超能力者の私生活

盛り塩

文字の大きさ
上 下
186 / 205

第186話 一人戦う⑤

しおりを挟む
 無感情に告げられるその言葉を聞いた瞬間、景色が揺らいだ。

 なんて……言った?
 死ぬ子先生と百恵ちゃんを殺させた?

 菜々ちんが――――殺した!??

 呆然とした顔で菜々ちんを見つめると、彼女はそこでようやく私に視線を合わせ、

「ええ、始末してきました」

 と、報告した。
 その言葉を聞いた瞬間、私は切れた。
 
 ――――ドンッ!!!!

 一気に結界が膨れ上がる。
 そして瞬時にそれが身体に集束し、全身を包む鎧へと変わる。

「――――くっ、宝塚さんっ!??」

 その姿を見た菜々ちんは即座に後ろへと飛び下がった。
 私の全身全霊を込めた結界術。
 一撃でも食らえば、致命傷になりかねない。
 そう判断して戦闘を避けたのだろう。
 ――――が、私の敵は彼女ではない。

『私がそうするよう菜々に命令したのよ』

 殺させたのは片桐さんだ。
 そして真唯さんを殺したのもこの人。

 ――絶対に許せない!!
 結界を纏った怒りの拳は、片桐さんに向かって放たれた!!

 ――――ゴッ!!

 青い稲妻に包まれた拳が彼女の頭に襲いかかる!!
 最悪の事を考えて準備していた覚悟が爆発した。
 怒りに我を忘れた私は彼女を殺すつもりでいた。

 ――――でも、

「落ち着きなさい。せっかくの料理に埃が入るでしょ」

 まるで動じず彼女は指で空を切った。

 ――――ボヒュッ!!!!
 音と共に消える私の拳。
 瞬時に現れた小さなアスポートによって、肘から下が消されたのだ!!

「なっ!!」

 いとも簡単に片腕を持っていかれた私はバランスを崩し、畳の上を転がった。
 血が吹き出して、まだ新しい青畳を赤く染める。
 しかし私はすぐさま起き上がり、残った左腕で彼女に挑みかかった。

 私じゃ彼女に到底敵わないのはわかっている。
 でも、二人が殺されたと聞いて大人しくなどしていられるわけがない。
 たとえ殺されても、一撃食らわせてやる!!
 その一心で襲いかかった!!

「無駄よ」

 片桐さんの指が鳴った。
 とたんに無数の小さな空間の歪みが現われ、

「戦乙女《ワルキューレ》……串刺しにしなさい!!」

 振るう腕に剣が重なる。
 ――――ボッ!! ボボボボボボボオボボヒュッ!!!!
 音と共に、無数の小さなアポートが私の体を貫いた!!

「――――あがっ!!!!」

 無数の穴が体に開いた。
 衝撃で吹き飛ばされた私は血だるまになって障子をなぎ倒し、廊下へと倒れた。
 庭園へと続くガラス戸が割れ、派手な音を鳴らして飛び散った。

「ぐう……うぅぅ……」

 私の身体は一瞬で蜂の巣にされ、頭以外は原型が崩れた肉の塊になった。
 痛みと衝撃で意識が遠のく。
 しかしすぐに回復が始まり、ギリギリのところで意識は消えないでいた。

「おいおい……片桐く~~ん……ちょっとやりすぎじゃないかい?」

 所長が心配しているような言葉を発しているが、まるで棒読みで、それどころか目は鍋の具を物色していた。

「ごめんなさい。片腕を飛ばされても怯まず向かってくる人間なんて初めて相手にしたものだから……少し手加減を誤ったみたい」
「なるほど、それもそうだね。でも僕はどっちかって言うと、それの方がびっくりしたけどねぇ?」

 所長は箸で畳に転がっているリングを指して言った。
 それは私の首にはめられていたブレーカーだった。
 中に組み込まれた結界によって能力エネルギーと共鳴を起こし、捕らえた者に能力を使わせないようにする拘束具。
 それがひび割れだらけになって外れていた。

「これは並みの能力者程度じゃビクともしない設計になっていたはずなんだがね。それをまるでモノともしないで破壊するなんて……ちょっと宝塚くんの能力をまだまだ見誤っていたようだねぇ?」
「……そうね。本気を出されれば壊されてしまうまでは想定内だったけれども、一瞬すらも抵抗出来ずに破壊されるとは思っていなかったわ」

 片桐さんが少しだけ苦い顔をして言った。

「あぶなかったねぇ、もし車の中で今のをやられていたら一撃くらいは入れられていたかも知れないね」
「……そうね、次からはもっと用心するわ」

 しゅぅぅぅぅぅぅ……。
 そんな二人の会話を聞きながら、私の身体はもう半分ほど修復していた。
 それを見て片桐さんは手をかざし、威嚇の目を向けてきた。

「また暴れるようなら、次は身体だけじゃ済まないわよ?」
「……なぜ殺したんですか?」

 気が遠くなりそうな激痛。
 しかしそれよりも二人を殺された怒りのほうが強かった。
 片桐さんを睨み返す。
 しかしそれに答えたのは所長だった。

「そりゃあ、計画を台無しにされた仕返しだね」
「……計画?」
「瞬のベヒモス化の原因を探っただろう? そのお陰で彼女は僕の正体までたどり着いた。……これがなければね、僕はまだまだ大人しくしてたんだけどねぇ」

 ムスッと機嫌を悪くした子供のような表情で所長はむくれた。
 そしてもう一口お酒を傾けると話を続ける。

「ま、バレてしまったものは仕方がないんだけども……でもそのお陰で僕は組織から追われる立場に転落しちゃったわけだから、少しぐらいの仕返しはそりゃ~~するだろう?」

 殺しておいて少しぐらいとは……どれだけ価値観が狂っているんだこの人は。

 いや、最初からこの二人はこうだった。
 雰囲気に飲み込まれて疑問を捨ててしまった私がバカなのか? 
 思えば……組織の事のほとんどは所長か菜々ちんからしか教わっていない。
 私は最初からJPAではなく、所長一派の考え方を入れ込まれていたと言うことなのだろうか。

 菜々ちんの顔を見る。
 彼女は努めて無表情にしているが、私の視線に気付くと少しだけ気まずそうな顔をして目線を逸した。
しおりを挟む

処理中です...