黒の瞳の覚醒者

一条光

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番外編~フィオ・ソリチュード~

傍に居て欲しい人

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 日本人には底がない。
 この時私はそんな事を思った。
 だって、たかが水遊びの為にこんなに巨大な施設を作ってる。
 凄い技術が溢れて民全てが衣、食、住、どれも満たされてるのに娯楽まで更に上をと求めてる。
 上に立つ人間が独占しようとするアドラだとあり得ない事ばかり。

「な、なによここ…………」
 とぐろを巻く水路、輪になった流れる水路、波打つ池、なんでこんなものを作ったのか理解できないものばかり。
 私は驚きで立ち止まり、ティナは震えて――。

「なんなのよここは――」
「ここは――」
「変態がいっぱいいるわ」
 変な事を言い始めた。
 水着を水遊び用のものと理解してなかったティナが騒ぎ立てたけどワタルが説得したら更衣室まではずんずん進んで行った。

 更衣室までは……。
 私と惧瀞はさっさと着替えて日焼け止めというのも塗ったけどティナがいつまでももじもじして水着を睨み付けてる。

「うぅ~、まさか他の男の前で肌を晒す事になるなんて……ワタルを喜ばせる為に過激なものを選んだのは失敗だわ」
 胸に水着を当ててこぼれるかもしれないって顔を青くしてる。
「早くして」
「……今考えてるのだからもう少し待ってなさい。姫たる私が好きな相手以外にも肌を晒す事になるのよ!」
 面倒くさい……惧瀞のと比べればティナのやつの方が布地は多そうだけど、多分このままだとずっと悩み続けそう。

「ならティナはずっとここで待ってればいい。私だけワタルに褒めてもらう」
「うっ……分かったわよ! 着るわ。貧相な体のフィオに負けるわけにはいかないんだからっ」
 貧相……ちょっと胸に肉が付いてて揺れるだけのくせに……ティナとか惧瀞がおかしいだけのはず。
 さっき見た他の女だってぺたんこなの結構居た。ティナと惧瀞が大きすぎるだけ、絶対。

「お待たせしました。着替えて日焼け止めを塗って準備は出来てたんですけど、なかなか更衣室を出られなかったもので……ほらティナ様、如月さんに見てもらう為に選んだんですから見てもらわないと」
「うぅ~、ワタルには見てもらいたいけれど、その他が居るのは不快だわ」
「ふ、不快…………」
 ティナに嫌なものを見る目を向けられた男が一人崩れ落ちた――振りをして下から舐め回すように見上げてる。

「ワタル、その……どう?」
「んあ? なっ!?」
 男の視線が外れたと思ったティナが惧瀞の陰から出て身を晒すとワタルが固まって動かなくなった。
 視線を外したりティナに戻したり忙しく動いて結局ティナの方に帰っていって顔を赤く染めている。

「変?」
「へ? いやいや、似合ってると思う。ちょっと大胆過ぎる気もするけど、似合ってるのは本当」
 私の方が先に見せてたのになんでティナばっかり……何度も確認するティナにワタルも何度も繰り返す。
 やっぱり大きくないとだめ?

「よかったですねティナ様」
「ええ、ワタルの為に選んだ甲斐があったわ」
「ワタル、私は?」
「フィオちゃんめちゃくちゃ可愛いよ。凄く似合ってる! もう最高だよ! 今日の思い出に是非俺と写真を一枚!」
「写真? …………絶対に嫌」
 ワタルが口を開こうとしたのを遮って同行してる男が褒めてくるけど私が欲しかったのはこの男の言葉じゃない。
 どうもこの男の視線は絡み付いてきて気分が良くない。

 知らない男の言葉じゃなくてワタルの言葉の続きが聞きたくて羽織ってる服を引っ張って催促する。
「ん? あぁ、その……似合ってて可愛いと思うぞ」
 ティナの時より短い言葉――でも、私の方を見て上気してるワタル顔を見たらなんか満足した。
「そう」
 ワタルのが移ったかも、顔、熱い……。

「なぁフィオ、柄が縞々な理由って――」
 気付いてくれた。ワタルの為に選んだの分かってくれた?
「ワタルが好きって言った」
「言ったけど……」
「嬉しい?」
「………………」
 返事をくれないからじっと見上げてみる。
「分かった分かった。フィオに気にしてもらえて嬉しいよ、だからあんま見上げんな。髪型変わってるし可愛いからいつもより破壊力があるんだよ……」
 ワタルの言葉も破壊力ある……胸が、ちょっとうるさい。

 なんだかワタルがずっと見てくる。
 嬉しいけど、落ち着かない。水着ちゃんと着れてない?

