黒の瞳の覚醒者

一条光

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番外編~フィオ・ソリチュード~

アリスの居場所

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「ねぇ」
「どしたー? もしかしてまた出掛けたいか? 悪いけどちょっと待ってくれ、今日の訓練がまだ終わってないんだ」
 早朝にティナの訓練に付き合って昼頃起きたワタルと昼食を済ませて訓練を開始してしばらく私たちを見てたアリスが割り込んできた。

「私も……したいんだけど……」
「? どうして? アリスはもう普通の女の子として暮らしていいんだぞ? ――まぁ仕事とかはそのうちどっか探して見習いさせてもらうとか――」
「戦いたいのよっ! だってあなたまた化け物みたいな魔物と戦ったりするんでしょ?」
「まぁそりゃ魔物が人の領域を侵すなら戦うしかないしな、でもアリスは――」
「あなたが居なくなったりしたら――こ、困るのよっ、私を人間にして普通を教えてくれるこの居場所の中心が誰かくらい分かってるわ……新しく貰った居場所を……守りたいのよっ!」
 言葉を続けるごとに赤みを増してく顔を見られたくないのかワタルから顔を逸らしてそう叫んだ。
 ワタルは目を丸くしてたけど、それは一瞬ですぐに優しい眼差しになった。
 そういうの、してほしくないのに……むぅ。

「そっか、そっか! でもじゃあ約束な」
「約束?」
「これからの訓練は人を殺す為のものじゃない、だからもう人殺しはしない事」
「まぁ……そうね、でもここの人たちに危害を加える人間なら殺してもいいでしょ?」
「それもなし!」
 自信満々に聞き返したアリスにワタルが腕で大きくバッテンを作ってる。
「もし襲ってくる人間が居たらどうするのよ!?」
「ここはアドラじゃないんだ、そんな事は滅多に無いしアリスの実力なら即無力化も難しくないだろう? だから殺しは無し」
「それはっ……うん、出来るけど……」
「だから無し、戦って倒すのは魔物だ。今の居場所を守りたいなら人を殺しちゃ駄目だ、約束な?」
 納得しようとしないアリスの両手を包み込んでワタルは言い聞かせてる。

「わ、分かったからっ――ほら訓練するわよ!」
 手を握られて驚いたのか真っ赤になってワタルを振り解いて修練場の真ん中へ逃げていった。
「やっぱりさ、環境のせいだよな……フィオもアリスもちゃんと大切なものを大切って思える良い子だよ」
「ワタル?」
「あぁ、うん……混血者を道具にしてるアドラに改めてムカついた」
 見も知らない混ざり者の事まで気にして……ワタルは優しすぎる。
「訓練」
「そだな、俺を強くしてくれ」
「そのつもり」
 ワタルが望む事を出来るように、徹底的に――。

 あの時の魔物が残した言葉――。
 それを警戒して世界は大きく動いている。
 各国で徴兵が行われ、武器の増産、各主要都市の要塞化、いつ動き出すか分からない不安に怯えるようにして人間もエルフも獣人も戦いに備えている。
 そしてそれは私たちも同じで――。
「ふっ!」
「せいっ!」
 アル・マヒクの刃とアリスの振るう大鎌の刃をワタルが紙一重で躱していく。
 やっぱりワタルは殺意や敵意に敏感に反応する、今の連携だと躱しきれないだろうから寸止めするつもりだったのに完全に回避する動きをしたから私もアリスも振り抜いた。
 ナハトに仕込んでもらった紋様のおかげもあるはずだけど感覚的なものはたぶんワタルが元から持っていたもの。
 また回避した。
 私とアリスの二人がかりでの訓練を始めた時は反応出来ずに寸止めする事も多かったのにもう適応し始めてる。

「ワタル、まだ遅い。限界まで使って」
「無茶言うな、実戦前に身体がぶっ壊れる」
「これで壊れるくらいなら壊れてた方が死ななくて済むんじゃない?」
「ワタルは無茶するからその方が良いかも?」
 冗談を言いつつもワタルの底を見極めようとアル・マヒクを振るう。
 反応出来るギリギリ、能力で強化出来るギリギリ、死の淵を走らせるような無茶を押し付ける。
 実戦で無理をして壊れてほしくない。
 だからこそ、訓練で限界を――ううん、それ以上を引き出してそれが地力になるように。

