黒の瞳の覚醒者

一条光

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番外編~フィオ・ソリチュード~

兆し

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「ソレイユ様のお話は分かりましたが……私は再びズィアヴァロに刃向かうというのは反対です」
 手早くソレイユが状況を伝えたけどやっぱりこっちの予定通りとはいかなかった。
 もさ達が時間を稼いでくれてるけど悠長に問答をしてる時間がある訳じゃない。
 髭の生えた女ドワーフが反対を口にするとそれに同調したのが結構居た。
 ワタル達はまだ髭の衝撃から抜け出せないみたいだし……ゴルトとレギールは女でも髭のある氏族らしいからもうそういう種だと割り切ればいいのに。

「こいつはいつまで呆けてるんだ。おいしっかりしろ、サンタの仮装でもしてると思えばいいだろうが」
「っ! おぉなるほど、なんか受け入れやすい――というか微笑ましい。頭良いな遠藤」
「適当に言っただけなんだが、お前がいいならいいや」
 遠藤の言葉で西野は立ち直った。
「人質の中には奴らの憂さ晴らしの為に殺されている者も居るのですよ。貴方方もいつ標的にされるかわかりません。それでも抗わぬ方がよいと? 協力を得られる今が最大の好機なのですよ?」
 ソレイユは必死に説得を試みてるけど状況は芳しくない。
「しかしソレイユ様、この者達はどう見ても強そうではありませぬ。それに説明にあった能力や兵器というのもにわかには信じがたい、人間が我々以上の技術を持っているなど信じる者は居りますまい。協力を得られたところで無駄でしょう」
 むしろアダマント氏族の男がソレイユを説得しようとしている。
 この発言からソレイユ達の世界もヴァーンシアの文明水準と大きく違いは無いのかもしれない――日本の、あの世界の文明は私たちの想像を遥かに超えてる、そんな物を信じろと言っても簡単にはいかないのは理解出来る。
 でも時間の余裕は無い、急いで。

「信じてください! 私はこの目で見ました。彼らは確かに特異な能力を持ち、私たちでは太刀打ち出来ないほどの軍事力と共にこの地に居るのです。これは私たちが抗う事の出来る最後のチャンスなのです。協力すればズィアヴァロを倒し解放されるかもしれないのにその機会を自ら捨てるのですか? 虐げられ、隷属して、あの時協力して戦っていればと後悔し続けるのですか?」
「抗わなければ生きられる、身体が腐る事もない。儂らは皆を率いる立場にある、ヴェルデはもう居らぬのだ。姫ももう少し考えなさい」
 レギールの長の目は既に諦めている、これじゃ説得しても意味が無い。
 ソレイユの父親はアダマンタイトの力に魔物が勘付きそうになった時にアダマント氏族の長しか知らない口伝だと言って自害したらしい。
 そのおかげで魔物から特殊能力のある武具の要求を受ける事はなくなったらしい。
 それでも結界管理者には元々あった特殊能力付きの完成品を奪われてるみたいだけど、雑魚には行き渡ってないだけマシなのかな。

「身体は腐らずとも、このような環境で生き続けるのは心が腐ります。その証拠に今の皆の顔はどうですかっ! 身体が死なずとも心が死ねばそれは生きていると言えますかっ!?  クザム様こそよくお考えください、そのような状況で生きてゆけと子供達に言えますか? きらきらと輝いていたはずの瞳は曇り恐怖と不安に揺れているのですよ。私には……言えません。子供達には笑顔を――いえ、私は皆に笑顔を取り戻したい!」
 ソレイユの剣幕にレギールの長は黙り込み他の者達はそれぞれ顔を見合わせる。
 揺れている、この環境を受け入れてる訳じゃない、それでも死の恐怖に抗うには意思が足りない。

「……ならば実際どうする? 土など無限にある。ズィアヴァロは無限の兵力を持っているに等しい。それを排除する術をこの人間達が持つというのか?」
「俺らの戦力はこんな感じっすよ」
「なんだこの板は? っ!? こんな小さな板に人が……これは絵か? 動いておる」
 予め録画していた兵器の映像を西野が再生させているのをドワーフ達は食い入るように見始めた。
 最初からこれを出してればもっと早く話が進んだんじゃないの……?
 私が睨み付けると西野は申し訳なさそうに頭を掻いた。
 ドワーフ達は未知の道具に興奮してるせいか流れる映像よりもすまほの仕組みについて議論を始めた。
 急いでるのに……無駄話はいい加減にして。

「それでどうっすか? 少しはソレイユちゃんの言葉を信じられますか?」
 映像に加えてワタルと惧瀞が能力を見せる事でドワーフ達は戸惑いを見せ始めた。
 希望を見出す者、未だに信じ切れない者が互いの出方を窺っている。
「確かに、このような大規模な攻撃が出来るのならば坑道内を爆破しズィアヴァロを生き埋めにする事も可能か。鉱山を一つ捨てねばらならいだろうが、その程度はやむを得ぬか…………」
「悪いんですけど、その手は使えません。皆さんも一定範囲内から出られないというのを経験されてると聞いてます。あれを解除するにはズィアヴァロが持っている黒い立方体を破壊しないといけないんです。あれはそれなりの強度があるから生き埋めでは破壊には至らないはず、ズィアヴァロは直接対峙して倒す必要があるんです」
「そんなっ!? 奴はシュタールの宮殿に入り浸っていると魔物が言っていたんだぞ。坑道内にある宮殿にはその板に映っていた巨大な金属の象も鳥も入れぬではないかっ! いくら強力な兵器でも使えないのならなんの意味もない」
 希望を持ち始めていたドワーフ達はワタルの言葉で大きく落胆したみたいだった。

