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第三章 二十五時の窓口

Episode2

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「マリア先生が知ってる都市伝説って?」
 暁人が尋ねる。
「今、主に女子高生の間で流行してる都市伝説の一つさ。あるテレビ番組で、“窓口”っていう都市伝説が話された。それによると、いじめに遭っていた少女が、この都市伝説の主らしい。いじめで辛い日々を誰にも話せず、日記として残していた。もうここから逃げ出したい、消えたい、死にたい、自分をいじめていたやつが消えればいいのにと書き綴っていたようだ。しばらくして少女はある公園で自殺した。いじめに耐えかねたらしい。でもそれからしばらく経過して、少女をいじめていた友人らが次々に消え、今もまだ見つかってない。彼女が持っていたノートも消えていた。これが“窓口”っていう都市伝説さ。でも後に、この事件は本当にあったことが分かったんだ。ちなみに都市伝説の名前の由来は“少女が自殺した公園にやってほしいことを書いたものを残すと実行してくれる”ってことらしく、いわゆる“事件依頼の窓口”ってことで……」
 マリアは話していた口を閉じた。
「どうかしました?」
 暁人が尋ねる。だが、マリアは一点を見つめ、反応しない。
「そうか……ここから始まりなんだ……。暁人!この事件を調べるぞ!」
 彼女は突然、大声を出す。騒がしい会議室の音が、一瞬消えた。だが、それがマリアの声だと分かると、再び音を取り戻す。
「この事件って……都市伝説の……?」
「ああ。今回の事件はきっと、この都市伝説をなぞらえている。と言うことは、この事件を調べれば、きっと何か分かる」
「先生、どうしてそう思うんです?」
 いつもの彼女の突飛な発想を初めて目の当たりにした春日部は、顔色を窺うように尋ねた。
 でも決まって彼女の答えは、「だって私、天才だから」と一言。
「暁人はこの事件を探ってよ。私は当時の残留物と今回の残留物から何か手掛かりがないか探るからさ」
 マリアはそう言うと「私は研究室に戻るから」と部屋を出てしまう。
「マリア先生はいつもあんな感じなんですか?」
「うん。いつも、突然何かが浮かんだように話を止めて、事件解決の糸口を見つけちゃうんだよ。それが当たってることの方が多くて、事件の全容も経緯も、それに犯人もすぐに分かるみたいなんだ。不思議な人だよ」
 暁人が説明する。
「じゃあ、当時の事件調べるか」
 彼にそう言われ、何も言えなくなった春日部はただそれに従った。



「事件当時の残留物って言っても……自殺で使われたロープと、遺体から採取したサンプルしかないしな~……。ロープは普通にどこでも売ってるものだし……遺体写真からもおかしなところは……ん?いや、おかしい……」
 マリアは目の前の資料や写真を凝視する。
「やっぱりおかしい!」
 彼女はそう叫ぶと、何やら台の上で作業を始めた。
 一方、暁人らは当時の事件を調べ、経緯を調べていた。
「先輩、これどう見ても普通の自殺ですって」
「いいから、調べろって」
「何でそんなに先生のこと信じてるんです?」 
 春日部は尋ねる。
「信じるに値するものがあるからだよ」
 暁人はそう説明するが、彼は腑に落ちないと顔に出ていた。
「なあ、これ見てみろ。事件当日の公園周辺の防犯カメラ映像だ。この少女が公園に入る瞬間、この木の近くに人が立ってるの見えるだろ?こいつ、少女のあとをついていく感じで自分も動き出すんだ」
「いや、でも……ただ単に同じ方向に向かってるだけかも」
「よく見てみろ。姿は木や建物のせいで映ってない。だが、影を見るんだ」
「影?」
「ああ。少女のあとを付けるように、影がずっと付いて行ってる。おかしいと思わないか?それに彼女は、若干だが自分の後ろを気にしてるように見える。何か引っかからないか?」
 暁人は映像を見つめる。
「でも、当時の資料には映像の指摘はありませんよ?」
「気付いてないだけか、見落としか……どっちにしろ、映像の精査と解析をした方がいい」
 彼は携帯を手に、マリアに電話を掛けた。
 数分話し、電話を切る。
「マリア先生が、科捜研に行って“まこっちゃん”を連れて来いってさ。お前らも来いって言ってるから、とりあえず行くか。あ、映像も資料も全部持ってけよ」
「誰ですか……“まこっちゃん”って……」
 春日部がそう言うが、暁人の耳には届いていないようで彼はどんどん歩いていく。



 ちょうど手が空いていた結城を見つけ、暁人は彼の肩を掴んだ。
「結城、マリア先生が呼んでるから研究室行くぞ」
「え!?マリア先生が僕を!?すぐ用意します!」
 嬉しそうに慌てて用意する彼を、春日部は「理由とか聞かないんですね」と気にしている。
「結城はちょっと変わってるんだ。マリア先生が絡むと、あいつは変人になる」
「先輩の周りにいる人って、全員少し変わってますね」
「それは否定しない。……よし、じゃあ行くか!」
 車中、結城はどれだけマリアが凄い人なのかを、春日部に話していた。
「マリア先生ってそんなにすごい人なんですか?僕はあんまり関わらないんでよく知らないんですよね」
 この一言が、結城のマリアに対する変人熱に火をつけた。
「いいですか!?春日部さん!マリア先生は三歳の時には平仮名を理解し、四歳の時には漢字に興味を持って、書き始めていたんです!おまけに大学なんて十五歳になるときに飛び級で入学して、十七歳半で卒業しちゃってるんですよ!?ちなみに先生は大人になって日本へ来るまでずっとイギリス育ちだったんです!ね!?先生は凄いでしょ!?」
 熱弁する彼を、春日部は目を細めて見ていた。
「凄いのはあなたですよ……よくそこまで調べましたね……ある意味ストーカーと言うか……」
「ストーカーじゃないですよ!これは誰でも見れる情報のうちの一つですっ!先生に言ったらこれくらい簡単に見せてくれますもん!」
 後部座席に座る彼らを、運転しながら暁人は時折見ていた。
 そう言えば、これだけ一緒にいながらマリア先生のこと、まだ知らないことばかりだな……。彼はふと思った。
「マリア先生ってIQとか高いのかな~」
「絶対に高いに決まってます!」
「言い切るんだ……」
「もちろんですよ!」
 彼らはまだマリアの話をしている。
 若干のため息交じりで、暁人は研究室に到着したことを知らせた。
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