黒の瞳の覚醒者

一条光

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番外編~フィオ・ソリチュード~

波間に消える

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「ふんふ、ふんふ~ん。さ、行くぞワタル」
「ぁぃ…………」
 ティアに時間を吸い出されて子供になったワタルがナハトに抱えられて出掛けていく。
「ずるい……」
「なのじゃ」
「そうよねぇ」
「まぁまぁ、ナハトさん普段は自制されてますし、たまにはいいんじゃないですか?」
「甘いわねリオ、ナハトってワタルのお風呂に乱入したり添い寝してワタルが眠ったら体をまさぐったりしてるわよ?」
「え……」
 リオが静かに怒りを纏い始めた……私もしてるけど黙っておこう。

「というか旦那様がでぇとする事になったのはティナのせいなのじゃっ!」
「ティナが悪い」
 船酔いしてたティナをワタルが介抱してた時に不満を言ったナハトが構ってもらう約束をしてたみたいで天明の用事が終わるまでの間デートするらしい……ずるい。
 私も構ってもらってなかったのに。

「ちょ、私ずっと介抱されてたけど二人の時間を楽しむ余裕なんて無かったのよ!? というかあなた達に船酔いの辛さが分かる!?」
「でも姉様、お兄様のマッサージを受けて幸せそうでした」
 船酔いの辛さを言って私とミシャを黙らせようとしたみたいだけどティアの言葉でティナの方が黙る事になった。

「ところでティナさん……」
「な、なにかし――ら……っ!?」
 私とミシャの視線から逃げられると踏んでリオに答えたところで顔を引き攣らせ始めた。
 私も……ちょっと、今のリオは怖い……なんでさっきより怒ってるの…………。

「どうしてティナさんはナハトさんがお風呂やベッドに忍び込んでいるのを知っているんですか?」
 あ~…………もう一人忍び込んでる存在に思い至ったんだ。
「うっ……だってだって、ワタルの寝顔ものすごく可愛いのよ! それにこう、こーんな感じで背中を擦るとすり寄ってきて自分からぎゅっとかしてくれる――し……っ!? お、落ち着きましょう? ね? ね? ひぅ……」
 墓穴を掘るっていうのはたぶんこういうこと……人間よりも圧倒的に優れてるエルフを怯えさせるリオの纏う空気の……。
 飛び火したら嫌だから私も外に行ってよ――ミシャに目で合図してそっと部屋から抜け出した。

「うぅ……リオが恐かったのじゃ……妾リオは優しく淑やかな普通の女子じゃと思っておったのじゃ……」
「リオはワタルの事とかだと結構怒る」
「そうなのじゃ? ふみゅ~……すごい迫力だったのじゃ……しばらく戻れそうにないのじゃ」
 宿屋の部屋からティナを叱る声が響いてる。
 怒るくらいならリオもしたらいいのに。

「暇になってしもうたのじゃ……じゃが妾の姿じゃと目立ってしまうし、港の商船の見物にでも――ってどこに行くのじゃ?」
「こっちから甘い匂いがする、美味しいもの買って帰ったらリオも落ち着くかも」
「おお、それは良い考えなのじゃ! ふむふむ、これは果実の匂いじゃなくて砂糖の匂いなのじゃ、良い菓子があれば良いのじゃが」
 ミシャと連れ立って屋台を回る。
 飴に焼き菓子、他にも海で獲れたものを使った軽食も売ってる。
 なにかリオが喜んでくれるもの、ないかな?

「見るのじゃフィオ、果実をまるまる飴で包んでおるのじゃ……なんとも大胆な料理なのじゃ――こっちのは装飾品の屋台なのじゃ?」
「お嬢ちゃんこりゃ飴細工だよ」
「なんと!? これは全部飴なのじゃ? おぉ、おおー、飴でこのような事が出来るとは驚きなのじゃ! 人間は面白い事をするのじゃ」
 興奮したミシャの気持ちを表すみたいに尻尾が忙しく揺らめいて耳もぴこぴこしてる。
 そして獣人の物珍しさから人が一人、二人と足を止めて集まってくる。
 少し、嫌かも……ワタルの大切なものが見世物にされてるようで、この視線は嫌。

