黒の瞳の覚醒者

一条光

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番外編~フィオ・ソリチュード~

いつかのその時

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 白い女ともさが口論? のようなものを繰り返してる。
 女は私は終わる命だと言う、私もそうなんだろうと思う。
 致命傷だけは避けようとしたけど結局私の体にはいくつも穴が空いてがこぼれてたから……きっと助からない。
 まだ生きたい、でももうダメだって予感がある。きっと私は助からない。

 でももさは納得しない。
 諭す女に牙を剥いて必死に縋ってる。

「こらこら、いくら君達が事象を補正出来ると言っても限度がある――そもそもあり得るかもしれない可能性で未来への影響ならまだしも彼女は今まさに死――」
『ぎゅぃー!』
「こらこら止めなさい、噛むんじゃない、割りと痛いんだよ――ん? おや――って、止めなさいと言ってるだろう」
 もさの首根っこを掴んだ女が視線を向けるテレビに私が映ってる。
 手当てはしてあるけど明らかに死にかけなのは見てとれる、むしろあれでまだ生きている方が不思議かもしれない。
 命尽きようとしてる自分を俯瞰してるのは変な気分だけど、あぁこれは死ぬって確信してしまう――だって何度も見てきた――殺してきた死人と同じ――。

「なるほど、これはもしや――だから止めなさいと言ってるだろう! 君の諦めの悪さのおかげで見えてきた可能性を失ってしまうよ?」
 女は空中に現れた光を忙しく叩いてる。
『きゅ?』
「可能、性?」
「ああそうとも、君の近くにの力を多量に含んだ人間が居る。どうやら彼の血を君に輸血するらしい、君が純血の箱庭の住人なら不可能だが君は混血、そして彼は多量に含んだ力の影響で変革が始まっている。彼の血が君に馴染めば或いは――まぁそれでも大量の血液が必要だからね、最悪共倒れということもあるが」
 私たちの力? どういう意味……? 私はまだ生きられるの? ワタルの血を貰って? 私、私は…………。

「ただし、彼の血が馴染んで生き永らえた時君はもう人間と違うはものになるだろう」
「……魔物みたいになるの?」
「魔物? なんだいそれは――あぁなるほど、人以外の外来種の総称か。いいや、外見が変わるわけではないよ。ただ確実に人間という枠からは外れていくだろう」
「……別にいい。きっとワタルはそれでも私を人間って言ってくれる、ワタルが私を人間にしてくれる」
 道具だった混ざり者をワタルは人間って言った。
 どう変わるのかは分からないけどワタルならきっと――。
「そうかい。良い表情をしているね……なら少しだけ私も手を貸そう、彼の血を介せば多少の補助が出来るだろう」
 笑った女は楽しげに光を操作し始めた。
 女の言う事はよく分からないけど、もし本当にまだ生きられるのなら……。

「あなたは何?」
「私かい? ……ふむ、まぁいいか、どうせこれはうたかたの如く消えていく夢のようなものだからどうせ君は覚えていまい……私はね――」
 女の答えを聞くよりも早く空間に満たされる光、その目の眩む光に飲まれると再び闇の世界に落ちた。

 体がだるい……酷く重い……自分の体が重いなんて初めて思った。
 そういえば……体の感覚がある。

「フィオ、私が分かる?」
「てぃ、な……?」
 ぼんやりと瞼を開けるとティナの顔が見えて雫が落ちてくる。
 一つ落ちると次から次へと落ちてくる。
「ティナ、ワタルは無事?」
「ええ、無事よ。今呼んでくるから待ってなさい」
 目元を拭って部屋から駆け出していくティナを見送って視線を戻すと大切な友達が隣で私を覗き込んでた。

「おはよう」
『きゅ』
 目覚めた事を喜んでくれるように何度も何度も頭を押し付けてくる。
 何か……夢でもさを見たような気がするけど…………靄がかかったみたいに記憶が朧気で内容が思い出せない。
「……生きてるからいいか」
『きゅぅ!』
「もさのおかげ?」
『きゅ~う?』
 まだ生きられる……ワタルと一緒に居られる。リオの所に帰れる……生きていられる事がこんなに嬉しい。

 戸の向こうが騒がしい、すぐそこまで来てるのにワタルはなかなか入ってこない。
 本当は自分で戸を開けてすぐにでも会って無事を確かめたいけど、今の私にはベッドの上で起き上がるだけしか出来そうにない。
 自分がこんなに弱るのは初めてかもしれない。

