黒の瞳の覚醒者

一条光

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十章~平穏な世界を求めて~

温かい居場所

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 映像で確認できていようともドラゴンなんてものはこの世界の人々にとっては一生縁のない幻想のはずだった。そんなものがいきなり都心の街並みの中に現れたというのは人々に相当の衝撃を与え興奮となり映像はあっという間に拡散され異世界についての関心は更に高まった。
「当然こうなるよなぁ」
 何がどうなって俺の連絡先がマスコミ関係者に伝わってしまったのか昨日の寝る前辺りからひっきりなしにテレビ出演の交渉、取材交渉の連絡が来ていて朝起きて確認すると凄い数の通知が……まぁ分からんでもない、空想上の生物がこの世界に来ているのだ。俺も無関係な引きこもりのままだったなら興味を持ち早くテレビで出してくれと願ったに違いない。だが、なんの因果か俺はクーニャの主になっている、そんな俺からしたら面白半分に大勢の前に姿を晒させるというのはなんか納得がいかないのだ。ただの子供っぽい独占欲なのかもしれないが、極力そういうのを避けたい。俺は……怯えているのかもしれない、テレビ出演などで関わった人間が俺のしたことをリオ達に話してしまうのではないかという恐怖、そして俺と関わっていることでみんなまで悪いイメージを持たれてしまうんじゃないかという不安、いつまで経ってもやった事がついて回る。これが罪ってものなのだろう、いっそみんなには話してしまった方が楽になれるかもしれない……嫌われてしまう可能性も多分にあるが。情報の溢れているこの世界で未だに知られていないのはみんながネットが扱えない事とニュース番組に興味を持っていないおかげである。
「さて、どうしたもんかな」
「難しい顔をしておるな、儂のせいか? だが人前で顕現してはならぬと前以て言わなかった主にも責任があるのだぞ。言われていれば裸同様見せるようなことはせぬというのに」
「はいはい、俺が悪かったですよ。こーんな愛らしい姿してるから正体がドラゴンなのを忘れてた」
 抱え上げて頬をふにふにしてやるとこめかみをぴくぴくさせて不機嫌な顔になって睨み付けてくる。が、どう見ても今は白銀の綺麗な髪をした可愛いロリなので迫力はない。
「主、馬鹿にしておるだろう? 主とは主従の関係だが儂は人間達に雷帝と言われるほどの存在だぞ。それをクーニャと愛称を付けてからというもの、それを忘れてはいまいか? 初めて会った時は僅かの怯えと憧れのようなものを含んだきらきらとした眼差しを向けていたというのに……今はこう、愛でるような視線しか感じぬぞ」
「そりゃこれだけ可愛かったら愛でますよ。私なんてシロナさん達とクーニャちゃんの服を作るのが楽しみの一つですもん」
 俺を呼びに来たらしいリオが話を聞いていたようで俺の隣に並んで一緒になって幸せそうにクーニャを抱きしめている。リオは絶対に子供を甘やかすタイプに違いない、今だって抱きしめながら頬擦りしてるもの……俺より可愛がってるな。
「戻ってこないと思ったら、二人して朝っぱらから何をしている……リオはワタルを呼びに来たんだろう。朝食が冷めてしまうぞ」
 なかなかリオが戻ってこないもんだからナハトまで俺を呼びに来て俺たち二人に呆れつつチョップを食らわしてため息を吐き朝食が来たと急かしながらクーニャから引き剥がして俺の手を引いた。

「う~ん、美味しくない訳じゃないけどリオ達の作る飯の方が口に会うな」
「ん」
「そうじゃな、妾もクロエの作る味噌汁とか大好きなのじゃ」
「私は家族と食事が出来るのが一番だけど、リオの肉じゃがとシロの炊き込みご飯が特にいいなぁ」
「私はたまにはこういうのもいいと思うのだが、勿論リオ達の作る料理も好きだが」
「そうね~、こっちの世界の料理は珍しくて美味しいけれどそれに引けを取らないリオ達の料理って凄いのね」
 もそもそとルームサービスで頼んだ和食を食べながらなんとなく発した俺の言葉にフィオを始めに次々と同意の声が上がる。ティナの言う通りだな、商売やってる所より美味いって凄いよな。それをいつも振る舞ってもらって……なんて贅沢なんだ。
「褒めてくださっても今は作ってあげられませんよ? 私たちは色んな所で色んなお料理を食べられるのは楽しいですよ。昨日回ったようなお店だと作った方と直接お話し出来ますから作り方なども聞けて参考になりますしクロエ様とリオさんと一緒に新しいお料理を考える楽しみにも繋がります」
「昨日は楽しかったですものね、特にらーめん屋さんは素敵でした。インスタントとは違う深い味わいがあってわたくし感動しました。是非他のお店にも行ってみたいです」
「クロエさんは本当にラーメンが好きなんですね。昨日回ったお店で食べた物はレシピも教えてもらえましたし今度挑戦してみましょうか」
 クロ達は昨日回った店の事で盛り上がっている。リオとシロが熱心に店主と話していたから何かと思ってたがレシピを聞いてたのか。そういうのって企業秘密ってイメージがあるんだが、異世界の人だし競合店になる心配もないから教えてもらえたんだろうか?
