布衣の交わり

又吉康眞

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サガシビト

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 布衣の交わり
  一話 サガシビト
 君は妖と呼ばれるものを見たことがあるだろうか。たとえ見えたとしても、妖というだけで、煙たがる人も多いだろう。しかし妖にも心がある。私はそれをわかりたい。見える人にしか理解できないものだろうから。
 気づくと私は真っ暗な世界にいる。そう、夢だ。私は夢だとわかりながら、暗闇を見つめ続けるしかなかった。
「主様。主様。」
 式神の空木が私を呼んでいる声で目が覚めた。
「何者かがそこの茂みを通りました。ご注意ください。」
「妖なのか?」
 寝ぼけながら言った。
「えぇ、邪気は帯びていませんでしたが、妖ものの匂いでした。」
「そうか、ならば起きておこう。」
 私たちは周りに注意を払いながら、夜明けまで過ごし、朝を迎えた。
「あの山を越えたところに村がある。そこを目指そう。」
「はい、主様。」
 その日の夕暮れ、私たちはその山の中腹に山小屋を発見した。私は泊めてもらえないか交渉するために、小屋のドアをノックした。
「はい」
 中から女性の声がしてドアが開くと、六十ほどの婆さんがいた。
「こんばんは、妖仏師の令司と申します。失礼ながら今晩ここに泊めていただけないでしょうか?」
「これはこれは、妖仏師様ですか、そりゃもちろん大丈夫ですよ。中へお入りください。」
 小さな囲炉裏の前へと案内された。粟と稗の混じった玄米と味噌汁が出された。私は急いでそれをかききこんで、しっかり手を合わせて言った。
「ごちそうさまでした。」
「食べるのが早いわね。私にも息子がいてね、いや、もう息子とは呼べないわね。」
「何かあったんですか?」
 お婆さんが少し笑って言った。
「あら、私の昔話に付き合ってくれるのかしら。あれはもう昔の話。下の村に他所から嫁いできた私はほかの数人の村人から疎まれていました。そんなさなか、私の旦那は不慮の事故で亡くなりまして、子供を産んだばかりの私は、旦那が亡くなったのをいいことに私を疎んじていた人たちに私を迫害されました。私は夜逃げするように誰の住んでいたのかもわからないこのボロ屋に逃げました。その時、自分の食べる食料すらなかった私は、このままでは息子が餓死してしまうと思い、寺の前に捨てていきました。本当に情けないことです。それ以来、そこにある高台から村を見下ろして、子供をつい見てしまうのが日課なんです。」私も空木もその話を黙って聞いていた。
「そうですか…お子さん、生きていらっしゃるといいですね。」
「本当に後悔しています。なぜあの時、捨てたのか。」
 まただ。あの夢である。私は何の意味も見いだせずにいつものごとくひたすら暗闇を見つめていた。そうするとだんだん意識がもうろうとしてきて、目覚めた。起きると婆さんが朝ご飯を作っていた。私はご飯を頂くと、お礼を言ってその家を出て、村へ向かった。
 私はその村へ着くと、泊めてくれる家を探した。村人によると村長なら泊めてくれるだろうということだった。そして、村長の家へ向かった。村長の家につくと空木が言った。
「主様。この家、昨日の妖の匂いがします。」
「そうか、人間に化けている可能性もある。気をつけろ。」
 私は村長の家に向かって言った。
「ごめんください。妖仏師の令司と申します。村長さんはいらっしゃいますか。」
 すると、家の中からドタドタと音を立てながら村長が出てきた。
「令司さん、ご相談があります。」
 村長はとても焦った様子で言ってきた。
「えぇ、えぇそれは構いませんが、実は宿を探しているのです。泊めていただけませんか。」
「わかりました。今すぐご用意いたします。」
 私は客室に案内された。
「それで、ご相談とは。」
「最近、子供が誘拐される事件が頻発しています。しかし、その子供たちは三日後にはかえって来るという不思議な誘拐なのです。この事件の犯人捜しをお願いできませんか。」
「なるほど、分かりました。お手伝いいたしましょう。」
「そうですか、受けてくれますか。」
