布衣の交わり

又吉康眞

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トムライ

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布衣の交わり
     二話 トムライ
 私たちは、かつて空木と出会った地へ向かっている。
「主様、桔梗が生えています。これをあそこへ植えましょう。」
   空木ははしゃいで言った。
「そうだな、あいつも喜ぶだろう。」
   そして、大きな石のある丘へ着いた。石には大きな注連縄がしてある。空木は石の根元に、さっき取ってきた桔梗を植えて、手を合わせた。
「あれからもう二年になるのか。」
「えぇ、桔梗も元気にやっているだろうか。」
 二年前、私は都へ向かって歩いていると、一人のおじいさんとすれ違った。すれ違うと、おじいさんは振り向いて言った。
「その先は、つぶれた村しかないよ。あんた、もしその村にようがあるなら、東の村へ行ったほうがいい。その村の者はみんな、東の村へ行った。」
「わざわざご丁寧にありがとうございます。」
   そう言うと私は再び歩き出した。私がその村へ着くと、土砂で崩れた家や、鳥居だけの神社があった。そして、崩れた家の前に眼帯の人がいた。
「ここで何をしている。」
「そなた、私が見えるのですか。」
「あぁ、妖か。気づかなかった。」
   私はそのまま立ち去ろうとした。
「待ってください。頼みがあるのです。ここに人の子が埋まっています。それを出して、どうか、親元に届けてやってはくれませんか。」
   私は黙って振り返った。その妖は悲しい顔をしていた。だから、そこをほってみることにした。すると、子供の骨らしきものが出てきたではないか。私はそれを小さな壺に入れた。
「親のいる場所は、東の村か。」
「はい、楠松という名の家です。」
   私たちは東の村へ向かうことにした。
 歩いているときに、妖に私は聞いた。
「妖よ、なぜ、この子供を気にしていたんだ。」
   妖は怒った様子だった。
「妖ではありません。私は、トトという名前があります。」
「そうか、失礼。」
すると、トトは空を仰いで話し始めた。
「トトという名は、その子がつけてくれた名です。私は生前、山猫でした。雨の日、おなかをすかせた私は、とある家の軒下で雨宿りをしていた。家から子供が出てきて、私を見つけました。私が逃げようとすると、『待って。』と言って引き止めて、私を大そうかわいがってくれました。その子は少ないながらも魚の尻尾をもってきて与えてくれました。私はそれからたびたびその家に来てはご飯をもらっていました。そしてそれを友人の猫にも分け与えようとしました。しかし、その友人は『そんなものを食っていたら山猫として穢れる。』と言って食べませんでした。私たちが住んでいる山は、人の狩りによって動物の数も減っていました。そのために友人の猫は私が食べ物をもってきているのにも関わらず、
「人から分け与えられたものなど食えるか。」と言って、飢え死にしてしまいました。そして、ある時、台風がやってきて土砂崩れを引き起こしました。村人たちは逃げました。そんなさなか、その子供は私が土砂に巻き込まれないように抱いて逃げましたが、私ともども土砂に巻き込まれました。台風が去ってから、子の親がひたすら子供を探していました。私は必死にここだと訴えましたが、私を見えるものは現れず、とうとう親まであきらめて帰ってしまいました。しかし、あなたが見つけてくれました。これであの子の親も喜ぶはずです。」
「そうか、喜んでくれるといいんだが。」
私は少し疑問を持ったように返事した。
「妖仏師様、近くで邪気を持った妖の匂いがします。」
「あぁ、そのようだな。これは大物だぞ。」
   妖たちが逃げ惑う様が見えた。私とすれ違った中級の妖が言った。
「人の子よ、逃げたほうがいい。このあたりの人も妖も食い荒らす化け猫が来るぞ。」