「あちゃー……魔物たちの態度から見て坑道内に居続けるパターンは低いって考えられてたんすけど、今回も爆撃と戦車の集中砲火で方を付けるってのは無理そうっすね。だとしたらC4をしこたま仕掛けた場所に誘き出して欠片も残らない程に吹っ飛ばすか、また如月さん達頼りになりますね。上がどう判断するか……あー、ホントに生き埋めに出来たら楽なんすけどねぇ」
 この狭い坑道内での戦闘を強いられると土人形で埋め尽くされるだけでこっちの動きはかなり制限される……土の壁でも連なればレールガンで撃ち抜くのも難しくなりそうだし……。

「ソレイユ様、本当にこのような人間達と協力して勝てるのですか?」
「あなたはどう思うの? 勝てると思う?」
 これ以上話が進まないのは困るからこっちの実力を見せつける事にして問い掛けたドワーフの背後に回った。
「なっ!? いつの間に!?」
「なんだあの娘、動きが全く見えなんだぞ」
「ちなみに、フィオだけじゃなく私やワタルも同じ事が出来るわよ。あとはワタルの友達とか、あなた達が恐れてるズィアヴァロと比べてどう?」
「これは……確かにズィアヴァロに勝てるかもしれぬ人間達なのだろう。だが奴には今特殊加工したアダマンタイトの武具がある、相討ちが精々で下手をすればそなたらは命を落とすであろう」
 レギール氏族の長は驚いた様子だったけど私たちの方が不利だと断じた。
 特殊能力付きの武具を侮るつもりはないけどそこまで断言出来るほどの差があるの?

「クザム様、ズィアヴァロにどのような装備を奪われたのですか?」
「うむ……ヴェルデが持っていた傑作、剛力の籠手、儂の所持していた先見の義眼、エルツ達が気紛れで作ったあらゆる物に刃を立てる事の出来る両断のジャマダハル、これは剛力の籠手と合わさってアダマンタイトにすら傷を付けるだろう。そしてそちらの、ワタルと言ったか? あのジャマダハルは君の雷も切り裂く」
 ワタルの黒雷を!? 感電する事なく対処されるとなるとワタルの有効打はレールガンだけになるかもしれない、なんでも切れるなら接近戦はさせたくないし……。

「三つだけですか?」
「いや、ゴルト達の作った瞬迅の首飾りと運を自分に引き寄せるという天運の耳飾りだ。他はどうにか地中深くへ隠す事に成功した。ドワーフ百数人でようやく動かせる大岩の下だ、剛力の籠手をもってしても流石に取り出す事は叶わぬだろう。姫もこれで分かっただろう? 元々身体能力の優れていたズィアヴァロが更に強化されている、奴を倒さねば土人形は消えぬ。無限の兵は消えぬのだ」
 他はなんとかって言うけど……結構奪われてる……アリスと連携してタナトスを通す必要がある。
 タナトスさえ通ればあとはこっちに流れが傾く。
 長の言葉にドワーフ達は一様に下を向き落胆と諦めの空気が漂った。

「そこまで絶望的なものなんですか? さっき見せた電撃はかなり手加減してたし一対一で戦おうって訳でもないんですよ? それに俺たちはまだまだ速く動ける」
「そうだ、堅守の大盾はどうでしょう? あれならば付加効果の矛盾が発生してジャマダハルも盾も自壊します」
「あんな重い物は人間には扱えぬだろう。そして我らではズィアヴァロの速さに到底対処できぬ――」
「っ! ふっ!」
「せいっ!」
『へっ?』
 私とアリスは敵の気配を察知してワタル達を近くにあった瓶に放り投げてあとを追った。

『貴様らなに休んでる! さっさと仕事に係れ! それとも永遠に休むか? こいつのように』
 今の音……首を斬った。
 一人死んだ――ワタル大人しくして! どうにか外を窺おうとするワタルを押し留める。
『なんだその目は? もう一度俺たちと戦ってみるか? 腐るのが嫌なら切り刻んでやるぜ。仕事の遅い者、出来の悪い奴も殺しの許可が出ている。お前らの命は俺たちの裁量次第なんだぜ? そんな目を向けていていいのか? ククク、そうだ。そうして絶望に染まった目をしていろ』
「きゃぁあああっ!」
「っ!」
「ワタル大人しくして、今は出ていったら駄目」
 ワタルの動きを察知してアリスと二人で水に沈める。
 今動いたところで何も解決しない、むしろ事態が悪化して対処がより一層困難になる。

