黒の瞳の覚醒者

一条光

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六章~目指す場所~

赦免

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 結局俺が誘拐して、殺害したという事の証拠は無くても、被害者の持ち物と人骨を所持していたという事と、フィオは刑事を投げ飛ばした事、壁を壊した事、姫様は刑事を恐喝したという理由で逮捕された。
 提出したものの鑑定結果を待ちながら、何度か同じ様な取り調べを受けて二十日間留置所に入れられる事になった。
 謝罪はされたものの、その後の扱いが変わるという事も無く、結局俺が犯人という体での取り調べが続けられた。二人への取り調べも同じ事の繰り返しの様なものだったらしく、うんざりしている様子だった。
 留置所は牢屋みたいな場所を想像してたけど、質素な畳の部屋だった。最初フィオと姫様は別室だったが姫様がゴネたらしく、二日目には二人と同室になった。姫様は扱いに対して相当怒っていたがどうにか宥めて我慢してもらったが、かなりストレスが溜まってる様子だ。姫様なのだから当然と言えば当然の事だが…………。

 そんな嫌な日々が二十日続き、そして本日二十日目、提出していた物の鑑定結果が出た。
 火葬したせいで鑑定が難航したらしいが、名札に付着していた血痕と今の日本の様に十分な火葬ではなかったおかげで、遺骨から採取出来たDNAが鈴木真紀のDNAと一致し、マントの血痕は鈴木真紀の物でも地球上の生物の物でもないと証明された。フィオと姫様のDNAもこの世界の人間とは違うものと証明されて、ミスリル玉ともさも地球上には存在していない物という鑑定結果となり、異世界の存在を信じてもらえることになって、証言を信じてもらえる事となり、不起訴という事で漸く釈放された。
 釈放されはしたが、異世界という現実味のないモノが関わっているせいでまだ疑っている様子の刑事は数人居て、悔し気に歪めた表情でかなり睨まれた。どうあっても俺を犯人にしたかったらしい。
 押収されていた剣や荷物も、異世界人である事と姫様の立場、希少な異世界の鉱物である事と、この世界のものとは違う製法が用いられているという事で、特別措置としてどうにか所持の許可が下りた。

 そして第二ラウンド、俺にとっての本番、果たすべき事。
 俺が話した内容は警察から鈴木真紀の家族へ伝えられているそうだが、俺から直接聴きたいという事で、今は会議室みたいな場所へ通されて少女の家族を待っている状態である。
「ワタル大丈夫? 震えているわよ」
 正直怖い、逃げ出したい。盗賊や魔物と対峙していた時の方が、気が楽なくらいだ。でもちゃんと伝えないといけない、俺しかそれを知らないんだから。家族の元へ帰す事と起こった事を伝えるのが俺のすべき事だ。
「やらないといけない事なんで、どうにか…………」
「そんなに脅えなくても大丈夫よ。娘を連れ帰ってくれた相手なんだから、何か酷い事を言われるわけじゃないわ」
 どうだろうか? 何もせずに逃げた事実がある。あの場に居た、少女の味方を出来る人間が俺だけだった以上責められる覚悟はしておかないといけない。

「失礼します。お待たせしてすいませんね、私真紀の母親の鈴木陽子です。この度は娘を連れて帰って頂いて、本当に……うっうぅ……ありがとう、ございました」
 母親だと名乗る人が、遺骨の入っているであろう木箱を抱えたまま駆け寄ってきて手を握ってきた。その後に続いて父親と祖父母だろう人が入ってきた。
「あ、いや、俺は…………」
「こっちは主人の誠です。あなた、あなたからもお礼を」
「鈴木誠です。この度は娘を…………娘は……っ! 娘を殺したのは本当はお前なんだろ! 精神科に通ってたイカれた異常者のくせして! 何が異世界だ、奴隷制のある国だ! 警察もそんな話を鵜呑みにしやがって! そんなものがあるはずがないだろ! 国が裁いてくれないのなら俺が裁く!」
「がっ!?」
「あなた!?」
『誠!?』
『ワタル!』
 近付いてきた途端に腕を振り上げ、思いっ切りぶん殴られた。
 マズい、今のに反応してフィオがこの人を排除しようとナイフを抜いてる。
「何もするな!」
「っ!?」
 不安そうな顔をしたがナイフを納めてくれた。
「あ゛あ゛? 何がなにもするなだ! 娘を殺されて、その犯人を目の前にして、黙って何もしない親がどこにいる! 真紀が苦しんだ分お前も苦しめ! 娘の苦しみを思い知れ!」
 どこに隠し持っていたのか、刺身を切る様な少し細長い感じの包丁を取り出して振り上げた。これは、受けるべき報いなんだろうか? これも贖いになるんだろうか…………? でも、俺はまだ…………。