「ワタル? ……やっぱり水着、変?」
「へぁ? なんで?」
「ずっと見てた」
 ワタルの視線が上から下に下りてきて……急に恥ずかしくなって隠したくなるけどズボン穿いてないし靴下も――上着もないから隠せなくて変な内股になってもじもじしてしまった。

「かっわいいなぁ! 可憐! 恥ずかしそうにもじもじしてる姿がなんとも愛らしい! やっぱり小さいってのは――ごほっ!?」
 この男のおかげで恥ずかしいのは消し飛んだ――嬉しいと一緒に――。
 はティナ達と比較されてるみたいで今一番聞きたくなかった。

 男の手を取ると怪我をしないように加減して一応水場の方に放り投げたら――予想外に水面を跳ねて飛んでいく。
「フィオ、お仕置きするのはいいけど加減しないと駄目だ。あんなに飛ばして他の客に当たったらどうする気だ」
「当たらない方向に飛ばした…………それに、手加減もしたはずだったのに、なんで?」
 おかしい……あんなに飛ぶほど力を入れたつもりなかった。
 軽く水に落とす程度だったはずなのに――。

 拳を握っては開く、力の入り方が前と違う……これは何? 私の体、どうなってるの……?
 全身くまなく集中して少しずつ力を入れてみる――やっぱり今までとどこか感覚が違う、自分が思ってる以上に力が入る感じ――。
「ほらフィオ行くぞー」
「ん」
 直近の出来事で原因になりそうなもの……ワタルの血? 私を生かしただけじゃなくて力も与えるの……? それとも感覚だけが狂ってる? 強くなれてるなら望むところだけど。
 とにかく普段は今までよりもっと抑えないと、誰かに怪我させたらワタルに怒られる。

 水遊びなんて初めてのことなのに泳げないティナに合わせてワタルは浅いところで泳ぎを教えてばかりで構ってくれない。

「ほらティナ、水に浸かるくらいは平気だろ?」
「え、ええ、そのくらいは平気だけれど、本当に泳いだ事ないのだから手を放さないでよ」
「はいはい。フィオは泳げるんだよな?」
「泳げなかったらワタルは今頃海の底」
「あぁ~、だよな。あの時はもう死んだと思ったもんなぁ」
 ワタルが構ってくれないからティナに泳ぎを見せつけながら体の感覚のズレを調整していく。
 抑えるの少し難しい、それにずっと抑えてると我慢してるみたいでもやもやしてくる。

「う、海の底って……何があったんですか?」
 惧瀞が顔をしかめて詰め寄ってる。
「あ~、怪獣大決戦? そんな事より、フィオはその泳ぎ方難しくないのか?」
「泳ぎ方なんかあるの?」
「こんなのとか、こんなのだな。他にもバタフライとか背泳ぎとかもあるけど、俺は出来ねぇ」
 ぷかぷか浮かんで水を掻く以外の泳ぎ方をワタルが見せてくれる。
 少しぎこちないけど見せてもらった通りにしてみたらもっと速く泳げるようになった。

「おおー、見ただけで覚えたのか、すげぇなお嬢。ならこれはどうだ?」
「こう?」
 遠藤って男が見せたのは飛び跳ねるみたいに両手で水をかいて両足で水を蹴る方法。
 ワタルが見せてくれたのより体の動かし方が難しいけど……こう?
 抑えながらあの形にするのはすごく窮屈……ワタルはまだティナばっかりだし――。

 構って欲しくて遠藤の泳ぎ方で突っ込んで飛び付いてみた。
「まぁまぁ、少しやってみよう? 俺もあんまし上手くないけど教えるか――らぶっ!? 何してんだ……前見て泳げよ」
「ティナばっかり構ってる」
「泳げないんだから仕方ないだろ? 少し教えたら大丈夫なはずだからも少し待ってろ」
 むぅ、夜寝てる時は震えながら甘えてくるから私が構ってあげるのに――怪我が治ったの分かったら構ってくれる頻度が減ってる気がする。

「やるなお嬢、完璧じゃねぇか。よっしゃっ、勝負だお嬢! このプールの端から端まで、何知らん振りしてやがる結城、てめぇも参加だぞ。西野も、勝てばお嬢に認めてもらえるぞ。宮園も姫さんばかり見てないで参加しろ」
 普通の異界者と勝負……? 普段なら無駄なことだってこんな提案乗ったりしない――でも今はちょっと発散したい。

