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番外編~フィオ・ソリチュード~
残されたもの
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暗い地下通路には死の臭いが充満していて嗅覚じゃ追えそうになくて手探りで奥へと進んでいく。
腐臭が酷い……そういえばこの区画に入って地下に下りるまでに死体を見ていない。
片付けに入ってないのに死体が見当たらなかったって事はここに持ち帰って……これはたぶんその臭い。
そして死体が減ってきたから今度は生きてる人間にってことなんだと思う。
瓦礫の木片で作った松明で照らして見る限り地上の荒れようと違って地下通路は崩れてる所もなく歩くのも問題ない。
ただ、奥へ進むごとに散らかされた残骸が増えていく。
今日はワタルと一緒じゃなくて良かったかもしれない、ここに来てたらきっと苦しんでたはずだから――。
悪意のある何かが背後に迫ったのを感じて前転しながら踵を振り上げて敵を打ち上げた。
天井にめり込んで血を滴らせる死体はやっぱり子供の姿をしてる。
ワタルが躊躇いそうな敵だ……本当に居なくてよかった。
幾度かの襲撃を退けて辿り着いた先には残骸の山があった。
鼻を突く腐臭の充満……近くに敵の気配はない。
この空気の中に長く居るのはよくない……空気の流れが、ある?
淀んだ空気が僅かに流れるのを感じて更に奥に進んでいく。
っ!? 飛来した何かを回避したものの、それに松明を撃ち抜かれてしまった。
闇の中を蠢く気配に神経を尖らせる。
飛び散った松明の燃えカスの小さな光、通路の先のいくらも照らせない。
地下の闇に小さな足音が聞こえる。
軽い素足の子供のような音……数はひとつ――止まった。
この闇の中でも感知出来る間合いのギリギリ手前、飛び散った松明の明かりの外側から私を窺ってる。
さっき地上で始末したものから推し量る強さは大したことはない、踏み込んで一気に距離を詰めればこの常闇の中でも確実に殺せる。
でも、私の間合いを察知して入ってこない勘の良さが引っ掛かる……色んなものを混ぜ合わせる能力で作られた魔物なら擬態以外の力を持っている可能性もある――退いた?
気配が遠ざかってる……最初は無警戒に足音を響かせていたのに今はそれを消してる。
追う? 退く? 明かりが無いまま追えば方向すら分からなくなるけど――。
空気が流れて来てる……腐臭の中に濃い血の臭いが混ざってる……流れがあるなら辿れば別の入り口は見つけられる。
警戒を解かずに壁に沿って歩いて分岐にぶつかるとまだ新しい血が足元を濡らしていた。
乾き具合と量から考えてまだ間もない、さっきのが居る――。
っ!? 聞き慣れた雷鳴が通路の奥から響いた瞬間弾かれたように駆け出す。
どうして、どうして……!
駆ける度に足元で血が跳ねる。
血が溢れてる、死が満ちてる――ここに、居るの?
肉を踏む感触のあと風を切る音が迫ったのを察知して天井まで飛んでタナトスで斬り付けて火花を散らせ僅かな明かりで敵を確認する。
敵は一体、体格はやっぱり幼い子供……ワタルは確実に躊躇う手合いだ。
それなのにこんな場所に居るの?
目の前の敵よりもワタルへの心配や不安が私を焦らせる。
また退いた……そう、闇を利用して奇襲と後退を繰り返して疲弊を狙う気――。
あれから雷鳴は聞こえない……響いた音は距離があったし流石に闇雲に走り回っては探せない。
次の奇襲で確実に仕留めないと――逸る気持ちを抑え込んで周囲の気配に意識を向ける。
今何か音が……この音は銃?