「ミシャ、行こう」
「……そうじゃな、じゃがちょびっと待って欲しいのじゃ。店主、この青い花の飴を売って欲しいのじゃ」
「はいまいど! いやぁ、獣人のお嬢ちゃんに買ってもらえるとは光栄だねぇ」
 ミシャが買い物をしたのを見た他の屋台の店主がうちもうちもと騒ぎ始めるのを抜けて人通りの少ない路地に入り込む。

「リオに良い土産が買えたのじゃ、この飴細工はエテルノに似ておるのじゃ」
「エテルノ?」
「フィオの住んでた所にはなかったのじゃ? エテルノは強い花でな、季節が巡っても美しい姿のまま咲き誇るのじゃ――じゃ、じゃから……その、永遠を象徴するもので……あ、愛を交わす時や大切な約束を交わす時などにこの花の意匠の贈り物をしたりするのじゃ」
「ワタルにあげるの?」
「み、皆にやるのじゃ! わ、妾最初はこのような関係は不本意極まりなかったのじゃ、でもっ、今はすごく楽しいのじゃ……じゃからっ、皆との繋がりが永遠であればと……」
 ミシャが一輪の飴細工を差し出してきた。
 なんだろう……ほわほわする。
 でも、むずむずもして顔が熱い……。

 最初はティナが手を差し出した。
 あの時のミシャは本当に不満そうだった。
 でも今度はミシャが手を伸ばしてくれてる……みんなと居るのが楽しい――おんなじ気持ち、こんなのがずっと続けばいい、だから私も――。

 ミシャの手を取ろうとした時、通り過ぎていく男たちが黒い雷が空に昇ったのを見たと話しながら歩いていった。
「旦那様の黒雷の事なのじゃ?」
 町の中で黒雷――嫌な予感がする、あったかいので満ちてた胸に今は不安が差し込んだ。
 うっかり使ったか、それとも攻撃……?
 ナハトに抱えられたワタルは武器を持ってなかった。
 その上今は子供の姿、身体能力は並み以下――。

 私の足は自然と黒雷が昇ったという方へ走り出す。
「ま、待つのじゃフィオ! 旦那様はナハトと一緒なのじゃ、別にそのように焦る必要は――」
「ナハトは今のワタルの状態は理解してる。だからもしなにかあったらそもそも戦わせない、面倒な敵なら炎も簡単に使う――なのに火柱一つ上がらない」
「た、確かに……でも町の空気は落ち着いてるのじゃ、戦闘などあればもっと――」
「ならなんで黒雷が昇ったの? 戦闘じゃなくてもワタルが呼んでるのかもしれない」
 なんでこんなに胸騒ぎがするの?
 ミシャの言う通り何も無いかもしれない、ただ単に能力を披露しただけかもしれない。

 それだったら別にそれでいい、ただ――確かめないと落ち着かない。
「話ではこの辺だったのじゃが……静かなものなのじゃ、やっぱり何も――」
「捜す」
 能力披露の可能性は消えた。
 もし見せる為に使ったならもっと人が集まってる、なのにこの一帯には人の気配が極端に少ない。

「分かったのじゃ、フィオの勘を信じるのじゃ。手分けしてこの辺を捜してみるのじゃ」
「ん」
 時間を決めてどちらかが戻らない場合宿に報せに行く事にして私たちは別れた。

 どこに居るの……もし仮に、さっきの黒雷が抵抗の為の攻撃だったとしたらなんで一瞬、それも一度だけなの?
 対峙した相手に一瞬で負けた……?
 そもそもナハトは一緒じゃないの? ナハトなら今のワタルを戦わせない、代わりに焼き尽くす。
 なのに火の手すらあがってないからたぶん一緒に居ないかはぐれたか……。

 なんでワタルを狙うの……ワタルを、子供を狙う理由は――人買い?
 クロイツにもあんな貴族が居たくらいだからドラウトにも奴隷おもちゃを欲しがる権力者が居たって不思議じゃない。
 需要があれば供給する者が現れる、求めるのが地位のある権力者ならなおのこと、海賊が人さらいをしてるとも言ってたし奴隷市場がある可能性だって……。
 労働力なら混血者や男、子供を狙うのは玩具として色んな事を早い段階で仕込む為――。

