
勉強場所を図書館等ではなくファミレスに決めたのは、程良い喧騒があった方が良いかな、と思ったからだ。
主に、僕が。気不味くならない為に。
しかし、日曜日昼前のファミレスは、勉強に適した環境とはあまりにも言い難く——
「場所、変えようか」
ファミレスを出た僕たちだけど、さて、どうしよう。
今から図書館に行っても、きっと自習室は満席だろう。
他に落ち着いて勉強できる場所を考えた。
「僕の家、ここから十分くらいなんだけど……来る?」
隣の佐々木君を見上げると、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。
一変、期待と喜びをストレートに口にして、ニコッと笑った。
まるで散歩のリードやおやつを前にした犬のようだなぁ、と思った事は内緒。
僕の家に着くと、佐々木君は母さんに元気に挨拶をした。母さんは面食らっていた。
佐々木君を自室に通して、僕は直ぐに麦茶を取りにリビングへ降りる。何か言いたそうな母さんの視線を背中に感じて、そそくさと戻る。
自室では、佐々木君が物珍しそうに本棚を眺めていた。
「難しそうな本ばっかっすねぇ」
「殆ど小説だよ」
「はえー、辞書みたいっすね」
厚紙の箱に入った『現代文学全集シリーズ』の背表紙の幅をそれぞれ指で測って、呟いている。
面白い。
家族も友人も文化部で、読書の習慣がある人ばかりだから、佐々木君の反応が一々新鮮で、見ていて飽きない。
そんな佐々木君に文章問題の解き方のコツをレクチャーして、今日の勉強会は一先ず終了。
「佐々木君は、もっと長文を読むのに慣れた方が良いかもね。短編の小説とか読んでみると良いんじゃない」
「た、例えば?」
「うーん、これなんかどうかな」
僕は佐々木君に名作『走れメロス』の文庫本を手渡す。これは太宰治の短編作品が五篇収められている。教科書にも採用されている作家と物語なら、普段小説を読まない彼でも取っ付きやすいのではないか、と思ったからだ。
文庫本の表紙を繁々と眺めていた佐々木君の瞳が、僕を見つめる。
「先輩に頼んで良かったっす」
その、屈託のない、真っ直ぐな瞳に吸い込まれそうな気がして、すぐに言葉が出て来ない。
「それは……結果を出してから言おう、か」
「確かにっ」
大袈裟に頭を抱える仕草をした佐々木君に、思わず吹き出してしまった。
本当に、面白い。
そんな佐々木君はまた母さんに元気に挨拶をして、帰って行った。
僕は部誌に載せる原稿を書き進めようとしたけれど、吹き出した僕に釣られてあはっと笑った佐々木君の笑顔がチラついて、集中出来なかった。
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