自衛隊も来てるの――。
「邪魔ッ!」
私が別のものに気を向けたのを隙だと踏んで襲いかかってきた敵の攻撃を躱して突き出された部分を起点に細切れにしていく。
殺意や敵意は本物なのにまるで子供のような悲鳴を上げて敵は倒れた。
「まだ音がしてる……」
聞いたことのあるやつと違うけど銃の音に似てる。
ワタル一人が来てるわけじゃないのは少し安心したけどそれなら余計に私が付いて行くのを拒否したのが分からない。
合流して問い詰めないと――。
暗い通路を進み続けた先、丁字路の右手側に光を見つけた。
炎の明かりじゃない、日本人の使う道具の明かり――。
「ワタルっ」
「フィオさん!? どうしてここに!?」
角を曲がった先には銃をこっちに向けて構える惧瀞たちが居るだけでワタルの姿は見えない。
「ワタルは?」
「な、何の事でしょう……?」
「…………」
「ひぅ……」
「自衛隊がワタルをここに連れてきたの?」
誤魔化そうとする惧瀞に苛立って声に怒気を含ませると笑顔がひきつり始めた。
「綾ちゃんこりゃ無理だぜ、もうお嬢は来ちまってるんだし意味ねぇんじゃね?」
「あぅ……如月さんに怒られますぅ――そんなに睨まないでくださいよぅ、ここの調査を如月さんに依頼されたのは国王様ですよ。私たちは当然反対してました。如月さんが居ないと日本への帰還も不可能になりますし危険は避けていただきたかったですし……」
「俺たちゃ被害者だぜお嬢、あいつが依頼を受けるって聞かないせいでこんな胸糞悪い仕事を押し付けられちまったんだからな」
「どうして隠したの?」
「そりゃお嬢には黙ってるってのが同行を納得させる条件だったからな」
「どうして?」
「そりゃ本人に聞いてくれ」
「本人は?」
私の質問に黙り込んだ自衛隊の面々は顔を逸らしていく。
「どうして居ないの?」
「そ、そういうのやめてくれってマジで、心臓に悪いんだよっ」
睨みをきかせた私に遠藤が慌て始めた。
「ノミの心臓」
「るっせぇんだよ結城、誰がノミだこらっ!」
「うるさい、ワタルはどこ?」
「それが……こど――いえ、魔物に分断されてしまって、如月さんは二層くらい下に落とされてしまって」
私が一緒なら絶対守れたのに――どうして私を置いていったの……。
「穴はどこ?」
「あー……お嬢あそこは無理だ。崩されちまって埋まってる――睨むなって、地図は貰ってるから今下の層に向かってるところなんだ」
「貸して」
地図を出した遠藤から掠め取って目を通す。
なにこれ……ほぼ王都全域に地下通路が巡ってる、しかも五層も……クロイツ人はこんな大規模なものを作り上げたの?
これはまずい……魔物が居る空間で一ヶ所に留まり続けることはないだろうし全く違う方向に進んでる可能性も……。
「交信は?」
「フィオさん落ち着いてください、合流地点は決めてあります。三層にあるこの開けた空間、ここで落ち合う事になってます」
私が焦っているのを察した惧瀞がとても優しい声音で目的地を教えてくれた。
「にしてもこの地下迷宮凄いっすよね……これだけ広範囲の地下に五層もの通路を作るとか、文明レベルから考えたら異常じゃないっすか?」
西野が言うのも少し分かる。
クロイツは昔の魔物との戦いにも参加してる歴史のある古い国、王都を移したってのは聞いた事がないし今よりももっと昔にこれだけの物を作れていたなんて異常に思える。
「だよなぁ、どうなんだお嬢、こういうのって他でもあるのか?」
「こういうのって?」
「だからこういう大規模な建築物って事だよ。この世界の技術から考えて作れそうにないものだろ?」
「……私はアドラしか知らないけど、アドラにはない……と思う」
「クロイツだけの物なんでしょうかねぇ、超文明の遺産とかだとわくわくしちゃいますね。戻ったらその辺のお話を聞いてみたいところですぅ」
暢気な事を口走った惧瀞を睨んで足を早める。
ワタルは弱くない、それでも不安が消えないのは敵の姿のせい。
擬態魔物相手に一度失敗してるって聞いてるから警戒はするだろうけど……どうしても胸騒ぎがする。
一層から二層への傾斜を下りきると一段と残骸が増えた。
「ひでぇなこりゃ……これ人間のだけじゃねぇよな。共食いもしてんのかよ」
「静かに――これは……泣き声か?」
「子供、ですね」
「はっ、こんな場所にまともな子供が居るわけねぇじゃん。今更擬態とか意味ねぇっつの」
全員が敵だと理解してる。
無視して進んでしまいたかったけど声が聞こえるのは進む先から、声が囮の可能性を考えて後方も警戒して惧瀞たちは慎重に、それでも足早に進む。