「わーった、分かりました! 限界まで強化を使うよ、これでいいんだろ?」
 私が勢いを緩めない事を悟ってワタルは動きを変えた。
「ん。限界に慣れて使いこなして」
「まぁ、能力が身体強化でもないのに私たちの連携に付いて来れるだけでも十分だと思うけど」
 そう、ワタルはもう普通の人間の域も平均的な混ざり者もとうに超えた。
 でも、それでもワタルには十分じゃない。
 すぐ無茶をする、すぐ無理をする。
 なら無茶も無理も押し通せるくらいにしなきゃ――いつか本当に死んでしまいそうで怖い。

「アスモデウスに対応するにはこれでも多分駄目だろうからな」
「ふ~ん? そんなに速いのね。でもそいつの相手は私とフィオがすればいいんじゃない?」
「戦闘中何が起こるか分からないだろ? 対処出来なくて何も守れませんでしたってのは嫌だからな」
 やっぱりあれとも戦う気でいる……完全な不意打ちですら仕留め損ねた敵――タナトスの呪いが掛かっていても尚今のワタルじゃあれには届かない。
 絶対に戦わせたくない。
「そう、ならしっかり付いてきなさい。びしばし鍛えてあげるわ」
 あれとワタルを戦わせるつもりはないけど、それはそれ、これはこれ、交戦しても生き残れる水準くらいには上げておきたい。

「ねぇフィオ、あそこまで追い込む必要があるの?」
「ワタルはすぐに無茶をする、大切なものを守る為なら自分の危険を顧みない」
「そう……まぁ私とスヴァログを同時に相手しようとするくらいだからそうなのかもだけど」
「協力したくないなら別にいい」
「そんな事言ってないでしょっ、あいつが居なくなったらこの居場所が崩壊するのくらい分かるわ。鍛えるんでしょ、徹底的にやってやるわよ! ――ってどこ行くの?」
「ふらふらしてたから様子を見てくる」
 能力での強化を限界まで使った負荷は相当なものみたいで治療を受けるまでは呻いてたし。

「ワタル、身体大丈夫?」
「うおっ!? なんだ、また来たのか。治療してもらったし平気平気、疲れてはいるけど」
 ふらふらと部屋まで戻ったワタルに追い付いて疲労の具合をアリスと一緒に確かめる。
「これなら大丈夫そうね。疲労も明日には残らない」
 確かに……訓練終了時の状態が酷かったから心配したけど、治癒能力が優秀なのか、それともワタルの体が限界強化に適応し始めてるのか。
 どちらにしてもワタルはまだ強くなれる。

「二人は疲れてないのか? 俺の訓練に付き合った後に二人で模擬戦してただろ」
「平気」
 ワタルの訓練に手抜きは無いけど死の危険もない。
 だからアリスとの模擬戦は寧ろ丁度いい。
「私も平気ね」
「それで、俺はそろそろ寝るんだが――」
「ここで寝る」
「またここで寝るのね……簀巻きにされるよりいいけど」
 不満そう――なふりをしてる。
 最初の時みたいな嫌そうな顔じゃない……もしかして、もう……?
 アリスがワタルの隣にならないようにベッドに潜り込んでワタルの左腕を抱き締める。
 私が居るんだからもうロリは要らないでしょ!
 むぅ……そんなに優しく撫でてくれても……アリスまでとか……絶対……許さない……んだからぁ……。

 朝起きるとアリスがワタルの隣に居て手まで繋いでた……女たらし……。
 朝食を済ませてすぐに訓練に移った。
 今日は大きな得物は使わず手数を多くしてあの女との戦いを想定した高速戦闘に慣れさせる――という建前で不満の発散をしてる。
 ナイフで打ち込む度に流し損ねたワタルの体は右へ左へ弾かれ続ける。
 蹴りも混ぜてアリスの双剣の斬撃まで加わったら流石にまだ対応出来なくて簡単に振り回される。
 これだけの差を見せつけてもワタルの瞳からは不安が消えない。