「よく教えてもらえたな」
「はい、なんだか硬い紙に名前を書いたら親切に教えてくださいました」
 サインねだられてたんかい! 異世界人って事でリオ達にも写真や握手を求める人が居たがリオ達はバスの外から撮影された映像がチラッと流れた程度なんだが店側はそんなリオ達のサインをどうするんだろう? あまり客寄せには使えないと思うんだが。
「それで、主は先ほど何を悩んでいたのだ? 随分と難しい顔をしておったが、本当に儂の事だったのか? であれば詫びをしたいのだが」
「あ? あぁ……あれは…………」
 みんなはどう思うんだろう? フィオもティナも気にしないとは言ってくれるけど、みんながそうとは限らない。話そうとするとやはり怖いし身体が強張って呼吸が苦しくなる。でも、いつまでも黙ってる訳にもいかないよな。想ってる相手があんな事をしでかしたと知ったら裏切られた思いになるだろうか? そのまま嫌われて離れていく場合もあるかもしれない……あー、やべぇ、朝から鬱だ。
「ワタル大丈夫か? 凄く暗い顔をしているぞ。そんなに朝食が合わなかったのか? 私のパンと交換するか?」
 心配したナハトが隣に来てよく様子を確認しようと俺の顔に手を添えて自分の方を向かせた。宛らこれからキスでもするのかというような状況、それを俺の異常に気が付いたティナが打ち破った。
「ナハト、そういうのじゃないわ。どちらかと言えばいつもの発作のようなもの」
「おいティナ!」
「ワタル、話そうと思ったんでしょ? でも怖くてできないー。そんなワタルに朗報~、あの事はクーニャとアリス以外がみんな知ってるわ」
「っ!? どういう事だっ? なんでみんなが、本当に?」
 ティナの言葉に対しては半信半疑だがもし知られていたらと考えた瞬間にはもうまともではいられなかった。怖い、嫌われる事が、みんなが離れていく事が、温かい居場所が失われる事が、ただひたすらに怖い。恐怖で身体は勝手に震え当たり前に出来ていたはずの呼吸は今や喘ぐようにしてどうにか行っている状態だ。
「みんなで初めてこの世界に来たクリスマスの時に話したの、こっちに来てからワタルは時折表情を強張らせる事があったからみんな異常に気付いて心配してたから、みんな婚約者という立場で同じはずなのに私とフィオだけが知ってるのは不公平だと思って、勝手だと思ったけど話したの」
 みんなが俺のした惨虐行為を知っている……失いたくないと思いつつも身体は勝手に大切な人達から逃げ出そうとした。それをナハトが抱き竦めて捕まえた。
「私は悔しいぞ。ティナとフィオだけだったら逃げないのだろう? 苦しい思いをしているなら何故言ってくれない? 私はワタルを夫にすると決めている。だから何があろうと心変わりなどしない、傍にいる。だからっ! 辛い事があったら一人でなく私の傍で泣け、全て受け入れてやる」
「ナ、ハト……聞いたなら知ってるはずだ。俺は、惨虐な方法で人を大勢斬った。仕方がなかったとかじゃない、俺が俺の意思で斬り刻んだんだ。そんな事する奴みんなだって嫌だろ? だから俺は――」
「ワタルは私の事好きか?」
 俺の顔を捕まえて視線すら逸らさせない状況で真っ直ぐに瞳を覗き込んでくる。その瞳はどこまでも優しくてすべて受け入れるという言葉が真実だと語っている。
「……好きだ。初めて会った頃は色々いきなりでどうかと思ったけど、ちゃんと話したらティナと違って俺の意思を汲んで過剰なスキンシップは控えてくれるようになったし、剣の修理だってナハトが言い出してくれたって……俺の力になろうとしてくれるのとか凄く嬉しくて――」
