幻葬奇譚-mein unsterblich Alchimist-

ドブロクスキー

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去年のリッチな夜でした

その3

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 そして、まばゆく照り返る路面に、どれだけ蝉の声が反響した後の事であっただろうか。
 大方の生徒が校舎を去った頃、裏門近くの駐車スペースに一台だけ停められた車の中で、二つの人影が動き出そうとしていた。
 テンポの早いテクノミュージックが、かげりの覆う車内には充満していた。
「……そろそろ良さそうだな」
 運転席に座った若い男は、フロントガラス越しに外の様子を眺めてぼそりと呟いた。ツーブロックに整えた髪に乱れが無いかをルームミラーで確認した後、彼は助手席に腰掛けたもう一人へと目を移す。
「……行くか」
「……いや、『行くか』ってお前、早めに着いたんなら着いたで、中で待たせてもらやいいじゃんよ。どうしてまた、わざわざこんな車ン中で時間潰そうと思い立った訳よ?」
 実に不服そうに切り返したのは、助手席に腰を下ろしたもう一人の若い男であった。
 ナチュラルマッシュに整えた髪を空調の風になびかせて、シートに行儀悪く寄り掛かっていたその男は、運転席の方へと面倒臭そうに瞳を動かす。
「前みたく校長室で応対してもらや、お茶の一杯も差し入れてくれたろうに、何だってこっちから肩身を狭くしたがんのよ?」
「俺達が腐っても公安警察の所属だからだ」
 ドア下部のフロントスピーカーから流れ出る曲がサビに入るのと一緒に、運転席の男は苦々しげに答えた。
 そしてその男、薬師寺やくしじ弘樹ひろきは、ハンドルに両手を乗せて面倒な相棒へと指摘する。
えて足跡そくせきを残すような振舞いを繰り返すもんじゃない。それが巡り巡っていつか命取りになると、室長も事あるごとに言ってたろうが」
「おー、やだやだ。言い付け守るしか能の無い奴は」
 言いながら、助手席に座った男、鬼塚おにづかたくみは、ほとんど前髪に隠れている眉根を寄せた。
「第一、公安所属たって時代劇の忍者じゃないんだぜぇ、俺達ゃ。そりゃ、中にはそういう出自の奴も含まれてんのかも知んないけどさぁ。にしたって戦場でスパイ活動してんじゃないんだから、変な所で遠慮し過ぎるのもどーかと思うよぉ? 役人は役人らしく、前向きに図々しく行った方が肩もらなくていいじゃないのよ。んな、お預け食らったワンちゃんみたいな事言ってないで」
「誰がワンちゃんだ」
 相手の垂れ流す弁を面白くもなさそうに聞き流していた薬師寺は、しかし、最後に付け加えられた一節を耳に入れるなり、不快の色を急に濃くした。
 次いで、彼はそれまでよりも強い口調で言葉を続ける。
「そもそも今言ったのは言葉のあやだ、どっちかと言や。本当ホントの所は、お前がまたぞろ節操無しに女のケツを追っ掛け出さないか不安になったからだ。制服姿の女子高生なんかを間近で捉えた途端、それこそお預け食らってた犬みたいに目を爛々らんらんと輝かせない保証が欠片でもあんのか?」
「おま、人を変質者みたく言うなよ!」
 鬼塚がにわかに口先をとがらせて憤慨すると、薬師寺も向かいで語気を強める。
はたから眺めてりゃ『それ』の一歩手前だ。俺までいつ同じ目で見られやしないか、年中戦々恐々としてんだよ、こっちは」
「だったらもう手遅れなんじゃねえのか? 送り狼が」
「自分で認めてどうすんだ、この腐れ房中術師ぼうちゅうじゅつし……」
 茶化すように言った鬼塚へ薬師寺が切り返そうとした瞬間、車内のスピーカーからテクノミュージックの旋律を割いて、唐突に人の声が流れ出す。
『本部より六〇六ロクマルロク六〇七ロクマルナナ、定時報告』
 随分と低い、それは女の声であった。
 しかるに愛想の欠片も無いその声が車内に響いた途端、両者はぴたりといさかいを収め、それぞれに姿勢すら正したのであった。
「こちら六〇六ロクマルロク。目的地に到着。間も無く『標的』へと接触を開始する予定」
 インストルメントパネルを手早く操作して音楽を止めつつ、薬師寺が応答した。
「こちら六〇七ロクマルナナ。始業式の方も終わったみたいで、丁度ちょうどいいタイミングみたいですわ」
 鬼塚はそう答えて窓の外を一瞥すると、ふといぶかる面持ちを浮かべる。
「……でも室長、こうして昼日中に直接『御挨拶』に出向く程の必要がありますかね? 例のあの『特例的乙級特異能力者』殿に」
『今回は前のように正式な調査に訪れた訳ではない。どちらかと言えば、この国の組織としてすじを通しておく為だ。一応、「あちらさん」の様子をチェックする目的もある』
 スピーカーより届く女の声に、そこで一拍の間が置かれた。
『変におおやけの立場を強調しない方が、先方にとっても都合が良かろうからな。男三人で適度に話に花を咲かせておけ』
「了解」
「……了解」
 薬師寺と鬼塚が揃って返答した直後、スピーカーからそれまでよりも更に低い声が発せられる。
『……油断はするなよ』
 いささか剣呑な響きの含まれた通告を最後に、ぷつりと通信は切られた。
 数秒の間を置いて、鬼塚が助手席に寄り掛かりながら鼻息をく。
「……ったく、これを機に組織うちの売り込みでもさせたいのかねぇ……」
 相手のしんみりとした物言いに釣られるようにして、薬師寺も鼻先で一笑する。
「ま、『あちら』は曲がりなりにも天下の国連機関の重鎮。俺達と来れば、たかが一国の警察組織の一部署に属する下っ端だ。本部に呼び付けるって訳にも行かないんだろ。相手の方が大分だいぶ年上でもある事だし」
 言って、薬師寺はエンジンスイッチを切るとドアを開けた。
 そうして二人は車の両脇から、目の前にそびえ立つ建物を仰いだのだった。
「しっかし、また『ここ』へ来る事ンなるとはなぁ……」
 日差しのまばゆさによるもの以上に目を細め、鬼塚がぽつりと呟いた。
 車を挟んだ向かいで、薬師寺も肩をすくめる。
「世話になったのは事実だからな。俺の場合は、少し大袈裟に言えば命の恩人でもある。室長の台詞じゃないが、どの道すじは通しておくべきなんだろう」
 生徒の去った校舎は静かに日差しを浴び、澄み切った空に彫り込まれるかのように毅然とその威容をさらしていた。
「それにしたって、どういう巡り合わせなんだか……」
 鬼塚は額に手をかざし、おもむろに目元を細めた。
「……特A級『最上位不死者アーチ・リッチ』……そんな御伽噺おとぎばなしの代物を俺もまさかこの目で見るとは思わなかったし、そんなのがよりにもよって、こんな所で平然と教師なんかをやってやがんじゃ最早もはや与太話だ」
「事実は何とかより奇なり、ってか。まして、その正体が伝説の錬金術師となれば尚更なおさら。改めて対面するとなると一層、下手な冗談みたいに思えて来る」
 しんみりとした口調で薬師寺が付け加えた。
 そして、それぞれに鼻息をいた二人の前で、御簾嘉戸みすかと二区高校の校舎は尚も不動を保つのだった。
 蝉の声だけが、辺りの空気を相変わらず震わせていた。