「ワタル、これでもまだ魔物の方が速い?」
「……フィオとアリスが神速ならアスモデウスは超神速って感じだ。それでも二人なら上手く動きを読んでカウンターに持っていける気はするな」
 これでもワタルの目にはあっちが上に映るんだ……致命傷は避けられたけどタナトスで付けた傷で確実に呪いはかかってる。
 ワタルもそれは分かってる、それでもまだ私が負けてるって言う………ならやっぱりアリスとの連携を本格的に考えた方がいいのかもしれない。
 私が何か失敗したら絶対ワタルが無茶をする。
 そんなのは嫌だから意地なんてはってられない。

「む~、これでも尚負けてるなんてその魔物どれだけ速いのよ!」
 速いだけなら対応は出来る、でもあれは咄嗟の体捌きとかの技術、反射神経も並外れてる。
「アリスが今持ってるのは二本とも普通の剣だよな?」
「そうよ。兵士たちに余ってる物を借りたの」
「剣を使うならミシャに頼んで作ってもらったらどうだ? ミシャの作る剣は一級品で信頼できるぞ」
 ワタルはもう少し警戒って言葉を知った方がいいと思う……そりゃ一緒に戦うって言ったけど、そもそもアリスこれをここに置いてるのは危険で他所に行かせられないからなのに、一級品の武器を――それもミシャが作る特別製を与えようとするなんて……なんでもうそんなに信頼してるの……。
 ミシャの作る剣の良さを教える為にカラドボルグを貸してるし…………。

「この剣凄い……こんな剣を作ってもらえるの?」
「同じ物とはいかないだろうけど良い物を作ってもらえるように頼んでみるよ。アリスに合わせた紋様も描いてもらわないとだな」
 紋様まで!? 戦力にするなら準備はしっかりするべきではあるけど……昨日の約束をアリスが守るなんて保証は無いのに。
「紋様? 剣身に描かれてるこれの事?」
「そ。それで色んな効果を付加する事が出来るんだ。俺のは切れ味の向上と素早さなんかの強化、フィオのナイフは自己治癒力の向上と斬った相手を弱体化させる効果の物が描かれてる」
 効果までべらべらと……。
「ふ~ん、それでワタルは私たちの動きに付いて来れるのね。確かに普段の自分より速くなってるわね」
「……なんで名前を呼んでるの?」
 昨日まではあなたとかあいつだったのに……私が寝た後に何かあった……?
「そこ引っ掛かるか……別にいいだろ、みんな名前で呼んでるんだし、そんな事でやきもち妬くなよ」
 ほっぺをむにむにして誤魔化そうとしてくるけど、こんなんじゃ誤魔化されない。
 アリスが見つける大切な相手はワタルじゃないって言ったくせに。

「ほれほれ、そんなにむくれるなよ。一つ何でも言うこと聞くから」
「本当? なら――」
「せんぱーい! 大変っ! 大変大変!」
 お願いを口にしようとしたのと同時に大慌てした恋が修練場に駆け込んできた。
 それを見て私は胸騒ぎがした。
 ふざけてワタルをからかう時の恋じゃない……あれはたぶん――。

「どうしたんだよ、そんなに息切らせて。ほら深呼吸」
「すーはー――とかやってる場合じゃないんだって! 魔物! 魔物が出たの! しかも東部の町に繋がってる複数の陣から!」
 やっぱり……複数の陣からの出現って事は東部から広範囲に侵攻してきてるの?
 その場合ワタルの取る選択肢は……戦力の分散――それだけは駄目っ、まだあの女に対応出来るほどには仕上がってない。
「如月さん! 国王様がお呼びです。陣から魔物が現れた件です。急ぎ謁見の間に向かってください」
 伝令の兵士の話を聞くとすぐに走り出してしまう……単独行動だけは絶対にさせない。
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