「なんで俺まで……俺は仕事で来ているんだ」
「やる、俺はやるぞぉおおおおおおおっ!」
「俺だってティナ様にいいとこ見せて挽回するぜ!」
「お嬢たちを楽しませる為に来てるのに仏頂面で傍に居られるとシラケるんだよ、ここに居るんだから参加は当たり前だ。そら位置につけ、全員いいか? よーい、スタート!」

 男達が水に入ったのに合わせて私も飛び込む。
 男達は綺麗に泳ぎながら進んでいく、ずっと不機嫌そうにしてた男が一番に端に着いて壁を蹴って戻っていく。

 速いってことはあれが一番整った形――こんな感じ? 男の動きに合わせながらさっきまでより力を入れてみた。
 加速する。
 水の中だと動きが制限されて多少力を入れても大丈夫みたい。
 なら、もう少し――。

「くっ……はぁ、はぁ……速いですね。まさか追い抜かれるとは……混血者の方というのは全員がそのように身体能力が優秀なのですか?」
 最初の場所に戻る前に男を追い抜いた。
 ちょっと楽しい。
「性能はまばら、でも父親が異界者なら全員異界者よりは強い」
「なるほど、天性のものですか……だがまだ完敗したわけじゃない。別の泳法でも一戦お願い出来ますか?」
 男が初めて笑った気がした。
 身体能力は届かないって教えたのに挑んで来るならたぶんもっと技術を持ってる。
「ん、いいよ。私ももっと動きたい」
 全部見て覚える。

 泳ぎ終えて水から顔を出して息を吐く。
 全部勝った。
 普通の人間を相手に勝ってもしょうがないと思うけど、泳ぐ技術は男達の方が上だったからちょっと気分が良い。
 泳ぎ方も覚えたからもしまた海に落ちてもすぐにワタルを助けられる。
「勝負はどうなったんですか?」
「あぁ…………全戦全敗、今日初めて覚えた泳ぎなのに全く勝てやしない。その上犬掻きにまで負けたんだぜ? 鍛えてんのに自身無くすよぉー」
「凄いのは知っていたが、年下の少女の犬掻きに負けるなんて…………」
 全部負けた後よろよろと惧瀞の方に行った遠藤と結城はプールの縁に手をついて落ち込んでる。
 楽しかったけど、やっぱりワタルと遊びたい。

 ようやくティナも泳げるようになって惧瀞が買ってきた特大の玉で遊ぶことになった。
「せっかく惧瀞さんが買って来たんだし、全員でこれで遊ぶか。少し面白くする為に何か……被弾が一番多い人は罰ゲームで、被弾のカウントは手以外に当たった場合にして、一番多くヒットさせた人には何か賞品を――」
 一番になったらワタルが何かくれるみたい。
 全部言い終わる前に男達がワタルを狙い始めた。
 ワタルを集中攻撃してる男達から玉を強奪してそれを使ってワタルに体当たりする。
 一番は私、私がいっぱい遊んでもらう。
 玉の弾力でぽよんぽよんしながら何度もワタルにぶつかって回数を稼いでいく。

 一緒に居る周りの人間が笑ってる――私も笑ってる。
 アドラに居た頃だと考えられない今。
 は畏怖と侮蔑と嫌悪でしか混ざり者を見ない――はずだったのに……今私は人と人として笑ってる。
 あの時ワタルに抱いた興味がこんなに色んな事に繋がってる。
 こんなにあったかい――。
 でも、足りない。リオが居ない。
 だから、早く帰りたい。
 そしたら今度はワタルとリオとティナの四人でもっと笑えるはずだから。
 疼く胸をそっと押さえた。

「ねぇワタル、ずっと気になっていたのだけれどあれは何?」
 玉遊びを終えてティナが指差したのはのたうつ大蛇みたいな水路。
 私も変な水路気になってた。
「ウォータースライダー、滑って遊ぶものだな。行ってみるか」
「滑って楽しいの?」
「まぁ一回やってみればいいだろ」
 上る途中で滑り降りる人の騒がしい声が聞こえる。
 騒がしいのは女と子供の声、でも一様に楽しそうな声音をしてる。