十字路の中央に子供が座り込んでいた。
「お姉ちゃんたち誰? 助けに来てくれたの?」
明かりが自身を照らしたことで立ち上がり歩み寄ろうとする子供に惧瀞たちが銃口を向けて牽制している。
「動かないで、あなたはどうしてここに居るんですか?」
「綾ちゃん無駄だって、行方不明者だってこんな空間じゃ生きられないって――」
「でも、確かめないと――」
「助けて、くれないの……?」
警戒を向けられた子供は踞って再び泣き始めた。
「どうして、どうして助けてくれないの? ぼく魔物じゃないのに、お腹減ったよ。ママに会いたい、迎えに来るって言ったのに……なんで、なんでなの?」
「迎えに? どうしてここに居るのか教えてくれる?」
敵だと理解してるはず、それなのに惧瀞は武器を下ろして話しかけてる。
「ひっく、ひっく……お姉ちゃんは助けてくれるの?」
「ごめんね、怖いよね。でもここには魔物も居るから……今までどうしてたのか聞かせてくれる?」
「ユノおばさん家にママと遊びに行った時にね、急に町に魔物がいっぱい出てきたんだ。そしたらママとおばさんが絶対入っちゃダメって言ってた扉にぼくを入れて後で迎えに来るからねって鍵を閉めたんだ」
王都が魔物に襲われた初期の話……? これまでここで生きていたなんてことをあり得ない。
全員がそれに思い至り惧瀞も少しずつ距離を取り始めてる。
「お姉ちゃん? どこに行くの? 助けてくれないの? もうひとりぼっちは嫌だよ。ママが来るまででいいから一緒に居てよ」
人間のように振る舞うそれは震えながら惧瀞に手を伸ばす。
「触るなッ」
惧瀞が一瞬躊躇いを見せた事で結城が威嚇射撃をしたのに驚いたようにそれは泣き喚いて私たちに背を向けて通路の奥へと歩き始めた。
「ママ、ママどこ? いつまで待てばいいの? ぼくもういっぱい待ったよ。ご飯食べたいよ、なんで迎えに来てくれないの? 約束したのに、すぐ来るって言ったのに……ママー!」
「まるで本物の子供みたいっすね……」
「だが実際は違う、こんな空間であんな子供が何ヶ月も生き延びるのは不可能だ」
「自我が残ってる可能性はないんでしょうか……?」
「自我が……?」
「あの子の話作り話ではないと思うんです。地下通路への出入口はいくつかの民家にもありますし、それにあの泣き様は嘘泣きとは違いましたし、だったら――」
「弄くられた上に自我が残されたってのか?」
惧瀞の推測に遠藤が顔を顰めた。
子供の自我を残した魔物……私は胸の中で不安が大きくなっていくのを感じた。
腐臭が酷い……そういえばこの区画に入って地下に下りるまでに死体を見ていない。
片付けに入ってないのに死体が見当たらなかったって事はここに持ち帰って……これはたぶんその臭い。
そして死体が減ってきたから今度は生きてる人間にってことなんだと思う。
瓦礫の木片で作った松明で照らして見る限り地上の荒れようと違って地下通路は崩れてる所もなく歩くのも問題ない。
ただ、奥へ進むごとに散らかされた残骸が増えていく。
今日はワタルと一緒じゃなくて良かったかもしれない、ここに来てたらきっと苦しんでたはずだから――。
悪意のある何かが背後に迫ったのを感じて前転しながら踵を振り上げて敵を打ち上げた。
天井にめり込んで血を滴らせる死体はやっぱり子供の姿をしてる。
ワタルが躊躇いそうな敵だ……本当に居なくてよかった。
幾度かの襲撃を退けて辿り着いた先には残骸の山があった。
鼻を突く腐臭の充満……近くに敵の気配はない。
この空気の中に長く居るのはよくない……空気の流れが、ある?
淀んだ空気が僅かに流れるのを感じて更に奥に進んでいく。
っ!? 飛来した何かを回避したものの、それに松明を撃ち抜かれてしまった。
闇の中を蠢く気配に神経を尖らせる。
飛び散った松明の燃えカスの小さな光、通路の先のいくらも照らせない。
地下の闇に小さな足音が聞こえる。
軽い素足の子供のような音……数はひとつ――止まった。
この闇の中でも感知出来る間合いのギリギリ手前、飛び散った松明の明かりの外側から私を窺ってる。
さっき地上で始末したものから推し量る強さは大したことはない、踏み込んで一気に距離を詰めればこの常闇の中でも確実に殺せる。
でも、私の間合いを察知して入ってこない勘の良さが引っ掛かる……色んなものを混ぜ合わせる能力で作られた魔物なら擬態以外の力を持っている可能性もある――退いた?
