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第五話 女子高生と幽霊(前)
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社務所の固定電話が鳴った。
最近は滅多に鳴らない電話の音にドギマギしながら、朔太郎は受話器を取った。
「はい、○○神社でございます」
受話器から聞こえて来たのは女性の声だった。
お祓いをしてほしいのですが、と不安そうな声が尋ねる。
朔太郎の神社ではお祓いは承っておらず、祈祷という形ならば承っている事を伝えた。
電話の女性は、それを承諾した。
「では、日曜日の十三時に。小日向様、ですね」
日時と名前を確認して電話を切った。
と同時にしまった、と少し慌てた。
「こういうご依頼久々すぎて、御祈祷の内容お伺いするの忘れちゃった……」
電話の女性の声から若い人だという印象を受けた。
就職祈願か何かの成功祈願。
厄除け、八方除け、または安産祈願か……
(考えてもどうしようもないな)
朔太郎は頭をポリポリと掻いた。
日曜日。
参道を箒で掃きながら、そろそろ御祈祷の約束の時間だな、と思っていた朔太郎に女性の声が話しかけた。
振り向くと、ブレザーを着た女子高生が立っていた。
「あの、小日向ですけど……」
「小日向さん?!」
想像していたよりもかなり若い依頼主に、驚いた。
保護者の姿は見えない。一人で来ているようだ。
何か事情があるのだろうか。
初穂料を納めようと鞄から封筒を取り出した女子高生を、朔太郎は制した。
「先ずはお話をお伺いしましょう。こちらへどうぞ」
女子高生――小日向を拝殿へと案内する。
出された座布団に座った彼女は、不安そうに拝殿内を見回している。
きっと神社に祈祷に来るのも、拝殿内に入ったのも、初めてなのかもしれない。初穂料や服装についても、たくさん調べたのだろう。
「こちらにお名前とお所、生年月日をご記入ください」
下敷き代わりのバインダーと共に、祈祷受付けの用紙を小日向に渡した。
この用紙が活用されるのは何年振りだろうか。ほんのり古本のような匂いがする、年代物の用紙だ。
書き終わった小日向が、バインダーを返す。
生年月日を見ると、今年十六歳の高校一年生だと分かった。
質問をしようと顔を上げた朔太郎の視線が、一点を見つめて固まる。
「あの、神主さん?」
不安そうな小日向の声に、我に返った。
「本日は、どういったご内容で?」
「私、よく意識を飛ばしてしまうんです。病気かと思って病院で検査もしてもらったんですけど、特に異常はなくて。思えば、子供の頃から同じような事があったな、って」
小日向は一度深呼吸をして、続ける。
「意識を飛ばしてしまう時に共通点があって。自分の身に危険が迫った時とか、緊迫した状況になった時とか……気が付いたら何事も無かったかのようにその場に居るんです。祟られてるんじゃないかと不安で……」
小日向が顔を上げて朔太郎を見ると、また一点を見つめて固まっていた。
斜め上を見つめて口は半開きのアホ面で。
「ちょっと、神主さん……?」
「え、あぁ、失礼……」
そう言いながら、朔太郎の視線は小日向の斜め上のまま。
と、その視線がゆっくりと右に動いて行く。朔太郎はアホ面のまま眉根を寄せた。
不安に耐え兼ねた小日向が、涙目で問う。
「さっきから何処を見てるんですか? 怖いんですけど!」
「いや、その……」
朔太郎は正直に話すか迷っていた。
既にこんなに不安がって怯えている小日向に、なんと説明するべきか――
朔太郎の視線の先には、日本兵が立っている。
存在に気が付いたのは小日向に質問する直前。彼女の背後に何か見えるな、と意識を向けた途端、その姿がはっきりと見えるようになったのだ。
カーキ色の開襟シャツ、軍袴にゲートル。腰に巻かれたベルトには弾薬盒。頭に防暑帽を被った口髭の日本兵。
鋭い眼差しで拝殿内を見て回っている。
「フン、武芸の神様を祀ってる割に貧相な宮司だな」
日本兵が朔太郎を見て失笑した。
朔太郎はムッとして、小さく悪態をついた。
「おい、貴様――」
「あの! やっぱり何か憑いてるんですか?!」
日本兵が朔太郎に向けた言葉は、小日向の叫びにかき消された。
目に溜まった涙が今にも零れ落ちそうだ。
もう正直に言ってしまった方が彼女の為になるかもしれない。
朔太郎はもう一度祈祷受付け書に目を落とし、名前を確認した。
「実はですね、小日向笑子(えみこ)さん」
「にこりです……」
「え?」
「笑子と書いて、にこりと読むんです……!」
「貴様ッ、我が曾孫の名前を間違えるとは許さんぞ!」
「え?」
更に涙を溜めて顔を真っ赤に俯く小日向。