『そう、絶望してる奴の頭を吹っ飛ばすのが面白いんだ。お前らの種族は女としては面白味がないんだ、この程度の娯楽はないとな』
 鍛冶師を殺した……武具供給には必要なはずだけど……魔物軍では統制が取れてないのかもしれない。
 だから下っ端が己の気分で身勝手に振る舞っている。

『それにしても何で土人形が居ないんだ? ……貴様ら脱走でも企てたんじゃないだろうな』
「滅相もございません。この工房に勤務している者は全員ここに居ります」
『そうかな? 一人足りないが?』
「そのようなはずは――」
『足りねぇだろうが! そこで頭が無くなってる奴はお前らを置いて良いところへ旅立ってんだからな。そしてこれで二人目、あーあどうするんだ? どんどん足りなくなるぞ。皆殺しか?』
 また一人……魔物達の関係性は分からないけどここまで身勝手に振る舞うなら上位者かもしれない。
 ワタルが怒りで震えて押さえるのが難しくなってきてる。

「我慢して、ズィアヴァロが私たちに気付いて坑道を土人形で溢れさせたら辿り着く事すら出来なくなる。お願い」
「どうかお許しを、これからも皆様が満足される武具を仕上げます。ですのでどうかご容赦を…………」
『貴様は長だったか、ああそうだな。お前の作る物は特に良い、お前は残しておかないとな。だが他は、どうかな?』
 脅しに屈して諂う声が合唱のように響いた。
 魔物はそれを見下して大笑いしている。
 ワタルは震え不快感に顔を歪めた。

『そうだ、そうやって地面に頭を擦り付けて媚び諂うのがお前達の正しい生き方だ。見れば見るほどに踏み潰したくなる体勢だな、だがまぁ今回はこれだけにしておいてやる。感謝するんだな』
 魔物に対して偽りの感謝がいくつも述べられる。
 早く去って……ワタルが本当に限界になってて少しずつ黒雷を纏おうとしてる。

「姫の言う通り大人しく従っていれば生きられるという状況ではなくなってきているようだ。儂は姫に賛同する、皆はどうか?」
「クザム様俺もだ。もう我慢ならねぇ、クンパとロインの仇は俺が討つ」
「あたしも、あたしもよ! こんなのこの先百年以上なんて耐えられない。それに、どうせ殺されるかもしれないなら抗って、自由の為に死にたい」
「そうだっ! 俺たちはあんな奴らの為に鍛冶をやってるんじゃない、自由を取り戻すんだ!」
 瓶を出ると状況は一変した。
 諦観を宿していた瞳は強い意思に変わっていた。
 ようやく進める。
「我らレギールはソレイユ・ルフレ・アダマントの意見を支持する」
「ソレイユ様、俺たちアダマントの者も同じです。一緒に戦わせてください」
「皆さん……ドワーフの未来の為に共に戦いましょう」
「して、これより如何にして動く? 今は居らぬがいずれ水晶付きが戻ろう、我らがここを動けばズィアヴァロに感付かれるが」
「歯痒いでしょうけど皆さんは一先ず今まで通りでお願いします。後程穴掘りの能力者と別動隊が脱出の手筈を整えに来ますので囚われている他の山のドワーフの皆さんと一斉での脱出を行ってもらいます。その後は魔物の討伐に協力頂ければと思います。広い連山ですので人質の居場所の探索などで時間が掛かると思いますがよろしくお願いします」
 意気込んでいたところに惧瀞から待機を言い渡されて拍子抜けしたみたいだったけど、すぐに切り替えて鉱山内で人質を幽閉してそうな場所を地図で示してくれた。
 
「囮で時間を稼ぐのもそろそろ限界だろう、行きなさい。我らは我らで出来る事がないか何か考えてみる事にする。もし大盾が必要ならフュントの大岩の下にある、あれは大き過ぎて他の物とは別にしてあるのでな。姫一人でもどうにか動かせるだろうから道中取っていくといい」
「クザム様……ありがとうございます。ゴルトとシュタールの説得、行って参ります」
 長とソレイユが別れの抱擁をしているのを西野が凄い顔で睨んでる……あなたのじゃないでしょ……。
「さぁ、行きましょう」
 良い結果を得られた事で決意も新たにソレイユは歩き出した。
 もさ達が上手く囮の使命を全うしてくれてるおかげで来た時とは比べ物にならないくらい簡単に脱出出来た。

「もさふさちゃんは無事でしょうか?」
『きゅぅ?』
 惧瀞が心配を口にするともさ達が草むらから顔を出した。
「もさ偉い」
『きゅぅ~』
 抱き寄せると頭を擦り付けてすりすりしてきた。
 可愛い、そして賢い。
 ふさもアリスに褒められて尻尾が忙しく揺らめいてる。
「次はゴルトっすよね。ソレイユちゃんまた山越え?」
「はい。ゴルトが主に拠点にしていたのはズィプトとアハトなのでここからだと山を三つ越えた所ですね」
「う、うへぇ~……そんなにあるのか」
「ワタル乗る?」
「の、乗らない…………」
 げっそりしつつも工房での事を思い出したのか表情を引き締めて歩き出した。
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