黒の瞳の覚醒者

一条光

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終章~人魔大戦~

一縷の希望

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 南から順に数えて山の名前をエアト、ツヴィト、ドリット、フィアト、フュント、ゼクト、ズィプト、アハト、ノント、ツェント、十ある山を五つの氏族がそれぞれ二つずつ管理している。南から第一と第二をエルツが、第三と第四をレギールが、第五と第六をアダマントが、第七と第八をゴルトが、そして第九と第十をシュタールが受け持っているそうだ。管理していると言ってもきっちり区分けされてそこにしかその氏族が居ないという訳ではなく皆バラバラに好きな場所を住処にしているという。これを聞いて道中でゴルトの長に出会えて山越えをあと二回もしなくて済むかと期待したんだが長は管理地を動く事はあまりないらしく、少なくともズィプトまでは行く必要があるとの事だった。登山家でもやらないんじゃないかという連続登山だ…………。ズィアヴァロが入り浸っているというシュタールの宮殿はツェントにある宮殿で、連山の一番北にありエアトの麓近くに拠点を置いている俺たちからしたら移動がかなりめんどくさい。空からの移動や陣の使用が出来るならドワーフ達の脱出も簡単なんだが……結界の影響らしく結界内での移動にも使えない。解除すれば使えるから先の地域への行軍の為の山越えは問題ないだろうが、結城さんの能力は便利だっただけにかなり不便になった感が否めない。
「つーかさっきからうっせぇな、なんだこの声? 魔物が近くに居るのか?」
「ああ、これはこのヴェッリル連山に生息している山羊の声ですよ。タングメーのお肉は美味しい上にとっても精が付くんですよ」
 タングメー……山羊だからメー? でもこの声メーっていうよりヴメ゛ェェェエエエエエ! って感じで気持ち悪いんだが…………この鳴き声の主を食うのか?
「二種類声がする」
「よく気付きましたね。人間の方は聞き分けられない方が多いんですよ。今聞こえている方はヘイズメーといって乳が蜜酒となる変わった山羊で酒飲みの多い私たちドワーフの間では珍重しています」
 だからメーじゃないだろ!? いやそういう意味のメーかどうか分からんけども。こっちはヴェェェー……長音って感じな気がする。どっちも酔っ払いが吐いてる音に聞こえてきたぞ。
「酒かぁ――」
「遠藤君任務中ですよ」
「べ、別に飲みたいとは言ってないじゃん綾ちゃん~」
 水晶付きの土人形と魔物に警戒しながら進み、大盾を回収してフュントを登る。流石に連続で高山を登るというのはなかなかしんどい、フィオ達には疲れは見られないが五つ目ともなると俺たちには多少疲れも見えてくる。
「ねぇソレイユちゃん、ゴルトって利己主義が多いんでしょ? 金属、宝石類半分なんて条件を飲んだ事何か言われるんじゃない?」
「そうですね、何かしら繰言を聞かされると思いますが……ですがゴルトの者達とて現状のままでいいなどと思っていないはずです。現状を打破する事が出来るならそれを頼らざるを得ないはずです。それに、未知の技術に心惹かれる者も多い事でしょう。長ならば交流の為の先行投資捉えてくださる……はず」
 自分で言ってて自信を無くしたな、声がしりすぼみになってるぞ。金属も宝石もドワーフ達の財源だもんな……それでも魔物に利用され虐げられ続けるよりは全然マシという判断なんだろうけど、デカい出費だろうな。