 人さらいの思考……兵が駐屯してる陸なら同じ狩り場には長居しない、目的を済ませたらすぐに立ち去る――。
 どこへ? 陸路? 海路? ……そういえば、ミシャが宿を出た時に商船がどうとか言ってた。
 商船なら積み荷があっても怪しまれない。
 っ!? 屋根に上って港の方向を確認すると一隻出港の準備をしてるのが見えた――その瞬間私は屋根の上を全速で跳び駆ける。

 勘違いかもしれない、気のせいかもしれない――でも――。
 胸の奥がざわめく、嫌な感覚が胸に巣くって気持ち悪い――何も無いならそれを確認したい。

 マズい、もう本当に出港間近みたい――かろうじて港に辿り着いた時には渡し板が外されて船が動き出した――。

「フィオーっ!」
 っ! やっぱり船に――今、行くから――。
 やっぱり居た。
「なに?」
「っ!? ふぃ、フィオ~、お前どっから来た!?」
「町の人が黒い雷を見たって言ってたから、何かあったんじゃないかと思って町中を捜してた。そしたら丁度港を捜してる時にこの船からワタルの声が聞こえた。こんな所でなにしてるの?」
 マストに縛られて……なんでワタルは簡単に事件に巻き込まれたり問題を起こすの……そしてナハトは何してるの……あとで文句言おう。

「おいおい、あたしの可愛い子を勝手に解放されたら困るねぇ。お前らなに勝手に部外者乗せてるのさ」
 ワタルを縛る縄を切ると野盗みたいな空気を纏う女が不快な事を言った。
 あたしの……? ワタルは私の――私たちのもの、絶対に奪わせない。

「い、いえ船長、あのガキ桟橋から飛び乗ってきたんです」
「ガキ…………」
 久しぶりの感覚……ワタルは小さいのが良いみたいだからワタルからそういう扱いをされるのはあまり気にならなくなってたけど、こういう輩に見下されるのはムカムカする。

「瞳が紅いね。混血か……なかなか良い容姿をしてる。いい商品になりそうだ、捕まえたやつには味見させてやるからとっとと捕らえな!」
「いやぁ、俺ら船長や変態の金持ち共と違って大きくないと――ぶへっ!?」
 とりあえず馬鹿にした視線を向けてきた男を蹴り飛ばす。
 私を見下した分とワタルを攫った分、きっちり罰は受けて貰う。

「他人の船で随分と勝手してくれるねぇ。まぁこいつらはこのくらいじゃ死なないからいいけど、その子は返してもらうよ――っ!? 強化されてても元々身体能力が高い方の混血相手じゃ分が悪い、か」
 女は私の身体能力が高いのを理解した上で徒手空拳で向かってきた。
 動きは戦い慣れてるようだけど、それでも遅い。
 無策で向かってくるほど頭が悪いようには見えないけど……なにか狙ってるの?

「ワタルはあげない」
「へぇ、そいつワタルって言うのか。それにしても、お前とは男の趣味が合うみたいだ。別の出会い方をしたかったな」
 別の出会い方したらまた女が増える……クロエとかシロナ、ミシャは一緒に居てほわほわするけど――人攫いをするような輩は要らない。
「どうでもいい。帰る」
 港から少し離れたけどこの程度ならワタルを抱えたままでも泳いで戻れる。

「待てフィオ、あいつが持ってる宝石奪い返してくれ」
 抱え上げようとしたらワタルがもがいて女の持つ大きな黒い宝石を指差した。
 凄く大きい、貴族ですら手にするのが難しそうなものだけど、ワタルはあんなのに興味がある人じゃないと思うんだけど――。

「宝石? あんなの持ってた?」
「あれあいつの能力で取り出された俺の能力なんだ。戻し方分かんないけどとりあえず奪い返しておかないと本当にただのガキになっちまう」
 ワタルの能力!? 随分大人しくしてると思ったら……そうか、黒雷が一瞬で消えた理由も納得出来た。
 身体能力がただの子供ならいくら抵抗しようとしてもあの女の動きには対応出来ない。

