黒の瞳の覚醒者

一条光

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九章~蝕まれるもの~

セイヤッセイヤッ

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 事故を含めるとティナの能力を使っての世界移動は五回目、前回と同じく予定していた演習場に現出出来て無事に日本に戻ってくる事が出来た。二度目の世界の安全な行き来、新たな帰還者と自衛隊による日本人の救出のニュースが取り沙汰され自衛隊への称賛や宇宙旅行よりも先に異世界旅行が可能になるのでは、なんて記事もあったりして日本は異世界一色になっている。ティナとナハトが外務大臣と会談した事も異世界交流への興味に拍車をかけているかもしれない。ティナは世界を行き来する穴を開ける事で互いの世界への影響を懸念していただけにこの会談は意外だった。
 ネットの不謹慎な記事では、アドラに捕まっていた人たちの「覚醒者に成れなかった自分たちは混血者を作る為の道具だった」というコメントを見て、混血者を作る為の種馬、ヤり放題とかマジ天国など囃し立てる者が居て炎上していた。アドラからの帰還者はPTSDを発症している人が少なからずいて傷付いている人が多いのだから当然といえば当然だ。帰還者は抜き出された能力、覚醒者になる資質の宝石をヴァーンシアで売って金貨に換えて帰った為小金持ちになっている人が多いからそれを羨んでの事なのかもしれない。
「気が付けばこんな季節か…………」
「ワタル様ワタル様、こちらも買ってよろしいですか?」
「クロエ様、それでしたらこちらも買いましょう。もちもちプレミアムという響きが心をくすぐります」
 二人が持ってきたのはカップ麺、シロが持ってるのはもちもちプレミアム豚骨醤油とかいうので、クロのは麺名人濃厚こく味噌…………。こっちに来てから三日程リオ達に付いて都内を観光して一度家に帰ろうとした俺にみんながくっ付いて来て今日は十二月二十四日、日本に帰ってきた時には気付きもしなかったがクリスマスである。その為今日の夕食の買い出しに来てたはずが……色々取り揃えてあるという性質からスーパーでもみんなにとっては面白い場所となったらしい。さっきからクロもシロもラーメン系ばっかり持ってきてる気がするが……クロイツで暮らすようになってから二人とも平仮名と片仮名を覚えたらしくパッケージと興味を引いた商品名の物は片っ端から持ってきている。俺を含めて八人も居るから買う量も多くなるとは思っていたが……デカいカートにカゴが四つ、半分がラーメンて…………好きだというのはよく分かったからいい加減今日食べる物を買いませんか。
「もう少しクリスマスっぽい物を買わないか?」
「そう言われましても、私もクロエ様もくりすますというものには馴染みがありませんからよく分かりません――こちらもよろしいでしょうか?」
「どうぞ…………」
 キリッと表情を変えて手に取ったのはカップ焼きそば、どれだけ麺類好きなんだよ。クロイツには日本人が多く居たせいか、節操のない日本の行事が取り込まれててクリスマスもポピュラーなものになっていたが――。
「クロたちにはまだ分かんないか。俺も随分クリスマスなんてやってなかったからよく分からんけど」
「簡単には知っていますよ。恋さんに教えていただきましたから。ギシアンでりあじゅうの為にある日なんですよね?」
「ぶっ!?」
 これ意味分かってなく言ってるんだよな? クロの言葉に異世界人に気付いて様子を窺っていた周りの買い物客や店員が気まずそうな顔や苦笑いを浮かべて遠ざかっていく。待って! これ教えたの俺じゃないから、そんな変な物を見る視線止めて! そんな事を思っているとくいくいと服の裾を引っ張られた。
「どうした? フィオも欲しい物があったならカゴに入れていいぞ」
「私も聞いた。聖夜でせいやっせいやっな日」
「意味は分かってるのか?」
 聞くと分かって無さそうな表情で首を傾げた。
「…………あー、それはもう言わないようにな」
 あのアホ無知な相手になにを吹き込んどるんじゃー! 帰ったら本気の黒雷ぶち込んでやる。
「?」
 冷めた視線を向けつつも物珍しさからまだ観察していた人も波が引くように去って行った。いや、見られてたのは気分の良いものじゃなかったけどね……こういう去り方はなんか違う。
「ワタル、どうかしたんですか? 暗い顔をしてますよ」
「あぁ、ちょっと頭痛が…………」
「大丈夫ですか? ――熱は、無いみたいですけど、食材はこれで揃いましたから帰ったら夕飯まで休んでくださいね」
 熱を測る為にリオがおでこを合わせてきた。これは不意打ちだ、手を引かれて屈んだところへキスしてしまいそうな距離にリオの綺麗な顔があった。すぐに離れてしまったが、火が付いたように顔が熱い。
「……うん」
 なにか喋ろうとして結局そんな返事を返すので精一杯だった。