 道中坑道内に入り強制労働中のドワーフの一人に現状と脱出の件を伝え仲間に広めてもらうよう言付け、ゼクトを登り始める頃に連絡が入り、エアトとツヴィト内の探索が終わり人質の発見、脱出の下準備が整ったとの事だった。探索部隊の人、自身だけとはいえ気配遮断ってのは便利なものだな。俺たちは坑道内の移動にかなり手間取ったが敵を無視出来る分足止めが無いからなぁ。脱出用通路も無事完成したらしく、エルツ達は今か今かと待っているそうだ。ソレイユの方も同胞が助かる準備が進んでいると知って歩調が少し軽やかだ。ゴルトを説得する頃にはレギール達の居る鉱山も脱出準備が整うかもしれない。あとはリュンヌって妹さんが見つかれば言うことなしなんだろうが……ここまで越えてきた鉱山で話を聞いたが情報はなかった。隅々まで探してる訳じゃないし簡単には見つからないか……脱出準備を整えている部隊が人質の探索中に発見してくれるのを待つしかないか。
「今日はここで野営としましょう」
「日暮れまではまだ時間があるぞ、いいのか姫さん?」
「はい。このまま進めば日が暮れる頃に険しい地点に差し掛かりますのでここでの野営が好ましいです。それに皆さん疲れが見え始めていますので早めの休憩がいいかと」
「そっか、まぁそういう事なら従うか。ひょろっちぃのも居ることだし――ぐほっ!?」
「ワタルを馬鹿にすると許さない」
「ワタルを馬鹿にすると許さないわよ」
 遠藤の腹部に小さい拳二つがめり込んだ。加減はされてるだろうが痛そうだ。俺ってそんなにひょろいだろうか……? フィオに鍛えられるようになってから結構変わった……はず。無駄に太くないだけだ。
「テントの設営終了! ――何やってるんだ遠藤?」
「ありがとうございますタカシさん。皆さんは先に休んでいてください、私は少し周囲を見回ってきます」
「それなら私も行くわ。体力や力が凄くても索敵能力なんかは断然私やフィオの方が上だもの、うっかり敵に発見されたら困るでしょう?」
「……それではお願いできますか?」
 妹を探したいんだろうな……それでも発見されることは避けないといけない、アリスが付いていくなら坑道内への侵入は止めてくれるはずだし無理はしないだろう。
「ソレイユちゃん俺も行こうか?」
「いいえ、タカシさんは明日の為にしっかり休んでください。私も少し周囲の様子を見てくるだけですので大丈夫ですよ。アリスさんも来てくださいますし、ね?」
「はぁ~い」
 わぁ良いお返事……西野さんメロメロかっ! まぁ犯罪じゃねぇしいいんだけど、ホントに小さいのが好きなんだな…………うちにも三人居るし俺も同類か? いや、たまたま小さかっただけだし大丈夫大丈夫、俺はあそこまで酷くない。
「ワタル、寝よ」
「う、羨ましいっす如月さん!」
「何想像してるか知らないですけど違います。というかそんな事言ってると嫌われるんじゃないですか?」
 びくりとして二人が出発した方向を窺う、聞かれていないと知って胸を撫で下ろしている。気になるならもう少し言動に気を付けましょう、と。
 フィオに膝枕をしてちょうどうとうとし始めた頃、外の物音で眠りの世界に旅立とうとしていた意識が引き戻された。フィオも即座に覚醒して既にナイフを抜いて外を窺っている。が、すぐに警戒を解いた。
「どうした?」
「アリスとソレイユ、と惧瀞……寝る」
 それだけ言うと放り出していた寝袋へとそろそろと戻っていった。なんだ、二人が帰って来たのか。休まずに何してるんだ?