   その妖も全力疾走で逃げて行ってしまった。
「ガゥゥ。」
   その化け猫の唸り声が聞こえる。私たちはその方向へ走った。だんだん声が近くなる。周りを見ると、草木は枯れていた。植物ですらそいつの邪気の影響を受けているようだ。走っていくと木が枯れ果てた広場に出た。
「人の子でもいい、お助けください。」
   声のほうを見ると黒い大きな化け猫に低級のひよこのような妖が襲われかけている。化け猫はこちらを向いて言った。
「人の子が私に勝てるわけがなかろう。こんな小物より妖力のある人間を今日の晩飯にしよう。」
「その声、桔梗ではありませんか。」
   トトが叫んだ。
「トトか、人になついていた貴様がついに妖仏師の手下にまでなり下がったか。昔はお前がうらやましかった。人に名前まで付けてもらって、飼い猫のように扱われて。」
「お前も人にかわいがって欲しかったならそうすればよかったではないか。」
「山猫としてのプライドはないのか。」
   桔梗はこちらに睨みをきかせた。
「妖仏師様、桔梗をお助けください。桔梗の邪気を払うことはできませんか。」
「できることにはできるが…やってみよう。」
   私は息をのんで言った。だが、私がトトに作戦を伝えようとした時、呪詛が込められた短剣がどこからか飛んできて、桔梗はそれをかわした。
「くそ、妖仏師が二人いては分が悪い。」
   そういって桔梗は、周りの草木を枯らしながら逃げて行った。
「もう少し引き付けていてくださいよ。」
   木から人が飛び降りてきて言った。
「誰だ。」
「あなたも妖仏師なら私の気配に気づいて援護すべきだった。そんな山猫の霊と打ち合わせようとするから、ダメなのです。」
「誰だと聞いている。」
「私は、妖仏師の貞二というもの。あの化け猫の退治を依頼されている。」
「そうか、私は令司。同じく妖仏師だ。あの化け猫の邪気を払いたいと思う。協力してくれないか。」
「なぜ払う。そのまま滅してしまえばいい。」
「あいつは、このトトの友人だそうだ。私はトトの気持ちを汲んでやりたい。」
「そんな風に妖に心を動かされるようなら妖仏師なんてやめてしまえばいい。」
   そう言って貞二は去っていった。私たちは東の村へ向かうことにした。
「やはり、妖仏師様、いえ、令司様はほかの妖仏師とは違うのですね。」
   トトは不思議そうに言った。だが、私はずっと黙っていた。
 私たちは村についた。
「あんた、向こうの村での用事は終わったのかい。」
   昼間の親切なおじいさんが言った。
「いえ、まだ終わっていません。楠松という家を探しているのですがご存じですか。」
「あぁ、楠松さんね、あそこに新しい家があるだろう。その家に住んでいるよ。」
「ありがとうございます。」
   私たちは、楠松の家へ行った。
「ごめんください。」
「はぁい。」
   扉を開けると、三十代くらいの女性が迎えてくれた。
「私は妖仏師の令司と申します。楠松さんでしょうか。」
「はい、そうですが。」
 女性は怪しんだ目で目でこちらを見ていた。
「失礼を承知で申し上げます。元居た村でお子さんがお亡くなりになられましたね。実は、その子の遺骨を持ってきました。」
 女性は、怪訝な顔をして言った。
「やめてください。そういう人の気持ちをえぐるような行為は。いくら妖仏師様でもね。その骨が、息子だという証拠はあるんですか。」
「本当にお子さんなんです。どうか受け取っていただけませんか。」
   そういって骨壺を差し出した。
「こんなどこの誰かもわからないような骨を本当に息子だとしても受け取れません。そして、私たちは息子は生きていると信じています。」
   その女性はぴしゃりと扉を閉めた。私たちは黙って扉の前に立っていた。
「なあに、落ち込むな、そんなことも有るさ。もう遅い。うちに泊まっていきな。」
   そういってあの親切なおじいさんは私たちを家に泊めてくれた。