気配が遠ざかってる……最初は無警戒に足音を響かせていたのに今はそれを消してる。
追う? 退く? 明かりが無いまま追えば方向すら分からなくなるけど――。
空気が流れて来てる……腐臭の中に濃い血の臭いが混ざってる……流れがあるなら辿れば別の入り口は見つけられる。
警戒を解かずに壁に沿って歩いて分岐にぶつかるとまだ新しい血が足元を濡らしていた。
乾き具合と量から考えてまだ間もない、さっきのが居る――。
っ!? 聞き慣れた雷鳴が通路の奥から響いた瞬間弾かれたように駆け出す。
どうして、どうして……!
駆ける度に足元で血が跳ねる。
血が溢れてる、死が満ちてる――ここに、居るの?
肉を踏む感触のあと風を切る音が迫ったのを察知して天井まで飛んでタナトスで斬り付けて火花を散らせ僅かな明かりで敵を確認する。
敵は一体、体格はやっぱり幼い子供……ワタルは確実に躊躇う手合いだ。
それなのにこんな場所に居るの?
目の前の敵よりもワタルへの心配や不安が私を焦らせる。
また退いた……そう、闇を利用して奇襲と後退を繰り返して疲弊を狙う気――。
あれから雷鳴は聞こえない……響いた音は距離があったし流石に闇雲に走り回っては探せない。
次の奇襲で確実に仕留めないと――逸る気持ちを抑え込んで周囲の気配に意識を向ける。
今何か音が……この音は銃?
自衛隊も来てるの――。
「邪魔ッ!」
私が別のものに気を向けたのを隙だと踏んで襲いかかってきた敵の攻撃を躱して突き出された部分を起点に細切れにしていく。
殺意や敵意は本物なのにまるで子供のような悲鳴を上げて敵は倒れた。
「まだ音がしてる……」
聞いたことのあるやつと違うけど銃の音に似てる。
ワタル一人が来てるわけじゃないのは少し安心したけどそれなら余計に私が付いて行くのを拒否したのが分からない。
合流して問い詰めないと――。
暗い通路を進み続けた先、丁字路の右手側に光を見つけた。
炎の明かりじゃない、日本人の使う道具の明かり――。
「ワタルっ」
「フィオさん!? どうしてここに!?」
角を曲がった先には銃をこっちに向けて構える惧瀞たちが居るだけでワタルの姿は見えない。
「ワタルは?」
「な、何の事でしょう……?」
「…………」
「ひぅ……」
「自衛隊がワタルをここに連れてきたの?」
誤魔化そうとする惧瀞に苛立って声に怒気を含ませると笑顔がひきつり始めた。
「綾ちゃんこりゃ無理だぜ、もうお嬢は来ちまってるんだし意味ねぇんじゃね?」
「あぅ……如月さんに怒られますぅ――そんなに睨まないでくださいよぅ、ここの調査を如月さんに依頼されたのは国王様ですよ。私たちは当然反対してました。如月さんが居ないと日本への帰還も不可能になりますし危険は避けていただきたかったですし……」
「俺たちゃ被害者だぜお嬢、あいつが依頼を受けるって聞かないせいでこんな胸糞悪い仕事を押し付けられちまったんだからな」
「どうして隠したの?」
「そりゃお嬢には黙ってるってのが同行を納得させる条件だったからな」
「どうして?」
「そりゃ本人に聞いてくれ」
「本人は?」
私の質問に黙り込んだ自衛隊の面々は顔を逸らしていく。
「どうして居ないの?」
「そ、そういうのやめてくれってマジで、心臓に悪いんだよっ」
睨みをきかせた私に遠藤が慌て始めた。
「ノミの心臓」
「るっせぇんだよ結城、誰がノミだこらっ!」
「うるさい、ワタルはどこ?」
「それが……こど――いえ、魔物に分断されてしまって、如月さんは二層くらい下に落とされてしまって」
私が一緒なら絶対守れたのに――どうして私を置いていったの……。
「穴はどこ?」
「あー……お嬢あそこは無理だ。崩されちまって埋まってる――睨むなって、地図は貰ってるから今下の層に向かってるところなんだ」
「貸して」
地図を出した遠藤から掠め取って目を通す。
なにこれ……ほぼ王都全域に地下通路が巡ってる、しかも五層も……クロイツ人はこんな大規模なものを作り上げたの?