「あれ? 航君起きちゃいましたか」
「休まないで何してるんで――うっ……!? それはもしや」
「さっき話した山羊です。皆さんに力を付けてもらおうと思って狩って来ました」
 何で俺の知り合いの女はワイルドなのが多いんだ……三人は山羊を解体して料理している。買ってきたなら可愛いげもあるけど狩ってきた後に捌いてんだからワイルド過ぎるだろ。
「なんか臭いんだけど」
「すみません、これでもかなり洗ったのですがどうしても臭いは残るのです」
「でもこっちはそんなに臭くないわ。醤油がとっても合うの! しかも凄く力が漲るの」
 アリスが箸で俺の口元に突き出してきたのは山羊肉の醤油漬け? 刺身? 確かに今鍋にあるものよりは臭わないがそれでも臭いぞ、これを食えと言うか……しかも人前であーんだ。んん? 臭い割には結構美味い、が解体の残骸が傍に投げてあって美味しさ半減だ。
「美味い、けど残骸が気になる――臭いが消えたな」
「鍋に臭い消しの香草を入れましたので」
  それはよかった。風の流れ的に問題ないからやってるんだろうけど、臭いで魔物が寄ってくるんじゃないかと少し心配だったからな。
「はいワタルもう一枚」
「うむ……これは白飯が欲しくなるな――というか食う」
 支給されていた白米のパックを手早く温めて山羊肉の醤油漬けを乗せて掻き込んだ。
「うまっ! ほれアリスも」
「美味しい~」
 アリスから箸を奪って山羊肉で白米を包んだものを口元に持っていくと一口で平らげた。
「お二人は仲がよろしいんですね」
「未来のお嫁さんだもん、当然でしょ」
 腰に手を当てて自慢げなアリスを怪訝そうにソレイユが見つめる。その視線は自然と横に流れて俺に固定された。
「この世界の決まり事等は分かりませんが、犯罪では?」
『し、失礼なっ』
 眉間に皺を寄せ忌避するような視線を向けられた。なんて事だ……ソレイユにアリスが子供扱いされて俺が犯罪者扱いされている。
「私はもう大人よ!」
「えっ!? でもアリスさんは人間ですよね?」
「あなた失礼ね! 私の方が大きいでしょ」
「いえ私はそういう種族ですし大きさは関係ありませんよ」
「そう! 関係ないの、私は他人よりすこ~しだけ成長が悪いかもしれないけど年齢的には成人してるんだから関係ないわ」
 力説するアリスの声が大きかったためテントから小さめの怒鳴り声が聞こえて遠藤が顔を出した。それに釣られるようにして目を擦りながら西野さんもテントを出た。
「明日も早いんだぞ、こっちは見張りの交代もあるから余計にだ! 大人しく寝られねぇのかお姫」
「そうっすよ。こっちはまだ眠い――」
「西野さん感謝した方がいいですよ。ソレイユさんの手料理が食べられるタイミングで起こしてあげたんだから」
「っ!? マジっすか! アリスちゃんありがとう! うっ……何かの残骸が、いやでもそんな事よりソレイユちゃんの手料理~」
 素早くソレイユの隣に来て手伝いをしようとしている。それに対してソレイユは少し硬い笑顔を向けている。西野さんが報われる日は来るんだろうか?

 なんて事だ……あの山羊肉、精が付くとか力を付けてもらうとか言ってたからてっきり滋養強壮効果なんだと思ってたら精力剤の効果もあるんでやんの……辛い、すんげぇ辛い。フィオが俺にしがみつくようにして寝るもんだから余計に辛かった。そして滋養強壮効果のせいか全く眠気が来ないまま日が昇り始め出発の時間となった。
「さぁ行くっすよ! いや~、めちゃくちゃ力が漲るなぁ! これもソレイユちゃんの手料理のおかげだね!」
 食べ慣れているソレイユには大した影響はないようだが食べ慣れていない者は妙なテンションだ。寝ていて食べなかったフィオは首を傾げている。
 山羊肉の滋養強壮効果は凄まじく、予定していた時間よりも大幅に速くゼクトを越えて目的地のズィプトの坑道入口に辿り着いた。結構な強行軍だったというのに全員疲れの一つも見られない。七つ目の山にもなれば侵入も手慣れたもので手早くドワーフ達の作業場まで入り込んだ。
「これはこれは……ソレイユ様、あなたは自分の行動がドワーフ全体に不利益をもたらすとは考えなかったのですか? あなたの脱走を知れば必ずや見せしめとして多くの同胞たちが殺されるでしょう。何故あの愚かな妹君と同じような思慮に欠ける選択をなさったのです?」
 髭を生やした大柄の女性ドワーフが忌むようにソレイユの妹を謗りソレイユをも詰る。
「私は、皆を救う為に――」