 騒がしいのが終わってティナに押し込まれてようやくワタルが部屋に入ってきた。
 怪我は……少し手当てのあとがある、でも致命傷は無さそう。
 なのにどこか体調が悪そうで視線も彷徨ってこっちを見ない。

「ワタル、怪我は?」
「無事だ馬鹿、お前は自分の心配しろよ。お前死にかけてたんだぞ、もう、すんなよ。もう……こんな事嫌だからな」
「ならワタルも気を付けて」
 私だって……今は死にたくはないって思ってる。それでも――ワタルとリオだけは命を使ってでも守りたいものになってるから……もう無謀な事はしないでほしい。

「分かった。悪かった…………俺が悪かった。ごめんな、俺のせいで、ごめん」
 ワタルがベッドに上がってすがるように抱き付いてきた。
 あたたかい……生きてる。この熱が私に命があることを教えてくれる。
 くっついて共有する熱が心地良い、生きて触れ合えるのが嬉しい。
「会わないとか言ってたくせに、この子は…………」
「ワタル? ちょっと苦しい」
「くぅ、うっしゃい、こんくらい我慢しろ」
 ワタルの声も体も震えだして腕に力が込もって放してくれそうにない。

「あ~…………そうね、しばらく我慢してあげなさいフィオ。親しい相手でもこんなくしゃくしゃな泣き顔なんて見られたくないだろうし、私はどんな表情だって見ていたいけど」
「泣いてるの? ……私も見たい」
 すぐ傍でしゃくりあげる声が聞こえる。
 ワタルが私の為に泣いてる……すっごく見たい。
 どうにか抜け出そうともがいてみるけど今の私にはワタルの拘束からすら抜け出す力も入らなくてされるがままになってる。

「フィオはまたの機会ね。今は私が独り占めぇ~」
「うわっ、抱き付くなよ」
 む~っ、私の為に泣いてるのになんでティナが一人占め……私の為の涙見たいのに。
「いいじゃないこのくらい。本当に無事でよかった」
 雫がいくつも落ちてきて私の雫と混ざって頬を伝い落ちてく。

「はぁ~あ、それにしても、まさかフィオに取られちゃうとは思わなかったわ」
「取られるってなんだよ?」
「好きなんでしょ? フィオの事」
「好きだけど――」
 っ! 不意打ちは……ズルい。
 嬉しいの気持ちと体が燃えそうなくらい恥ずかしいので身体が破裂しそう。
 でもワタルに抱かれてる陰でどうしようもなく顔が緩んでる。
 大切とか大事は言ってくれるけど好きは初めてかも。
「けど?」
「…………んん? これは……あれ? えっと、どっちだ?」
「どっち、って何が?」
「いや、これはどっちの好きなのかなぁ、と」
『は?』
「ちょっと、前にフィオに偉そうに言ってたのに自分の気持ちが分からないってどういう事?」
 本当にティナの言う通り、私の好きは違うって言ったくせになんで自分の事が分からないの?

「いや、俺があんな事言われるってのは信じられなかったし、そういう経験も無いから異性への好きってのは分かんないし――」
 信じてなかった……? 経験がない? 流石にこれは怒りたい。
 私は本当にワタルと家族になりたかった。ワタルと同じ名前が欲しかった……なのに、信じてなかったなんて。

「なら初恋なんですね!」
「いやぁ、どうなんでしょ? 大切の度合いはフィオとティナに殆ど差はない気がするし、これが異性への好意だとするなら俺って無節操というか、八方美人というか…………なんか嫌なんですけど」
「やったぁ! なら私にもまだ可能性があるのね。平等にしてくれるのなら独占できないのも我慢するわ」
 ちょっとむかむかしてきた。
 私とリオとティナの差について問い詰めたい。

「リオは?」
「ん~? たぶん同じくらい? ……え? ちょっと待てまて、俺って女好き? 遊び人? 違うよな? そういう感情じゃないよな?」
 リオと同じなら許すけど……ワタルのばか。
 さっき凄く嬉しかったのに……部屋の隅で頭を抱えてるから本当に自分で分かってないみたい。
「本気で悩んでますね」
「本当に自分で分かってないのね。ワタル、流石に少し呆れるわ。ワタルー? いつまでそうやって頭を抱えているつもり? いいじゃない女好きでも、英雄色を好むと言うし、私は気にしないわよ」
「私は嫌」
 出来れば独り占めがいい、でもリオなら許すけど……やっぱり独占はしたいって思う。