これはまずい……魔物が居る空間で一ヶ所に留まり続けることはないだろうし全く違う方向に進んでる可能性も……。
「交信は?」
「フィオさん落ち着いてください、合流地点は決めてあります。三層にあるこの開けた空間、ここで落ち合う事になってます」
私が焦っているのを察した惧瀞がとても優しい声音で目的地を教えてくれた。
「にしてもこの地下迷宮凄いっすよね……これだけ広範囲の地下に五層もの通路を作るとか、文明レベルから考えたら異常じゃないっすか?」
西野が言うのも少し分かる。
クロイツは昔の魔物との戦いにも参加してる歴史のある古い国、王都を移したってのは聞いた事がないし今よりももっと昔にこれだけの物を作れていたなんて異常に思える。
「だよなぁ、どうなんだお嬢、こういうのって他でもあるのか?」
「こういうのって?」
「だからこういう大規模な建築物って事だよ。この世界の技術から考えて作れそうにないものだろ?」
「……私はアドラしか知らないけど、アドラにはない……と思う」
「クロイツだけの物なんでしょうかねぇ、超文明の遺産とかだとわくわくしちゃいますね。戻ったらその辺のお話を聞いてみたいところですぅ」
暢気な事を口走った惧瀞を睨んで足を早める。
ワタルは弱くない、それでも不安が消えないのは敵の姿のせい。
擬態魔物相手に一度失敗してるって聞いてるから警戒はするだろうけど……どうしても胸騒ぎがする。
一層から二層への傾斜を下りきると一段と残骸が増えた。
「ひでぇなこりゃ……これ人間のだけじゃねぇよな。共食いもしてんのかよ」
「静かに――これは……泣き声か?」
「子供、ですね」
「はっ、こんな場所にまともな子供が居るわけねぇじゃん。今更擬態とか意味ねぇっつの」
全員が敵だと理解してる。
無視して進んでしまいたかったけど声が聞こえるのは進む先から、声が囮の可能性を考えて後方も警戒して惧瀞たちは慎重に、それでも足早に進む。
十字路の中央に子供が座り込んでいた。
「お姉ちゃんたち誰? 助けに来てくれたの?」
明かりが自身を照らしたことで立ち上がり歩み寄ろうとする子供に惧瀞たちが銃口を向けて牽制している。
「動かないで、あなたはどうしてここに居るんですか?」
「綾ちゃん無駄だって、行方不明者だってこんな空間じゃ生きられないって――」
「でも、確かめないと――」
「助けて、くれないの……?」
警戒を向けられた子供は踞って再び泣き始めた。
「どうして、どうして助けてくれないの? ぼく魔物じゃないのに、お腹減ったよ。ママに会いたい、迎えに来るって言ったのに……なんで、なんでなの?」
「迎えに? どうしてここに居るのか教えてくれる?」
敵だと理解してるはず、それなのに惧瀞は武器を下ろして話しかけてる。
「ひっく、ひっく……お姉ちゃんは助けてくれるの?」
「ごめんね、怖いよね。でもここには魔物も居るから……今までどうしてたのか聞かせてくれる?」
「ユノおばさん家にママと遊びに行った時にね、急に町に魔物がいっぱい出てきたんだ。そしたらママとおばさんが絶対入っちゃダメって言ってた扉にぼくを入れて後で迎えに来るからねって鍵を閉めたんだ」
王都が魔物に襲われた初期の話……? これまでここで生きていたなんてことをあり得ない。
全員がそれに思い至り惧瀞も少しずつ距離を取り始めてる。
「お姉ちゃん? どこに行くの? 助けてくれないの? もうひとりぼっちは嫌だよ。ママが来るまででいいから一緒に居てよ」
人間のように振る舞うそれは震えながら惧瀞に手を伸ばす。
「触るなッ」
惧瀞が一瞬躊躇いを見せた事で結城が威嚇射撃をしたのに驚いたようにそれは泣き喚いて私たちに背を向けて通路の奥へと歩き始めた。
「ママ、ママどこ? いつまで待てばいいの? ぼくもういっぱい待ったよ。ご飯食べたいよ、なんで迎えに来てくれないの? 約束したのに、すぐ来るって言ったのに……ママー!」
「まるで本物の子供みたいっすね……」
「だが実際は違う、こんな空間であんな子供が何ヶ月も生き延びるのは不可能だ」
「自我が残ってる可能性はないんでしょうか……?」
「自我が……?」
「あの子の話作り話ではないと思うんです。地下通路への出入口はいくつかの民家にもありますし、それにあの泣き様は嘘泣きとは違いましたし、だったら――」
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