「それが余計な事になるとは思わないのですか? あなたの妹君が抗い続けたせいでここでは余計に仲間が死んでいる。更に脱出したあなたまで居たのではどうなるかっ、何故仲間の事を考えないのです!? あなた達姉妹は身勝手過ぎる!」
「ちょ、ちょっと落ち着いてください。ソレイユちゃんは同胞を救おうと必死にここまで来たんすよ。それを話も聞かずにいきなり責め立てるとか何様なんすか」
「何故人間がここに? いえ、部外者は黙っていなさい。これは我らドワーフの問題なのです」
 一瞬怪訝そうな視線を俺たちへ向けたが溢れさせたソレイユへの怒りが勝ったのか再び詰り始めた。その剣幕に何事かと他のドワーフ達も手を止め集まり始めた。
「お待ち下さいキューン様、リュンヌのせいで人が死んだというのは一体どういうことですか? あの娘はズィプトに居るのですか!?」
 相手の剣幕にも怯まず妹の情報を逃すまいとソレイユは掴みかかった。逆にソレイユの勢いに飲まれて相手はいくらか落ち着きを取り戻したようだ。
「放しなさい……居るというのは正しくない、居たというのが正しいはず。数日前までは妹君の叫び声が響き渡っていたがパタリと止んでいるからね。長く苦しませる為に放置していると聞いていたが恐らく命尽きたんだろう。おかげで声に苛ついた魔物に殺される者も居なくなったよ」
「そんな…………」
「でも誰かが確認した訳じゃないんすよね? ソレイユちゃん諦めるのはまだ早いよ。この山に居る可能性が高いなら探そう」
 ショックで膝を突いたソレイユに寄り添い西野さんが励まし続ける。
「さっきから何なんだいこの人間は…………」
「私たちはソレイユ様の要請でドワーフと協力の下ズィアヴァロ打倒とドワーフ救出の為に動いている者です」
「ズィアヴァロ打倒!? 何を馬鹿な――更なる被害を生む気かいっ!?」
「そのようなつもりはありません。どうか私たちの話を聞いてください」
 再びズィアヴァロと戦うと聞き周囲はざわつき、キューンというドワーフは取り乱し始めた。それをどうにか宥め惧瀞さんはソレイユの代わりに現状を説明していく。最初こそ硬い表情でこちらを睨み付けていたゴルトの長キューンだったが脱出準備が整えられている事と戦力を知ると深く思案し始めた。
「出費は大きいが我らが自由と新たな商売相手を得られるならその程度は仕方ないか? 魔物に供給した物は既に無い物と同じ、戦闘後に人間たちがそれを持っていくのはいい、が、所有している金属と宝石類の半分というのは……この世界に来る前に一度出荷を済ませていたから在庫を抱えている時程ではないにしても……ううむ、致し方ないか。まったく、勝手に随分と高い買い物してくださいましたね」
 キューンのそんな嫌味は今のソレイユには届いていない。
「それではゴルトの方々もご協力いただけるという事で大丈夫でしょうか?」
「他に手が無いからね。助かるなら乗るさね。まぁ交渉が可能だと言うならもう少しどうにかしたいところなんだが、決まった事なら今更何も言わないよ。その代わりきっちり救っていただきますよ」
「そのつもりです。ただの戦闘とは違い人助けだという事で私の国の人たちは意気込んでますから」
「へー、それは勉強になった。異世界の人間は人助けに金を取るんだね。得る物があるから意気込んでるんじゃないのかい?」
 痛いところを突かれた。くそ、上の人間のせいで……俺たち日本人は苦虫を噛み潰したような顔になった。
「そんな事ない、ワタルは対価なんか無くても人助けする」
「……まぁ無事元の生活に戻れるなら何でもいいさね。それで、ソレイユ様はいつまでそうしてる気だい? 行くならさっさと行きな。声が響いて来てたのは最下層だよ、これが最新の地図、へまするんじゃないよ」
「キューン様……でも、死んでいる可能性が高いのなら危険を冒して最下層に行くのは……早く出発してシュタールにもこの事を伝えなくては――」
「ソレイユちゃん最下層へ行こう。まだ生きてるとしたら? 今行けば間に合うんだとしたら? 行かずに後悔するよりずっといいよ」
「でも…………」
「迷うなら行きたいって事だろ。迷ってる間にさっさと行こうぜ。んで山羊食ってペース上げれば問題ないだろ? 救えるもんは救っとかないと気がすまないやつも居るし急ごうぜ」
 遠藤がちらりとこちらを見た後地図を持って歩き出した。ソレイユが進む選択をした場合残るつもりだったのがバレたようだ。西野さんが言う通りまだ間に合う段階だったらって考えたら確認しないと気が済まなくなったのだ。まだ迷うソレイユを引っ張り俺たちは最下層を目指す。
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