 その夜、おじいさんは言った。
「もう寝たか。」
「いえ、まだ起きていますよ。」
   私はむくりと起き上がった。
「実はな、私の田畑も化け猫に荒らされて今度の年貢が納められそうにない。いち早く、あの化け猫を退治してくれねえか。」
「わかりました。何とかしましょう。では今から行きます。妖は夜に活動します。今晩の間にまた荒らされるかもしれませんから。」
   私は明日の朝、桔梗が眠っているところを狙うつもりだったが、行くことにした。
「そうですか。ありがとうございます。」
 私たちは村を出て山へ向かった。
   トトは私に聞いた。
「その陣は何ですか。」
   私は山の木があまり生えていない広場に陣を描いていた。
「ここに桔梗をおびき出して邪気を払う。トトは桔梗を探してくれ。」
「わかりました。」
   トトは邪気をたどって桔梗を探し出した。
「いました。山頂で私たちを探しているようです。」
「わかった。すぐに向かおう。」
   私がその場所へ着くと、桔梗は振り向いて言った。
「さっきは逃がしたが、今回はごちそうにありつけそうだ。」
   そういうと私に向かって走り出してきた。
「来たぞ、トト。」
   トトも一緒に陣へ向かって走る。
「あの妖仏師は私がさっき蹴散らしてやったわ。次はお前だ。」
   私は陣につくと、陣に両手を当てて唱えた。
「悪しきものを浄化せよ。」
   しかし、桔梗は、陣の手前で急に止まった。タイミングが少し早かったようだ。
「このようなもので我を清めようとは、生意気な。」
   策が無くなった私は、今や、化け猫の餌食にならざるを得なかった。
「待って、この人は普通の人間と違って妖に優しい。だから、見逃して。」
   トトが必死に訴えた。だがその時、短剣が三本、一直線に飛んできて桔梗の背中に刺さった。
「ぐぁっ、あいつか、たばかったな。」
   桔梗はそういって倒れ、一瞬にして灰となった。
「ふぅ、やっと終わりましたね。今回は十分に引き付けてくれてありがとう。今回の報酬は五分五分ということで。ではまた。」
「貞二、待て。」
   私は叫んだが、やつの足は止まらなかった。立ち尽くす私を朝日が照らす。私の目から涙がこぼれる。
「さあ、令司様。遺灰を回収しましょう。」
「きっと…きっと…浄化して成仏させてやれるはずだったのに。」
 そのあと、村へ帰ると、化け猫退治の妖仏師としてたたえられた。おじいさん曰く、貞二は報酬をもらうやいなや旅立ったという。しかし、私も宴会などには出席せず、桔梗の死んだ丘へ向かった。私たちは、そこにあった大きな石のもとに壺ごと遺灰を埋め、石に注連縄をして、手を合わせた。
 私たちが村を去る時、楠松さんが私に話しかけてきた。
「一晩考えましたが、そのお骨、うちで預かろうと思います。あなた様が化け猫退治したから信用したわけではありません。ただ、それがうちの息子だと信じたいのです。」
   私は、笑って骨壺を渡して、言った。
「そうですか。この子も喜ぶと思います。」
   トトが私に耳打ちで言った。
「この子の名が知りたいのです。」
「この子の名は何というのですか。」
   私は楠松夫婦に聞いた。
「精太、精太と申します。」
   トトは満足そうな顔をしていた。
 楠松夫婦と別れてから、トトに言った。
「もう思い残すことはないんじゃないか。」
「いえ、あります。あなたの仕事が手伝いたくなりました。またあの夫婦のような笑顔が見たくなりました。どうか、私をあなたの式神にしていただけませんか。」
「しかし…いや、やはりいい。」
 私は言おうとしたことを飲み込んだ。
「わかった。そのお願い引き受けよう。」
   私は和紙に式神契約の陣を描いて、私とトトの血を一滴ずつ落とした。
「これで契約成立だ。今日からお前の名は、空木だ。」
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