「だが私はワタルより大勢の人間を斬っているぞ? それも殺さずではない、向かってくるもの全てを殺してきた。そんな私でも好きか?」
「それは仲間を守る為だろう? 無意味にやってた訳じゃないんだ、アドラの仕打ちも知ってるしそんな事で嫌ったりしない」
「ふふふ、だろう? それは私とて同じ事だ。大切なものを傷付けられて怒るのは当然の事だ。やり過ぎはあったのかもしれないが、そうやって怒れるワタルを私は大好きだ。だからあんな顔もうするな、大切な人に怯えられるというのは酷く悲しい」
 優しく、本当に優しくこわれものでも扱うようにナハトはそっと俺を抱きしめる。ついさっきまでは怯えて逃げようとしていたというのに今はこれがとても心地いい、ナハトは目を細め俺の頬に手を添えて顔を寄せてくる。俺もそれに同調して――。
「ひょわぁぁぁあああああっ!? な、なじぇ耳なんだ!? 今のはどうやってもキスするところだろう!?」
 触れるか触れないかの距離になり瞳を閉じたナハトの耳をかぷりと甘噛みしてやった。うん、良い反応だ! 嫌いじゃない。
「いや、みんなに見られながらとか絶対にしないし」
「ティナとはしてるじゃないかっ!」
「俺からしてるんじゃなくティナの不意打ちなんだからしょうがないだろう」
「この高まっていた気持ちをどうしてくれる!? 一回はしないと落ち着かない!」
 今度は無理矢理押さえつけて迫ってくるナハトと組み合いドタバタと暴れ回る。ナハトのおかげでずっと苦しかったものがいくらか楽になった。同じ、か……そういえばフィオやアリスについても俺は気にしてなかったりするんだよな……惚れた弱みというやつなんだろうか?
「ワタル、あの、私たちもナハトさんと同じ気持ちですよ。ワタルがどういう人かは知っていますし、そのワタルがそれだけの行動をするほどに許せなかったんだと思いますから、その事で私たちがワタルを嫌うような事はありません」
「リオさんの言う通りです。わたくし達はワタル様をお慕いしています、どうかその事を忘れないでください」
「そうなのじゃ、それに妾は旦那様に散々もふもふされておる。今更他の男になど嫁げないのじゃ」
「そうですよ、ここの皆さんに手を出しているのだからきちんと責任を取ってくださいね?」
 リオに続いて残りのみんなも俺の罪を受け入れてくれる。あぁ、俺はなんて恵まれているんだろう……温かいなぁ。この居場所を絶対に失いたくない、絶対に守り抜く。その為にあの世界の平穏を取り戻す。
「ちょっと!」
「待てい貴様ら! なーぜ儂とアリスだけ蚊帳の外なのだ! 一体何の話をしているのか説明せぬか!」
 放置されて騒ぎ出した二人を抑えて俺は改めて自分の罪を告白した。受け入れると言われてもやはり自分で語るというのは苦しみと恐怖を伴った。酷い内容だったが全員目を逸らさずに俺の話を聞き、それでも受け入れると言ってくれた。
「な~んだ、そんな事なんだ。私やフィオなんてもっと斬ってるわよ? そんな私たちに居場所をくれたくせにそんな事を気にしてたなんて、ワタルって変なの」
「主には色々思うところがあるのだろう。大勢を助ける為にと儂の元を訪ねてきた主がそれだけの事をしたのだ、余程腹に据えかねたのだろう。まぁ儂はその程度では嫌悪せぬ、主と居ると退屈せぬしな。こうして他世界を見る事などあのままあの神殿に居たら決してなかっただろうしな、これからも期待しておるぞ」
