超能力者の私生活

盛り塩

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第207話 菜々ちんへの思い

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 ――――それから二日後。

 久しぶりに帰ってきた山梨の訓練所。
 いまは『貴水閣《きっすいかく》』と看板を変えて一般客も受け入れる温泉旅館なっている。
 その門前で私はボーッと突っ立っていた。

「おい、何をしているヒロインよ。早く入らんか、後がつかえておるんじゃ!!」

 私の豊満な腰肉に頭突きをボヨンボヨン入れながら百恵ちゃんが後を押してくる。

「なぁにやってんのよぅ~~……早く来なさいな~~……あんたがぁ入らないトゥ~~……みんながぁくつろげないでしょおう~~……死にたいわぁ……」

 玄関前で猫背全開の死ぬ子先生が不気味に手招きしてくる。
 いまは緊張がとけているせいか通常《いじょう》モードのようで、喋りが面倒臭いことこの上ない。

「どれ、わたしは先に厨房へ戻らせてもらうよ? 一段落したら店を開けるから、腹が空いたらいつでも来るがいいさ」
「私も入らせてもらうよ。残してきた連中がちゃんと仕事していたか見て回らないといけないからね。ほれ瀬戸、仲居頭のお前もすぐに業務に戻っておくれ」
「は……はいっ!!」

 女将が急かすと瀬戸さんも慌てて中に入っていく。

「では宝塚先輩、私も料理長のお手伝いをしてきます。お風呂にでも入って一息ついたら食べに来てくださいね」
 続いて宇恵ちゃんもパタパタと元気に旅館の奥へと戻っていった。

 死ぬ子先生もさっさと中に入っていき、残ったのは私と百恵ちゃんだけになった。

 百恵ちゃんを回復させた翌日。死ぬ子先生も回復させた。
 大西所長や片桐さん、その離反に加わった大勢の能力者たち。
 対処しなければならない問題は山積みだったが、女将から『これは組織の問題だからお前たちは何も考えなくていい』と言われ、訓練所に戻るように指示された。

 そして、女将や料理長、その他JPAS戦闘班数十人に護衛されながら私はここへ戻ってきた。
 離れて十日くらいしか経っていない訓練所だけど、なんだかもう全てが変わってしまったように感じ、思わず立ち止まってしまった。

 所長、片桐さん……正也さんに渦女さん。
 そして菜々ちん。

 彼女らがいなくなったこの場所は、私にとってもはや別の――――ずんっ!!

「――――ぬおっ!!!!」
「だから、早く進めといっておるのじゃ馬鹿めが!!」

 私のお菊ちゃんを二本の人差し指で思いっきり突き上げながら、文句を言ってくる百恵という名の鬼金棒《きかんぼう》。

「……く、か、こ!?? な……なにをしてくれるのですかな、このクソチビは」
「誰がクソチビだ。……姉貴から仕返しを頼まれておってな、丁度いい機会だから済ませておいた。いいから早く行け……今のおヌシの横幅じゃ吾輩が通り抜けるすき間すらない!!」

 あるわ失敬な!! いくらおデブモードの私でも門全部は埋めやせんわ!!

「……なんじゃ、それとも菜々の事を考えておったのか?」

 一転真面目な目をして、心を見透かしたように訊いてくるクソ百恵。
 図星をつかれ、思わず視線を反らしてしまう。
 こんな子供にあっさり読まれてしまうほど顔に出ていたのだろうか……。
 でもまぁ、隠すことでもないし私は素直にそれを認めて目を落とす。

「そりゃそうでしょ……ホントならいますぐにでも助けに行きたいよ……」

 ケツの燃え上がるような痛みを我慢しながら涙ぐむ私。
 お下劣攻撃のおかげで、もはやどういう意味の涙なのか自分でも判断がつかない。

「女将が全てを預かると言った以上、吾輩たちはそれに従うのじゃ。……いまはもう女将がここの所長なんじゃからな……」

 つとめて表情を変えずに百恵ちゃんは言う。

 辛いのは私だけじゃない、彼女だってオジサマと言う大事な人を組織から失っている。本当は私以上に飛び出して行きたいはずなのだ。




 部屋に戻ると私はさっそく内風呂に入った。
 大露天風呂に行きたかったのだが、いまは旅館営業しているので一般客がわんさかいる。……別にそれに遠慮する必要はないと女将さんから言われたけど、でもなんだか一人でゆっくりしたくて部屋のお風呂に浸かることにした。
 小さいがここも露天だ、ゆっくりしよう。

 ――――ちゃぷちゃぷ……。

 こうして一人湯に浸かって口を開けながらボ~~~~っと空を眺めていると、ここ最近の騒ぎが夢だったかのように錯覚してしまう。

 もしそうだったらどんなに良かったか……。
 膝を抱えて丸くなる。
 ……これからどうしよう…………。

 どうするもこうするも、いまはただ女将の指示を待つしかないのだが。
 女将の言い方だと、私や百恵ちゃんはもうこの一件からは退かされそうな感じだった。まだ訓練生である私達が関わっていいレベルを超えた事件だからというのが理由らしいが……。
 でも、だからと言って、はいわかりました、と大人しくしていることなんてとても出来ない。

 菜々ちんがいるから。

 死ぬ子先生から聞いた。
 菜々ちんがマステマに支配されているだろうことを。
 だとしたら彼女はそのとき――――先生たちにトドメを刺さなかったそのとき。
 菜々ちんは自らの意志でマステマの洗脳の殻を破っていたということ。

 一度支配されかかった私だからわかる。

 その難しさが。

 それでも彼女はその支配をかいくぐって先生たちを見逃してくれたのだ。
 それは、それほどに彼女は私達を思っていてくれたということ。

 彼女がどこから洗脳されていたのかはわからない。
 きっと私と出会ったころはもう、彼女の意識はマステマの意の中だったのだろう。
 だとしたら私はまだ本当の菜々ちんを知らないことになる。

 そんなのは嫌だ。

 何としてでも彼女をマステマから救い出して。

 そして本当の菜々ちんと会話がしたい。
 私は湯に顔を沈め、強くそう思った。
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