「旦那様ー! ほらほら、いっぱい買ったのじゃ。これなんて果物が沢山で特に美味しそうなのじゃ、旦那様のもしっかりと買って――」
「しーっ、しーっ!」
「? なんなのじゃ?」
 店内にあるケーキ屋で買い物をしていたミシャたちに合流した途端『旦那様』の連呼、さっき十分に引かれたのにふわふわ猫耳な女の子にこんな呼ばれ方をしたら――ほらね……いや、もう今更か? 世間の認識では好色漢になってるんだろうし……諦めるか。
「旦那様って呼ばれて注目を浴びてるから照れてるのよ。私もそう呼ぼうかしら、ねぇ、旦那様ぁ~」
「なんでお前はそうやってすぐにワタルに引っ付くんだ。離れろ、ワタルは私のものだ!」
 腕に絡みついたティナを引き剥がそうとナハトが躍起になって声を荒げるから余計に目立っている。そりゃ見るよね、エルフ二人に獣人の娘が居たら珍しくて見ちゃうのも仕方ない。
「ナハトさんお店で騒ぐと他のお客さんに迷惑ですよ。それにワタルにも嫌われるかもしれませんよ?」
「っ! だが……むぅ~、なら反対側は私が貰うぞ。ふふふ、どうだ? 私の方がティナより大きいんだぞ」
 リオの言葉で諦めたかと思ったらそんな事を言ってナハトがティナとは反対の腕に抱き付き胸を押し付けてくる。厚着している上からでも分かる柔らかさ、両腕が天国です。
「あら、大きさだけじゃなく柔らかさや形も重要よ。その点私のは最高だと思うのだけど、どうかしら?」
 ナハトに対抗するように俺の腕を抱き胸の谷間に沈めるように押し付けてくる。ん~、確かにティナの方が柔らかさは上の様な気がしないでもない。
「あ~――」
「いやらしいです、破廉恥です!」
「そうなのじゃ、こんな人前で何をやっておるのじゃ。離れるのじゃー!」
 顔を赤くしたミシャとシロが必死になって二人を引き剥がした。少し残念だが荷物を持った腕に絡みつかれるのは歩き辛いから良しとしよう。
「ほらほら、騒いでいないで早く帰りましょう。ワタルは体調が悪いみたいだから早く休ませてあげないと」
 さっきの状況に頭が痛かっただけで体調はすこぶる良いんだが、リオのおかげで大人しくなったし黙っておくか。
「それは大変ね。帰ったら私がしっかり看病してあげるわ」
「なら私は寂しくないように添い寝をしよう」
「っ! なら私も添い寝にするわ。さぁ急いで帰りましょ」
 二人は俺から荷物をひったくって帰路をずんずん進んで行った。