 滑り降りたら一緒に滑った男と抱き合って――口付け……してる。次のも。
 ああする決まり……?
 並んでた列が消化されて私の番が来た――っ!?
「お嬢、立ったまま滑るのが通だぞ」
「ん」
 遠藤に返事して慌ててワタルの手を取った。
 西野が割り込んできそうだった。
 知らない男と一緒に滑りたくない、ましてや抱き合うのは嫌。

「ん、って――おい!? ぎゃぁああああああああああっ!? 行くなら一人でいけよぉおおお」
「? 一緒に滑るものじゃないの? 前の二人は一緒だった」
 水路に引っ張り込んで下り始めるとワタルが抱き付いてきた――も、もうするの……?
「伏せろっ――と、危なかった」
「ぶぶぶぶぶぶっ」
 ワタルが迫ってきたかと思ったら頭を押さえつけられて水が顔に叩きつけられるみたいでちょっと痛い。
「ああっ!? 悪いわるい、押さえ付けたままだった」

 どうにか滑り終えたけど楽しくなかった。
 水路に口付けして水を浴び続ける拷問みたいだった。
「フィオだいじょう――ぶっ!? ちょ、お前水着どこやった!?」
 目を擦っていると覆い被さるようにしてワタルが……その、私の……胸を……掴んだ。
「っ!? ……触りたいの?」
「ちっがーう! 水着! 無くなってんの! どこ行ったんだ? 確かに急だったし水も凄かったけど、どこか…………お前も探せ、水から上がれないぞ」

 ワタルは慌てて水面に目を凝らして水着を探してくれてる。
 自分が何に手を当ててるのか忘れたみたいに必死に……。
「ワタル、自分で隠すからいい」
 いっぱい揉まれた……気がする。
 恥ずかしくて水の中なのに熱いくらい……。
「あ、ああ、ごめん。なら俺が探すから水に浸かって隠れてろ――ってあった」

 私たちに遅れて水路から水着が流れてきた。
 あれのせいで……。
「ほれ、今度は外れない様に少しきつめに結んでおいた方が良いんじゃないか?」
「やって」
 肩まで水に浸かって背を向けた。
 一緒に水浴びしたことあるし、お風呂だって……なのに、最近ワタルは私をすぐ揺らす。 
 それとも私が揺れやすくなった……?
 嬉しい事もいっぱいあるけど、自分でどうしたらいいのか分からない気持ちもいっぱいある。

「これでいいか? きつ過ぎないか?」
「いい…………」
「あ、あ~、どうだった?」
「顔が痛かった」
 そう、私はワタルと笑えるって思ったのにこれは楽しくなかった。
 
「ティナが呼んでる」
 私たちの後から誰も来てない。
 ワタルが居なかったら滑らないって列を止めるティナの姿が簡単に想像出来た。
 案の定ワタルが上に行ったら列が動き始めた。
 ティナが水路に押し込んでワタルは下敷き……さっきの私みたい…………。

 下まで速度を落とさずに来たティナは最後に綺麗な形で水路からプールに落ちた。
 でもワタルは……流された洗濯物みたいに終端に辿り着いて――。
 ボチャってプールに落ちた。
 哀れ。

 そうして、髪が張りつきすぎの顔で――。
「これ顔が痛いな」
「うん」
 私はワタルと固く握手した。

 水遊びの施設を出ると今度は浴衣に着替えて日本のお祭り。
 アドラにも祭りはあったけど――。
 こんなに人の溢れかえる祭りは見たことがない……そもそも私は祭りが何をするものなのかよく知らない。
 ただ騒がしいそれをを終えた帰りにただ通り過ぎる。
 それだけ――。

「ほらフィオも」
 人の多さを呆然と眺めてたらワタルと腕を組んだティナが反対側を指してる。 
「ん」
 ワタルは困り顔だけど理由をもらった私は空いてる腕にしがみついた。
 触れた腕は出会った頃より筋肉質になって逞しくなってた。
 成長してる。

 ワタルに引っ付いたら同行の男二人が騒がしくなったけど放っておく。
 ちょっと不思議なのはワタルがそわそわして二人の視線から私たちを隠そうとし始めたこと。
 守られるのは不思議な気持ち――あったかい気もしてほわほわする。

 お祭りは騒がしい。
 屋台に人が密集して肩をぶつけるみたいに通り過ぎていく。

 この人の多さは流石に……それに日本の気候も加わってすごく暑い。
 屋台の店主たちの声はうるさいくらいよく通る。
 客に声をかけて、笑顔で商品を渡す。そして客は笑顔で離れていく。
 こういうのを活気があるって言うのかもしれない。