怒り、透けて当たらない拳をぶつけて来る日本兵。
大いに混乱する朔太郎。
拝殿内の状況は混沌としていた。
最近は滅多に鳴らない電話の音にドギマギしながら、朔太郎は受話器を取った。
「はい、○○神社でございます」
受話器から聞こえて来たのは女性の声だった。
お祓いをしてほしいのですが、と不安そうな声が尋ねる。
朔太郎の神社ではお祓いは承っておらず、祈祷という形ならば承っている事を伝えた。
電話の女性は、それを承諾した。
「では、日曜日の十三時に。小日向様、ですね」
日時と名前を確認して電話を切った。
と同時にしまった、と少し慌てた。
「こういうご依頼久々すぎて、御祈祷の内容お伺いするの忘れちゃった……」
電話の女性の声から若い人だという印象を受けた。
就職祈願か何かの成功祈願。
厄除け、八方除け、または安産祈願か……
(考えてもどうしようもないな)
朔太郎は頭をポリポリと掻いた。
日曜日。
参道を箒で掃きながら、そろそろ御祈祷の約束の時間だな、と思っていた朔太郎に女性の声が話しかけた。
振り向くと、ブレザーを着た女子高生が立っていた。
「あの、小日向ですけど……」
「小日向さん?!」
想像していたよりもかなり若い依頼主に、驚いた。
保護者の姿は見えない。一人で来ているようだ。
何か事情があるのだろうか。
初穂料を納めようと鞄から封筒を取り出した女子高生を、朔太郎は制した。
「先ずはお話をお伺いしましょう。こちらへどうぞ」
女子高生――小日向を拝殿へと案内する。
出された座布団に座った彼女は、不安そうに拝殿内を見回している。
きっと神社に祈祷に来るのも、拝殿内に入ったのも、初めてなのかもしれない。初穂料や服装についても、たくさん調べたのだろう。
「こちらにお名前とお所、生年月日をご記入ください」
下敷き代わりのバインダーと共に、祈祷受付けの用紙を小日向に渡した。
この用紙が活用されるのは何年振りだろうか。ほんのり古本のような匂いがする、年代物の用紙だ。
書き終わった小日向が、バインダーを返す。
生年月日を見ると、今年十六歳の高校一年生だと分かった。
質問をしようと顔を上げた朔太郎の視線が、一点を見つめて固まる。
「あの、神主さん?」
不安そうな小日向の声に、我に返った。
「本日は、どういったご内容で?」
「私、よく意識を飛ばしてしまうんです。病気かと思って病院で検査もしてもらったんですけど、特に異常はなくて。思えば、子供の頃から同じような事があったな、って」
小日向は一度深呼吸をして、続ける。
「意識を飛ばしてしまう時に共通点があって。自分の身に危険が迫った時とか、緊迫した状況になった時とか……気が付いたら何事も無かったかのようにその場に居るんです。祟られてるんじゃないかと不安で……」
小日向が顔を上げて朔太郎を見ると、また一点を見つめて固まっていた。
斜め上を見つめて口は半開きのアホ面で。
「ちょっと、神主さん……?」
「え、あぁ、失礼……」
そう言いながら、朔太郎の視線は小日向の斜め上のまま。
と、その視線がゆっくりと右に動いて行く。朔太郎はアホ面のまま眉根を寄せた。
不安に耐え兼ねた小日向が、涙目で問う。
「さっきから何処を見てるんですか? 怖いんですけど!」
「いや、その……」
朔太郎は正直に話すか迷っていた。
既にこんなに不安がって怯えている小日向に、なんと説明するべきか――
朔太郎の視線の先には、日本兵が立っている。
存在に気が付いたのは小日向に質問する直前。彼女の背後に何か見えるな、と意識を向けた途端、その姿がはっきりと見えるようになったのだ。
カーキ色の開襟シャツ、軍袴にゲートル。腰に巻かれたベルトには弾薬盒。頭に防暑帽を被った口髭の日本兵。
鋭い眼差しで拝殿内を見て回っている。
「フン、武芸の神様を祀ってる割に貧相な宮司だな」
日本兵が朔太郎を見て失笑した。
朔太郎はムッとして、小さく悪態をついた。
「おい、貴様――」
「あの! やっぱり何か憑いてるんですか?!」
日本兵が朔太郎に向けた言葉は、小日向の叫びにかき消された。
目に溜まった涙が今にも零れ落ちそうだ。
もう正直に言ってしまった方が彼女の為になるかもしれない。
朔太郎はもう一度祈祷受付け書に目を落とし、名前を確認した。
「実はですね、小日向笑子(えみこ)さん」
「にこりです……」
「え?」
「笑子と書いて、にこりと読むんです……!」
「貴様ッ、我が曾孫の名前を間違えるとは許さんぞ!」
「え?」
更に涙を溜めて顔を真っ赤に俯く小日向。
怒り、透けて当たらない拳をぶつけて来る日本兵。
大いに混乱する朔太郎。
拝殿内の状況は混沌としていた。
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