「ティナ様はおおらかというか何というか……いいんですか?」
「いいわよ? 私も傍に居させてくれるのなら、だからもう悩まなくていいじゃない」
「いや、だって分かんないとなんかモヤ――るぅうううううううう!? ちょ、なんだこれ!? なんでこんなもんがあるんだ?」
 鳥とか虫とか、獣が獲りそうな収穫物が並んでるのに気が付いてワタルが顔をひきつらせてる。
「それもさからフィオへのお見舞い品よ。昼間はずっとフィオの傍に付いてたんだけど、夜になると抜け出して朝方にそれを銜えて帰ってきてたのよ。ワタルと違って随分熱心にお見舞いしてたわ」

 あんなに沢山……もさも心配してくれたんだ。
 はっきりとは思い出せないけど夢の中でももさに呼ばれて、それで私は目覚めたような気がする。
 ワタルがくれた私の友達――もさの気持ちが嬉しくて胸の中がぽかぽかする。

 ワタルに出会ってから色んな事が起こる――色んなものを得る。
 そのどれもが私にとって得難いもの――得難い経験……苦しいのも嫌なのもあるけどその分嬉しいが際立って、大切がより大切になっていく気がする。

 もさの収穫物を片付けるのに一悶着あった後日本政府の高官が訪ねてきた。
 異界者の救出についての相談と日本でのワタルの処遇を伝えられた。

 そして私とティナの怒りは限界を迎えた。
 私の事を悔やんで自棄になって死を受け入れようとしたなんて許せない。
 お仕置きはしたけど……生きてて欲しいって私の気持ち分かって欲しいのにちゃんと分かってなさそうでため息吐く。
 自分だって同じような事をするくせになんで分からないの……。

 そこからの話はもう聞く気がしなかった。
 ワタルがこの国でどう扱われても私の気持ちは変わらない、ワタルに悪い影響が出るならさっさとヴァーンシアに戻ってしまえばいい。

 ティナとワタルはもさが居れば恐らく戻るだけなら出来るかもしれないって情報は高官に与えなかった。ワタルは何かを警戒して、ティナは真意を計ろうとして、どっちにしても話すべきじゃないって一致してるなら私が言うことはない。

 目覚めたばかりで少しはしゃぎ過ぎたかもしれない。高官が退室を口にする頃には体の重さに囚われてベッドに横になった。

 気を遣ったワタルとティナも出て行った。
 一人……最近はずっと誰かと一緒だった。ワタルの傍に居ない時なんて殆どなかった……だからもう……私はひとりぼっちは嫌。

 虚ろな意識で寝返りを打ってもさを抱え込む、あたたかい――あの時、私は死んだと思った。それでも生きたいって願って――願って、誰かに会った……? 何か話した?

『君はいずれ人ではなくなりやがて居場所も失う。人の枠から外れると言うのはそう言うことなのだよ』
 不意に頭の中に響いた声の言葉にはっと目覚めて身をすくめる。
 居場所を失う? 私の居場所――ワタルとリオを失う? ……言葉の真意は分からない。

 どう失うの……それは抗えるもの? それとも――。

 少しだけ怖いと思った瞬間病室の扉が開いた。
 ワタル……? こんな夜更けに? でもワタルの表情は暗く思い詰めてて声を掛けるのを躊躇わせた。

「フィオ……生きてる……よかった」
 薄目を開けて見るワタルは泣いていた。
 まるで昼間の続きみたいに泣き出して私に触れて生きてるのを確かめながら何度も何度も謝る。

 そうして泣きながら眠りに就いたワタルは私にすがったまま今も震えてる。死にすら飛び込む馬鹿とは思えない程の弱々しさで……。

「フィオ……」
「居るよ、生きてる」
「ずっと……一緒に……」
 寝言でもずっと一緒に居たいって言ってくれて嬉しい。
 ワタルの頭を抱いてゆっくり撫でる。
 いつもと逆だけどこれはこれで落ち着く。
 いつか失う――その言葉が胸の奥をじくじくさせるのを振り払うように眠りに就いた。
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