 村長はとても嬉しそうに言った。村長曰く、最後に被害にあったのは、村長の娘だった。しかし娘は犯人の顔などは全然覚えていない。寝ていたはずなのに気付いたら家の前にいたという。そして、一回さらわれた子供はさらわれないそうだ。村人たちは、もう一度さらわれるという恐怖や、さらわれても帰ってくる保証がないなど、とても怯えているらしい。しかしまださらわれていない子供が一人だけいるという。それは寺の小僧だそうだ。
 私は村長のお願いで、その晩から寺で小僧の警護をすることになった。
「これはまた厄介な事件になりましたね。もしかすると犯人は人間じゃないのかもしれませんね。妖仏師ということはあなたも見えるのでしょう。」
 寺の住職は私の横に座って言った。
「えぇ、住職さんも見えるんですね。」
「あ、そんなにはっきりは見えませんよ。存在を感じたり、たまに影が見えるだけです。そこにも今いますね。」
「これは私の式神で空木と言います。住職さんが妖の類を感じ取れるのは珍しいですね。しかも法力までお持ちでしょう。たいていの住職は、誰かに頼られたときにお経を読むことしかできないことが多い。だから、しっかりと法力でお清めできるのは大変名誉なことだと思いますよ。相当修行なさったのでしょう。妖は生まれつき見えるのですか。」
「いいえ、私が六歳のころから見えだしました。なぜかはわかりませんが。」
「実は私も十四歳のころから見えるようになったのです。きっかけは原因不明の大病で、数日間、高熱を出し続けました。しかし、そこに妖仏師のソウジという者が現れました。ソウジは私の部屋に誰もいれずに二日間治療していたそうです。私はそのおかげで一命をとりとめました。そしてソウジは何の謝礼も受け取らずに『完全に治せなくて申し訳ない。子供が目覚めたら、このお守りを渡しなさい。』と両親に言ったそうです。」
 私はそのお守りを住職に見せた。
「それを親に聞いて以来、私はそのソウジを探して旅をしているのです。ですが何の手掛かりもなく四年が過ぎました。」
 そう言いながら私は住職の手首のあざのようなものに目がひきつけられていた。住職はそれに気づいたようだった。
「あぁ、これですか、私が物心ついたころにはもうあった古いやけどの痕なんですよ。御前さん…あぁ、前の住職曰く私を引き取ったころからついていると言っていました。では夜も更けてきましたので、小僧を頼みます。私も効くかわかりませんが、一晩お経をあげさせてもらいます。」
 そういうと住職は隣のお堂へ行き、お経を唱え始めた。肝心の小僧は私たちの話を横で微動だにせずに聞いてた。私と小僧の間にしばらくの沈黙が続いた。
「怖いか。」
 私は小僧の目を見て言った。人見知りなのか、緊張しているのか、小僧の目は私を視界から外した。
「僕はさらわれるとどうなるのでしょうか。」
 小僧は手をぐっと握りしめていた。
「わからない…だが、今までさらわれた子供はみんなさらわれていた時間の記憶がないという。しかも体にも異常はないようだから、そこまで心配する必要はない。」
「そうですか」
 小僧は布団に入り、眠りについた。私は少し眠気を感じ始めたので、空木に周りの警戒を任せて休憩していた。
「誰だ!」
 小僧が大声を上げた。私は急いで立ち上がり声のほう見ると、誰かが小僧を抱き上げようとしていた。しかし、そいつは私を見ると小僧を諦めて走り出した。
「空木!やつを追いかけろ。」
 私は走りながら命令すると、空木は高く跳びあがり、犯人を抑えにかかったが、犯人はジグザグに走り、空木に背後を取られないようにしていた。私は立ち止まると、人の形をした紙がいくつもつながった式を懐から出しながら放った。その式は何かに引っ張られるように飛んでいき、犯人の足に巻き付いて、ころがせた。その瞬間に空木が犯人を取り押さえた。私が後から駆け付けると、そこにいたのは、若い女で、牙を生やした妖だった。
「主様、こいつは昨日の婆さんの匂いがします。昨日の婆さんを食いやがったようです。」
「いや待て、おそらく、そいつは婆さん本人だ。着物が同じだ。そうだろう、婆さん。」
するとその女の牙は歯茎へ収納され、皮膚にしわができ始め、昨日の婆さんの姿へと戻った。
「そうです。ですが、申し開きさせてください。私は人を食べたことがありません。ただただ、私の息子を探して、子供をさらって確認していただけなのです。」
 婆さんは必死に私に訴えかけた。おそらく成仏させられると思っているのだろう。