 そのおよそ二十分前、リウドルフは昇降口の手前で一人の男子生徒と話し込んでいたのであった。下校する生徒達の列は徐々に細まっていたが、リウドルフも大して気に留めずに目の間の相手と話を続ける。
「そっちも今から帰る所か。流石に新学期の初日から部活でもないか」
「いや、部の方はもう引退しあがりましたよ。夏休みの内に」
 男子生徒が苦笑交じりに答えると、リウドルフもばつが悪そうに頭をいた。
「あっ、そうか。もうそんな時期なんだっけ……いや、県大会まで進んだって話は聞いたよ。随分と勝ち上がったそうじゃないか」
「ベスト4止まりでしたけどね。善戦及ばずって感じで」
 そこで、男子生徒はいささか悔しげにうなずいた。
「あと一歩だったんですけどね、本当。初回の失点が最後まで響いて、一点が、本当ホントあと一点が入らなかったんすよ」
「勝負事なんだから、そういう時もある。お互い真っ向からぶつかっての結果であるなら仕方が無い。後輩達がきっと次に活かしてくれる」
「そうっすね……」
 気恥ずかしそうに頬を掻いた相手を、リウドルフも穏やかな面持ちで見下ろした。
 廊下の端の方に立つ二人をえて気に留める生徒もおらず、両者は互いに忌憚きたん無く言葉を交わし続ける。
「それじゃあ、あれだ、これからはいよいよ受験勉強に専念出来るって訳だ」
「いや、まあ、そこも奮闘したい所ですけど……」
 急に語気を落とした男子生徒の肩を、リウドルフは幾度いくどか叩いた。
「何、お前、数学の方は悪くない成績なんだから、変に気負う必要も無いだろ。理数系の御多分に漏れず、英語の方が今一つなのが気掛かりだが」
「ああ、まあ、そこは……」
「俺も英語は第一言語じゃないから偉そうな事は言えないが、何事も慣れだよ、慣れ。大事なのは日々の積み重ねだ。野球と一緒だよ」
 リウドルフが相好を崩すと、それに釣られるように男子生徒も笑った。
 しかる後、リウドルフはふと目線を宙に持ち上げる。
「そうか、お前ももう引退かぁ……正にあっと言う間だな、一年なんて」
「そうっすね。自分も今ンなってそう思います」
 うなずいた男子生徒へ、その時、リウドルフは少し意地の悪い表情を向けた。
「いやいや、最初に会った時ゃ、こんな愛想の無い奴で大丈夫かと密かに心配したもんだが、一端いっぱしに主将まで勤め上げたんだものなぁ。誰でもやれば出来るもんだ」
「そんな風に言う事ないじゃないっすかぁ」
 廊下の片隅で何やら盛り上がる二人の様子を、通り掛かりの幾人かが奇異の眼差しを以って捉えたが、大半の生徒はして気にも留めずに昇降口を後にして行くのだった。
 そばを通り過ぎて行く無数の足音を聞き流しつつ、リウドルフは改めて目の前の少年を視界に収めた。
「……しかし、あれからもう一年以上も経つんだな。改めて月日の経つのは早いもんだ」
「ええ」
 首肯した男子生徒へ、リウドルフは暖かな眼差しを寄せた。
「何にせよ、それだけ時間が過ぎたんだ。それなりに思う所も変わる所もあっただろ。お前にしても、『あいつ』にしても」
 今度の言葉には即答せず、男子生徒はその眼差しを足元へと落としたのであった。
 廊下の窓から差し込む日差しは、強さを益々ますます増して行った。
 暦の上では夏を過ぎても尚、蝉の声も未だ衰えを知らぬようであった。
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