 クリームシチュー、ロールキャベツ、ローストチキン、ほうれん草のキッシュ、どれも美味そうな匂いと湯気を立てている。リオもシロもクロも慣れないキッチンでよくこれだけ作れたものだ。匂いが食欲を刺激して腹の虫が騒ぎ出した。
「美味そうだな、さっきから腹が鳴りっぱなしだ」
「そうでしょう? 慣れない台所にも負けず会心の出来です。それにしてもこの世界は本当に便利ですね、外は寒くても建物の中はどこも暖かいですし蛇口を捻ると水だけじゃなくお湯まで出て来て、お料理中の火加減の調整も簡単ですし、本当に凄いです」
「本当ですね。ワタル様、これらは持って帰ることは出来ませんか?」
 シロが指差しているのはガスコンロと電子レンジ、どちらも持って帰るだけなら簡単だがヴァーンシアにはガスも電気も通ってないから有っても使えない……事もないか? ガスじゃなくIHにしてバッテリーを買っておけば俺が居ない時は恋に充電してもらえるし、自衛隊だって電源はソーラー発電と俺や恋みたいな電気能力者だしな。
「大荷物になるけど帰りに買うか」
「本当ですか!? ありがとうございます。お料理頑張りますね」
「なるほど、シロナはクリスマスプレゼントとしてそれをワタルにねだるのね。なら私はワタル自身を貰うわ」
「うわっぷ!?」
 首に腕を回されティナの胸にダイブした状態で押し倒された。耳聡いというかなんというか、クリスマスプレゼントの話なんか教えた覚えはないのにどこで聞いたのか。やっぱり恋だろうか?
「なら、私はそろそろワタルの子供が欲しいぞ」
「ちょ、ま――ズボンを脱がそうとするな! 用意してる、一応プレゼントは用意してるから! だから離れろ」
「本当か!?」
「あぁ、もう、サンタを気取ってこっそり置いておこうと思ってたのに」
『きゅぅ~きゅぅ~』
 ぼやきながら部屋の隅に隠しておいた箱を取り出す俺の頭にもさが乗り顔に尻尾を巻き付けてきた。
「ふふっ、ワタル、もさちゃんの尻尾がお髭みたいになってますよ」
「もさんた」
『ぷふっ…………』
 フィオのつぶやきに俺以外が吹き出した。なんだよもサンタって…………合ってるの髭だけじゃないか。
「なるほど、くくっ……店で見たサンタという老人の絵に似ていなくもない」
「まぁ、サンタに見えるならいいか。そんじゃメリークリスマスって事で」
 取り出した同じ大きさの箱をナハトたちに渡していく。
「これは?」
「スマホ、フィオとティナだけ持っててズルいとかナハトもミシャも言ってたろ。向こうじゃ電話とかは使えないけど、まぁ、一応みんなにも買ってみた」
「やったのじゃー、これで妾も旦那様と一緒の写真を撮るのじゃ」
「ありがとうございます。あとで私とも一緒に写真撮ってくださいね」
「私とも撮るんだぞ」
「えっと、クロとシロは他の物が良かったか?」
 二人は箱を見つめて黙り込んでいて喜んでいるといった風ではない。なにを贈ればいいか分かんなくて同じものにしたがマズったか。
「いえ! そうではありません。こうして贈り物を頂く事などありませんでしたのでびっくりしてしまって、本当に嬉しいです。大切にしますね」
わたくしも本当に嬉しいです。写真があればワタル様をいつでも御傍に感じられますから」
 びっくりして固まってただけか。一応喜んでもらえた、かな。嬉しそうにしているナハト達とは違いティナは残念そうな表情、フィオとティナのも電池が劣化してたから新しいのを買ったが、新調ではあまり嬉しくなかっただろうか。
「別の物が良かったか?」
「いいえ、ワタルがくれる物ならなんだって嬉しいわ。いえ、でもそうね、折角の機会なのだから婚約指輪とかだともっと喜んだわね」
『…………』
 待って、全員そんなもの欲しそうな目を向けるのやめて、というか酒の勢いでの事なのにあれ本当に有効でいいのか。
「え~っと、それはいずれって事で、てか本当に全員と婚約って事でいいのか?」
「ええ、前にも言ったけど誰かに取られちゃうくらいなら全員で共有する方が良いもの。だから安心して誰に手を出してもいいのよ?」
「全員この認識なの?」
 俺の質問に全員が頷く。マジですか……みんな物好きだなぁ、そしてなんて贅沢な状態! 正により取り見取りだな。共有で納得って事はティナが絡んでる時にナハトが怒るのは対抗心とかだろうか。そんな事を考えているとまたもくいくいと服を引っ張られた。
「どうした? もしかしてフィオも他に欲しいものがあったか?」
「ん。言葉が欲しい」
「言葉?」
「好き、って」
「んなっ!?」
「ああ! それいいわね。簡単ですぐに贈れて、でも大事な想いが確かに届く。素敵な贈り物だと思うわ。ねぇ、ワタル?」
「う、ぐ…………」
 フィオの一言をきっかけに、ティナが物凄く楽しそうな笑顔を浮かべて追い詰めてくる。この後結局赤面して全身が恥ずかしさで溶け出すんじゃないかという思いに耐えながら全員に愛の言葉を贈る事になるのだった。
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