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第四章 自殺に誘う家

Episode5

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「マリア先生、聴取の映像とか観ます?」
 暁人は机にバッグを置くなり、マリアに声を掛ける。
「観る。てか、撮ってたの?」
「ええ、一応。先生のことですし、聴取とかも見たがるだろうと思って。さすがに〈玄武〉に映像は載せられませんからね」
 彼はマリアのタブレットに映像を送るとスクリーンにそれを出し、彼女に見せる。
「何か気づいたことあったら教えてください。いらなさそうなところは飛ばしていいですから」
 暁人がそう言うと、マリアは映像を倍速で見始めた。
「え、倍速!?先輩、あれ……」
「それもいつものことだから。春日部は、そんなにマリア先生と接点なかったっけ?」
「知り合ってからの期間だったら浅いですよ。IHSが設立されて、変わり者が配属されて……あ、警察に絡んでは証拠や遺体、遺品を欲しがる人物がいて、その人はIHSの六階に棲みついているって話は聞いてましたけど、まさか女性だとは思ってなかったですし、そもそも興味がなかったもので……でも、先生ってだいぶ変わり者ですよね?」
 春日部はそう話す。
「まあな。でも、俺は慣れたよ。マリア先生の性格も特性も、そこそこ理解してる。それにどう動きたいのかも最近では分かるようになってきた。天才的なひらめきもな」
 そう口にする暁人を、彼はじっと見ている。
「先輩、もしかして先生のこと好きだったりします……?」
「な……ちょ、そんな……」
「分かりやすいですね……何が良くてせんせ……いや、聞いた俺がバカでした。忘れてください……」
 春日部はため息をつきながら、倍速で映像を見るマリアを見つめる。
 ロリポップを舐めながら映像を見つめるマリア。小さく体育座りの格好を取りながら、ソファーに座っていた。
「映像、終わったよ」
「どうでした?何か気になる点あります?」
「その三人に会わせてくれない?」
 彼女がそう言う。
「では、再聴取と言う目的で……」
「いや、会うのはあの家でさ」
 マリアはいたずらに微笑む。
「その笑い方……よし!いいですよ!行きましょう!」
「あ、行く前に地下に行っていい?すぐだからさ」
 彼女はそう言うと大きな荷物を持ち、いつもは直通エレベーターに向かう足を、共有のエレベーターホールへと向けた。
 マリア専用のエレベーターとは異なる、広々とした箱。装飾まで施されていた。大きな鏡も存在しているその箱は、まるでホテルのような仕様になっている。そのせいか、研究施設のエレベーターとは言い難い雰囲気を醸し出していた。
 地下一階に到着すると、ほかのフロアとは見た目も違っており、どこかお化け屋敷のような空気が流れている。
「なんですかここ……まさか霊安室とかないですよね!?」
 春日部は暁人の背中に張り付くように歩く。
「あったら最高なんだけどさ~ないんだよね~。造ってもいいんだけど……。暁人、この扉開けて?」
 珍しく可愛げな頼み方をするマリアに、若干戸惑う暁人。
「え、重っ!?」
「そうなの、この扉は重いんだよ……私には厳しくてさ。何せ、ここは不快な場所だからね~」
 彼女はそう言いながらも歩みを進める。
「久しぶり~!うわっ!ちょっと借りたいものがあるんだけど……」
 マリアは耳を押さえながらそう言う。だが、何の音もしていない。暁人と春日部は不思議そうに彼女を見る。
 そして耳から手を離したマリアは、研究員であろう男性に近づく。周りには聞こえないように耳元で何かを話している。男性は笑顔になり、口を開いた。
「もちろん!いいですよ!その代わり、壊さないでくださいよ?あ、使い方は……」
「分かるに決まってるだろ」
「ですよね~」
 彼は、アルミ製のジュラルミンケースをマリアに手渡した。
 受け取った彼女は、それを持ってきた大きなカバンにしまう。
「じゃあ、行こうか!」
 彼女がそう言うと、「ええ!行きましょう!」と、やけに意気込む暁人。そんな彼に若干引き気味で付いて行く春日部。
 何もかもが異なる三人は、周りから見れば異様な存在なのだろうか。
 地下一階の研究員たちは、その三人をまじまじと見ていた。
 そして先ほどの重い扉の前、暁人は再び扉に手を掛け、二人を暗い廊下へと出す。
 エレベーターに乗り込み、光が差す地上へと三人は出た。
「車持ってきますね」
 春日部はそう言って駐車場へと走る。
「みんなで行けばいいのに」
「警察は縦社会ですから。俺はそんなに気にしないけど、春日部は律儀ですからね。下っ端は動かなきゃって思ってるんでしょう。それより、さっきの部屋は何です?」
 マリアは「あそこは、“不快の部屋”だよ」と笑う。
 それ以上を尋ねても、彼女が詳細に説明してくれることはなかった。