 アリスは全く気にしていないといった風にストローに口を付けてオレンジジュースを啜り、クーニャに至ってはそんな話には興味ないと言わんばかりにソファーの背もたれに深く身体を預け目を閉じたまま手をひらひらさせている。
「みんな物好きだなぁ、嫌われるかもってびびってた俺の不安をどうしてくれる」
「みんなワタルの事が好きなんだから仕方ないわ、話せてスッキリしたでしょ? 私のおかげね」
「……まぁ、そうとも言えなくもないが――」
「ならご褒美ね。ん……ちゅ、ん」
『あーっ!?』
 座っている俺に後ろから抱き付き振り返ったタイミングの不意打ちで唇を奪われた。
「またティナとー、私は我慢したというのに! こうなれば私ともだ。ティナより短かったら許さん」
「へ? ちょ、ま――ほわ!?」
 ベッドへ放り投げられ押さえつけられて貪るようにめちゃくちゃ襲われた。他のみんなはといえば興味津々といった様子で食い入るように鑑賞していた。キスだけだがめちゃめちゃ恥ずかしい、そんな状況を打ち破ったのは一本の電話だった。
「天明? どうした?」
「ああ、ちょっと頼みがあって」
「なんかお前疲れてないか? マスコミに追い回され過ぎたか?」
 異世界の女王様の騎士をやっている事とルックスも相俟って天明と女王様も話題の人物である。天明が実家に戻った時なんかはマスコミが押しかけて周辺が大変な事になっていた。まぁ女王様が同伴したのも原因だろうが。
「まぁね。これはこれで都合が良いけど、まさかこれほどまでに注目されるとは思ってなかったよ。……そっちは相変わらず賑やかだな」
「あぁ、悪い。電話中! 静かに。それで、頼みってのは?」
「テレビ出演に関してちょっと、アルバ陛下とソフィアの意向でテレビに出てヴァーンシアの状況を伝えて助けが必要だって事に理解を求めたいって事なんだ」
「それと俺に何の関係が?」
「航だって戦いの当事者だろう、それに実際に魔物と戦ってる人間の話を聞かせてほしいって言われたんだ。俺たち覚醒者に興味を持ってる人も多いようだし、俺たちが出る事で関心が更に高まるなら良い事だと思ってさ」
 こいつは何を言ってるんだ。あれだけ追い回されたのにそれでもマスコミの中に飛び込むのか? ……いや俺たちだけじゃどうにもならない状況だから協力を求めないといけないのは分からんでもないけどさ、出るのか…………。
「俺じゃなくても紅月を誘えばいいんじゃ?」
「彼女にはもう頼んである、一応了承ももらってる。だから残りはそっち、エルフや獣人、ドラゴンまで居るから話題性は航たちの方が上だし頼めないか?」
 リオ達に俺の罪を知られるという憂いは晴れたが、それがなくとも自分から目立つような事をするのはどうにも躊躇してしまう。
「こういうのは得意じゃないんだが」
「あの世界の平穏を取り戻すんだろう? 覚悟を決めたらどうだ?」
「……あー、もう! はいはい、わーった。分かりました! 出りゃいいんだろ」
「ああ、詳細はまた連絡するからよろしく」
 ぷつりと電話は切れて脱力した俺はベッドへとダイブした。言っちゃった……出たくねぇー。王様と女王様が演説してればいいんじゃないのか? なんなら立場のあるティナとナハトだけ貸し出す感じでは駄目だったんだろうか。自分で決めたというのにしばらくの間うじうじと悩む事になるのだった。
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