「鈴木さん! 落ち着いて! 昨日説明したでしょう! 彼は犯人じゃないんですよ! 鑑定結果でも異世界の事は証明されたんです!」
 顔に刺さる直前に警官が止めに入り、フィオが包丁を蹴り飛ばした。生きてる、か……また助けてくれたな、ありがとう。
「ふざけるな! 何が別の世界だ! そんな妄想を信じて娘を殺した奴が裁かれないなんて赦されるはずない! 俺が殺す! 真紀は……俺の宝だったんだ、それをこいつは! 真紀を返せ! 俺の宝を……うっぅ…………」
「落ち着いて、落ち着いてください。納得できない気持ちも分かりますが、事実なんです」
「分かるものか! 貴様らに娘を奪われた俺の気持ちが分かるはずがない! さっさと放せ! こいつさえ殺させてくれれば刑務所でも死刑台でもどこにでも行ってやるから、放せ……真紀の仇を討たせろ…………あの子の苦しみと恐怖を思い知らせてやるんだ」
 刑事たちに取り押さえられて、力なく項垂れつつも目だけは俺を見据えて睨み付けて来る。
「旦那さんは落ち着かれるまで別室に居てもらいますので」
「あの、主人は――」
「あの、その人のした事を罪にはしないでください。殺されかけるのは向こうで散散体験しましたし、その人がそうしたい理由も分かりますから」
「君が被害届を出さないなら事件にしない事も出来るけど、それでいいの? 立派な殺人未遂だよ?」
 なんだよその言い方、あんた達だって散散俺を犯人扱いしてたくせに……結果が出るまで全く信じようとしなかったあんた達の態度より、この人の気持ちの方が理解できる。
「いいです。事件にはしないでください」
「なんだそれは!? 罪滅ぼしのつもりか? ふざけるな! 償う気持ちがあるなら娘を返せ! 生き返らせて真紀の笑顔を見せろ! 真紀の声を聞かせろ! もう一度真紀と話をさせ、ろ…………」
 ぼろぼろと涙を流しながら俺に訴えて来る。俺だって出来るならそうしてる、でもナハトに死者の再生は出来ないって言われた。異世界にだって人を生き返らせる方法がないんだ、俺にはこの人の願いを叶える事は出来ない…………。

 父親が連れて行かれて、刑事が居なくなった状態で、俺が見た事、した事を一から少女の母親と祖父母に話して、何もしなかった事を謝罪した。
 また殴られる、罵られる覚悟をしていたけど、それはなくて、三人はただ黙り込んでただ俺を見つめていた。
 突飛過ぎて信じてもらえてないんだろうか? 他に何を言えばいいんだろう? 分からない。両親の、家族の元へ帰す、それしか考えてなかったからこれ以上何かを話す事を思いつかない。
「真紀はそんな目に……真紀っ、痛かったね、辛かったね、怖かったよね。お母さん、一緒に、居てあげられなくてごめんねぇ! うぅっ……ぅ……」
 母親は泣き崩れて、祖父母も憔悴しきった表情を浮かべている。こっちの世界では、少なくとも日本ではそうそう起こるような事じゃない。それが身内に起こったとなれば当然の反応だろう。
「如月君、ありがとう。孫の、真紀の仇を討ってくれて、息子のした事も…………すまなかった。私からお詫びする、この通り、本当に申し訳ない事をした」
 祖父が頭を下げて来た。
「や、やめてください! 話した通り俺は逃げたんですよ。だからお礼も謝罪もしてもらうような奴じゃないんです。責められて当然なんです」
「違う、盗賊から逃げた後だからワタルは腕が折れてた、覚醒者でもなかった。武器も持ってない腕の折れた異界者が兵士になんて勝てない」
「そうね、もしワタルが兵士に向かって行ってたら、あっさり殺されてお孫さんの遺骨を連れ帰る人が居なくなってたでしょうね」
 フィオと姫様が弁護してくれるが…………。
「でも俺は――」
「もう、いいんですよ。別の世界がどんなに辛い場所だったのかは見た事がある人じゃないと分かりません。その世界を知ってるお嬢さん二人がこう言っているのだからどうしようもなかったんでしょう? もうご自分を責めなくてもいいんです。そんな苦しい世界から、私たちの所へ真紀ちゃんを連れて帰ってくれただけで充分です。居なくなってしまってから随分と時間が経ってしまっていたし、覚悟はしていたんですよ。ただねぇ、真紀ちゃんの笑顔がもう見られないのが……声を聞けないのが、悲しい…………」
 祖母が俺の手を握り涙を流しながらそう言った。握られた手は震えている。こんな思いをしている人たちに俺は赦されていいのか? 贖えたのか?
「すまないね、今のは責めてるわけじゃないんだ。ただ妻が言ったように、もうあの子に会えないのが辛くてね。君には感謝している、何もしなかったという事への償いも充分にしてくれている。だからもう自分を責めなくていい。受けた苦しみも君が晴らしてくれているし、家に帰って来れて真紀も安心してるだろうからね」

 それから一言、二言話すと少女の家族は部屋を出て行った。
「はぁーあぁー…………」
 立っていられなくて床に座り込んだ。辛かった、ただただ辛かった。俺なんかよりあの人たちの方が辛いに決まってるのに、赦しをもらってしまった。
「大丈夫? 顔色悪いわよ」
「分かんないです。あの人たちはもういい、って言ってくれてけど、俺は――」
「はいはい、もう! そんな顔しないの、せっかく可愛いのに台無しよ。やるって決めた事をやり切ったんでしょう? もっと胸を張ってなさい。普通世界を越えるなんて不可能なのよ? それをしただけでも凄いんだから」
 可愛いって…………それに贖って当然の事をして胸を張るのもおかしいだろ。帰って来れたのも姫様の力と、もさを連れて来てくれたフィオのおかげだし。
 当分この鬱々とした気持ちが消える事はない。それどころか、もしかしたら一生付き纏うものかもしれない。
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