「いいじゃないかただのガキ、あたしだけの物になりなっ」
 許さない。
 一部だとしても私のワタルから奪った。
 振り下ろされる剣速は普通の人間に比べれば確かに速い、でもそれだけ――私にはこんなものじゃ到底届かない。
 簡単に止められる。

「無駄だと分からないの?」
「無駄じゃないからするんだ。お前敵を殺さないように気遣ってるだろ、蹴られた連中だって吹っ飛び方は派手でも気絶してるだけだ」
「だからなに――」
 届きもしないくせに私を見透かして優越感に浸って女は笑う。

「フィオ後ろだっ!」
「知ってる」
 髪の毛の色以外が船長と同じ容姿の女が背後から武器も持たずに突貫してくる。
 動きのキレは船長よりも良い、それでも体の動き、その速さで分かる――この拳打に私を傷付けるだけの威力は無い。

「これがなに? 力じゃ私に勝てな――っ!?」
 当てる直前に拳を開いて船長を掴んでる腕に掴みかかってきた。
「さて、これはなんでしょう?」
 掴んだ勢いのまま金髪の女の手が私の腕に沈んだ。
 そしてそこから引き抜かれた手にはワタルの宝石よりも更に大きい宝玉があった。
 どういう事……? 船長が覚醒者の能力を奪うんじゃないの……? ……意識が、朦朧とする。

「これはあんたの才能、まさかこんな巨大な物が出てくるなんて私も驚きだけど」
 才能……? 
 おかしい……掴み直された手を振りほどけない……足の踏ん張りもさっきまでと全然違う。
「フィオっ」
「身体、変…………」
「才能がなくなるとどんなに強くてもあっけないもんだね。私たち姉妹に触れられたらどんな奴もただの人になる」
「うっ」
 金髪は私の腕を掴んだまま振り回してワタルの方へ放った――こんな相手に投げ飛ばされた!?
 あり得ない……なんて醜態、ワタルを助けに来たのにこんな敵にもう二回も奪われた。

「この程度でっ」
「フィオやめろっ――っ!?」
 やっぱり体がおかしい、いつもの速さじゃない、甲板を蹴る力が弱すぎる。
 手を伸ばす速度が遅すぎる、私が知覚してから動きが身体に反映されるまでが遅すぎる。
 こんなの初めて人を殺した子供の頃にすら劣る……それでも、私が過ごしてきた記憶が消えたわけじゃない。
 こういう輩の動きだって何度も見てきた。
 動き出す前の視線の移動、足捌き、重心の移動――全部読める――読めるのに体が私の要求に答えてくれない。

 宝玉を奪う為に手を伸ばす。
 拳の打ち合い――この程度を受けただけでこんなに痛む。
 足りない、届かない、あと僅か――でもそれが絶対的な差になって立ちはだかる。

「なるほど、天賦の才だけじゃなく経験もあるのか。ならそれも奪って――」
「させるかっ!」
 女の手が私へ伸ばされ触れる刹那に側面から衝撃を受けた。
 船から放り出されて海へ落ちるまでが酷くゆっくりと感じられた。
 女の手がワタルを掴み上げて勝ち誇ったように私を見下ろした。

「ワタルーっ!」
「逃げろフィオ! 今のままじゃ駄目だっ」
 嫌っ、待って、行かないで! 必死に水をかくのに船との距離は離れていく。
「ワタルっ、ワタルっ! ワタルーっ!」
 動けっ、もっと速く、もっと強く!
 大切な人が――私の一番大事なものが奪われる――。
「逃げろって言ってるだろ! 来るなー!」
 嫌っ、嫌っ、嫌っ!
 必死に抗う私、そしてそれを冷静に見つめてどうにもならないと判断する私、諦めに憤る私――色んな私がぐちゃぐちゃに混ざって感情は叫びになって虚しく響き、その声すらも波音に飲まれて消えていった。
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