「……ということで、伺いました」
 マリアを連れ、二人は玄関口に立つ真弓に事情を説明した。
「研究所の先生がどうして?主人は自殺なんでしょう?」
 だが、なかなか中には入れてもらえない。
「自殺かどうかは私が判断する。とりあえず中に入れてくれ」
 見た目からは想像もできない口調に、真弓はマリアから目を逸らせないでいた。
 半ば強引に家の中に入り込んだマリアを、追いかけるようにして二人も入り込む。
「若干するか……」
 マリアはそう呟くと、先ほど借りたジュラルミンケースを鞄から取り出し、中を露出させる。
 何かの操作をし、じっと見つめる。
 ジュラルミンケースの中は、何かの配線と、計器が収められていた。
 メーターに取り付けられた針が動く。
「先生、これは?」
「これ?ああ、さ」
 言っている意味が理解できないと言わんばかりの顔をマリアに向ける一同。しかし、マリアは何も気にせず、ケースを持って部屋中を歩き回る。
「ここは?誰の部屋?」
「父さんの……部屋です」
 湊が答える。
 マリアは躊躇いもなく扉を開けると、中に入った。
「うわっ!暁人、ちょっと来てくれ!」
 呼ばれて中に入る暁人。彼女に声を掛けた。
「……連絡ですね?分かりました。ですが、対応してくれるでしょうか……ええ、伝えてみます」
 部屋の中から聞こえてくる暁人の声。
 暁人は電話をするために部屋を出ていた。そしてその隙を見て、マリアはある部屋に入り、何やら引き出しを漁っている。そして、何かを見つけ、手に取る。
「そうか……だからあいつは殺したんだ……」
 しばらくすると、二人は部屋から出てきた。
「どうしたんです?」
 そう尋ねる春日部に、「玄関の鍵を閉めて立ってろ」と耳打ちする彼。理由は分からないが、先輩の言うことは絶対だと、春日部はそれに従う。
 暁人はマリアに近づくと、「いけそうです」と一言。
 それからわずか十分ほど経過した時、湊は眉間にしわを寄せ、玄関口を見つめた。
「聞こえてるんだろ?あれが……」
 マリアはそう声を出す。反応したのは湊だった。
 しばらくすると、家の前に赤色灯が反射する。
「痛いよな?耳が。半端なく。そうだろ……?」
 湊はマリアを見つめる。
 玄関扉がノックされ、制服警官が二人現れた。
「あ、待ってたよ~」
 マリアが出迎える。
「青井刑事は……」
「ああ、俺です」
「あの……言われた通りサイレンは鳴らさずに来たんですが……」
 警官の一人が言う。
「うん、助かったよ。マリア先生、いいですよ」
 暁人がそう言うと、マリアはにたりと笑い、手元のスイッチを押した。その瞬間、湊と遥が耳を押さえた。その隣でマリアも耳を押さえる。
「なんで……これ……」
 遥がそう呟く。
「“なんで”って、私が復活させたからだよ。ほら、見えないか?あそこにいるが……」
 マリアはそう言って、玄関へと続く廊下を指さす。
「嘘……なんで……」
 マリアは再び、手元のスイッチを押す。すると、三人は耳を塞いでいた手を退ける。
 三人の異様な行動を、暁人らは見つめていた。
「橘遥、お前が殺したんだよな?父親を……」
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