 昼間もだけど周りが楽しそうにしてる場所に私が居るのが不思議、人間はみんな混ざり者わたしたちを嫌悪するから――。
「あれは綿菓子だな」
「ワタル菓子?」
 祭りの様子に目が回って話の前後を聞いてなかった。ワタル菓子ってなに!?
 ワタルがお菓子を作ってくれるの?
 それとも――。

「航じゃなく綿だ、綿! あっちには綿ってないのか? 布団とかの詰め物――ていうか惧瀞さん笑い過ぎ」
 なんだ……ワタル菓子はないんだ……少し残念――。
「ご、ごめんなさい。なんだか可笑しくって、お詫びにワタル菓子買ってきますね――あっ…………」
 やっぱりあるの!?
「いいですよ別に、今日は俺持ちが決定事項ですし、フィオとティナと他にワタル菓子が要る人は?」
 一体どんな菓子なんだろう? 日本人の作るものだからきっととんでもない菓子が出てくるはず。

「ほれ、ワタル菓子」
 渡されたのは棒の刺さったモコモコふわふわな物体……毛玉? これを食べるの……? 甘い砂糖の匂いがする。
 舌先でちょろっと舐めてみる。
 甘い――口に含むと簡単に消えてしまった。
 不思議なお菓子……日本は面白いものばかり、リオにも見せたい。
 少し胸がチクってした。

「ワタル、これ美味しいのだけど、手がベタベタになるわ」
「あ~、ほら、ウエットティッシュ――うわぁ…………フィオは口の周りもベタベタじゃないか、こっち向け」
「ん」
 ふわふわにかぶりついてべたべたになった所をワタルが拭ってくれる。
 優しい目……ワタルもリオもこの目を向けてくれる。あったかい――。

「う、羨ましい! その役代わってください」
「っ!?」
 ほわほわした気分になってたのに背後の気配に驚いてワタルの後ろに隠れて西野を睨み付ける。
 この男はいっぱい褒めてくるけどワタルの時みたいにほわほわしないから嬉しくない。
 まだ自分の体を全部掌握してないから不意の接近は止めてほしい……反撃して何かあったらワタルが怒る。

 喧騒の中をワタル達と歩いて見たことのない物を沢山見て、沢山食べて、お祭りの遊びもして――知らない事を沢山経験した。
 楽しい――楽しかった。
 だから胸が痛いんだと思う。
 私だけここに居る、リオは待ってるのに私だけここに。

「やっと来た。遅いよ綾ちゃん~、花火が始まるのギリギリだよ」
「ご、ごめんなさい。ちょっと熱中してしまったので」
 別行動だった遠藤達に合流するとみんな空を見上げ始めて――。
「きゃっ!? 何なのこの音は!?」
「お~始まった。花火だよ、上見てうえ」
「上? わぁ~! なにあれ!? 空に花が咲いてるわよ!?」
 上を差すワタルにつられて空を見ると――暗い夜空に星たちを霞ませる大輪が咲いてた。
 日本人は娯楽の為に空に花まで咲かせるの……?

「あれが花火、夏の風物詩の一つだな……楽しい?」
「ええ、とても。危険な武器を持っていたり嫌な人間もいるけれど、この世界は温かい物や素敵な事で溢れているわね。ワタルの世界が見られて良かったわ。きっとナハトは悔しがるわね、戻れたら連れて行けとせがまれるわよ?」
 答えるティナは穏やかで、ワタルが私に向けてくれるような目をワタルに向けてた。
 でも、ティナの言葉は私の胸を刺した。
 私だけここに居るの、リオ、怒るかな……。

「フィオはどうだ?」
「楽しい、でも…………リオも一緒がよかった」
 この先もう無いかもしれない経験をした。
 それでも私の意識はリオの事から離れない。
 楽しい、嬉しいって思ったらリオに悪い事をしてる気分になってくる。
 リオもワタルの事が大切なのに私だけ――。
 大切な人はどうしても二人とも一緒に居てほしい。

「そっか……こういう祭りは無理かもしれないけど、戻ったらあっちの世界の祭りに行こう? きっとあっちでも楽しい事があるって」
「約束?」
「ああ、約束だな」
「うん」
 ワタルは私の気持ちなんて分かってないのかもしれない。
 それでも分かってくれる――私がしてほしいことを――欲しい言葉をくれる。

 だから、だからね――私は二人の為に生きるよ。
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