「大丈夫だ、安心しろ。確認と言ったが、子供の何を確認していたんだ。」
「私の子供は生まれてすぐに囲炉裏で手首にやけどを負いました。それを探していたのです。どうか、どうか息子が見つかるまでは成仏は勘弁を。」
「承知した。婆さんの息子には見当がつく。空木とともに山小屋で待っていろ。」
 私は急いで寺へ戻るとお堂へ入った。お経をあげ続ける住職とその隣で合掌する小僧がいました。
「住職、犯人が捕まりました。」
 そういうと小僧は安堵の表情を見せましたが、住職は少しうなずき、お経をあげ続けました。
「住職、話があります。聞いていただけませんか。」
 住職は無視してお経をあげ続けた。黙って待っていると、お経が終わり、住職が振り向いた。
「お経を途中でやめるのは仏さまに失礼に当たりますから。」
 そう言うと住職は隣の部屋へ入ったので、私も追って入った。住職は座布団に正座で座った。
「さて、話を聞きましょうか。」
「えぇ、単刀直入に聞きます。あなたは捨て子ですね。」
「御前さんからはそう聞いていますが。」
「母親に会いたいという気持ちはありますか。」
「うーん、正直会いたい気持ちはあります。ですが、仕方ない理由であれ私を捨てた人です。今更会わなくても良いとも思いますね。」
「実は、今回の事件の犯人は、おそらく、あなたの母親です。亡くなった後、体に鬼火が宿り、妖化したようです。その妖は手首のやけどの痕を頼りに、子供をさらっては確認して、息子を探していたようです。今は山小屋で私の式神とともにおとなしくさせています。」
「ですが、私が会わなければならない理由はありません。」
「そうですね。ですが、その妖…いえ、母親は息子に会えば成仏できると言っています。今一度、会ってはいただけませんか。」
 住職はしばらく考え込んだ。
「私のわがままで村の子供たちを危険にさらすことはできない。会いましょう。」
「そうですか、ありがとうございます。」
 私は住職と山小屋へ向かった。山小屋の扉を引くと、そこには空木が立っていた。
「主様、お待ちしておりました。」
「婆さんの調子はどうだ。」
「大変落ち着いています。おそらく、人を食う心配はないでしょう。」
「よし、分かった。」
 私は住職と中へ入って行った。婆さんは住職を見てぽかんとしていた。その婆さんに向かって私は言った。
「こちらは、村の寺の住職です。そしてあなたの息子です。」
「こんばんは、名前は長功と言います。」
 住職の袈裟の袖がひらりと捲れて、手首の痕が見えた。
「あぁ、そうか、もうそんなに時間が経っていたのね。ごめんね。ごめんね。」
婆さんはそう言いながら、着物の袖を目に当てた。
「母さん…。」
 住職はそう言うと婆さんの目の前に座った。
私はこの様子だと二人にして大丈夫だと思った。
「それでは、私の仕事はここで終わりでしょう。」
 私は山小屋の外へ出た。
「ですが、主様、あの二人は違う匂いがします。本当の親子ではないのでは。」
「そうかもしれないな。だが、お互いが親子だと信じていることが大切なんだ。それだけで親子は繋がれる。それに証拠ならある。」
「手首のやけどの痕ですか。」
「いや、住職が妖を見えるようになったのは六歳の頃。突然見えるようになったという。おそらく、そのタイミングで婆さんは死に絶え、妖となったのだろう。そして、子供の住職にもその影響が及んだ。そう考えるのが妥当だ。」
 私は、山小屋の横で二人の会話のかすかな話声が聞こえる中、空木と一晩明かした。
「令司さん、令司さん。」
 住職は、山小屋の壁にもたれて寝ている私をゆすり起こしました。
「あ、あぁ、住職さん。」
「では、寺へ帰りましょうか。朝ご飯にしましょう。」
「えぇ。」
 私は何も聞かなかった。沈黙が続いたまま山を出た。その時住職は言った。
「母さんは成仏されました。もう事件が起こることはないでしょう。しかし、親がいるという嬉しさはこのようなものなのですね。寺の小僧になって以来、親という存在に目を向けてこなかった私にも、このような気持ちになることが訪れるとは思いもしませんでした。」
 私は何も言わずに笑ってうなずいた。












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