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序章

第二話 そのメイドの名前はミー

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 夢を見た。
 真っ赤な夢。
 一人の少女を追いかける夢。
 追いかけて、追いかけて。その少女を捕まえて。そして、食べる。
 それをただ繰り返す夢。
 いや、違う。
 それが夢でなく記憶だと俺はすぐに理解した。
 一体誰の記憶だ?
 分からない。


 目が覚めた時、初めに思ったのは死んでないことへの喜びだった。
 良かった。
 本当に良かった。
 うっすらと目を開くと、目の前はシャンデリア。ほのかな明かりが当たりを照らす。
 ぼんやりとした頭が次第にはっきりとしてくると、無くなったはずの右腕と右足があることに気づく。
 どうやら俺はベッドの上にいるらしく、申し訳程度に毛布が足にかかっている。
 首を動かして、あたりを見渡す。
 ベッドとテーブルとイスと、そんな質素な部屋だ。扉と窓が見える。窓はカーテンが閉まっている。カーテンの隙間から光が見えないから、今は夜なのだろう。
 次に腕を動かしてみる。
 右腕が動いた。左腕も。右足も、左足も。体に異常はない。
 あるとすれば腹がすいているだけ。
「どこだここは」
 大きな狼に襲われ。
 そして、助けられたことは覚えている。
 俺が目指していた屋敷か?
 そんなことを考えても意味はない。妄想、想像の域を出ない。
 だから、俺は部屋の外を出ようと思った。
 部屋の外に顔を出すと、長い廊下が続いていた。等間隔に置かれた燭台の明かりがうっすらと先を照らす。床には真っ赤なカーペット。
 飾られた壺や絵画から、というよりも屋敷の広さから、この屋敷の主は相当な金持ちがうかがえる。
 俺は長い廊下を歩いてみる。
 何も聞こえない。
 誰もいない。
 疑問はあれど、その疑問を解消する手段がない。
 誰かに質問攻めにしたい。
 でも誰にも出会わない。
 あっという間に廊下の端に着いてしまう。
 廊下の窓の外を見ると、ここが二階だと分かる。
 反対側に階段があるのだろう。
 そう思って、俺は振り返った瞬間。
 廊下の扉が一つ開いた。


 現れた人物を一言で説明するならば、メイドだ。
 そうメイド。赤茶色の髪を後ろで縛り、フリルの少ない黒と白を基調としたメイド服を着たメイド。頭にはかチューシャ。腰には刀のようなもの。胸には大きな真っ赤な宝石が埋め込まれたネックレス。
 刀にものすごい違和感を覚えた。
 そのメイドは俺の存在に気づくと、驚いたような表情をして。
「どうも」
 と俺が手を挙げた時。
 目にも止まらぬ速度で、俺の挙げた手を取った。
 一瞬の出来事だった。俺の後ろを取り、片手で強く俺の手を掴む。もう片方の手にはナイフがあり、それは俺の首元に当てられる。
「…………え?」
 唐突なことに理解が追い付かない俺の顔に笑顔を一つ向けて。

 メイドはナイフで俺の首を掻っ切った。

 血が宙を舞う。
 メイドの顔に服に血がつく。
 ナイフの先から血が滴り落ちる中。
 俺はそのまま崩れ落ちるように床に倒れた。
「侵入者か?」
 そう言って、メイドは自身の顔についた血に気づく。空いた手で顔の血を指で救い、匂いを嗅いだ。
「…………んっ」
 どこか顔を赤らめて。
 ペロリと血を舐めとった。
 俺はその一部始終を見て、気づく。
 痛くないことに。
 滝のように流れていた血は止まり、裂かれた首もいつしか元に戻っていた。痛みはなく、体に異常も見当たらない。
 斬られていなかった?
 なんて思うが、カーペットを染めた赤い血がそれを否定している。
「何故、貴様から王の血が出てきた?」
「王の血?」
 メイドの言葉をそのまま復唱する。
「そうか。貴様が、ムーが言っていた人間か」
 メイドの中で答えが出たらしく。
 メイドはそう言って、俺に手を差し伸べてくる。
「咄嗟に斬りかかり、申し訳ありません。侵入者と勘違いをしてしまいました」
 さっきまでの口調とは打って変わり、優しい言葉遣いだった。
「あ、どうも」
 差し伸べられた手を受け取る。
 殺されそうになったけども、俺自身意味が分かっていないため、怒りは沸いていない。
 勘違いなら仕方がない。
「私はこの屋敷でメイドをしている、ミーと言います。よろしくお願い致します」
「俺は樹です」
「イツキ? 変わった名前ですね」
 メイドはそう言って、俺の訳が分からないと言った表情を受け取ったのか。
「あなた様は目が覚めたばかりで、状況を理解していない様子ですね」
「そうなんです」
「あなた様は、森の中でフェンリルに襲われていました。そこを王が助けました」
「フェンリル?」
 それがあの狼のことだと分かる。
「それに王って」
「王とは。私の主であり、この屋敷の主です」
「なるほど」
 少しずつ分かってきた。
 あの時、目にした女性が王であり、主だと。
 そしてその血が俺の体内に入っている、と。
 つまりどういうことだ?
 輸血でもされたのだろうか?
「王のもとへあなた様をお連れ致します。着いて来てください」
 メイドは長い廊下を歩き始めた。
 俺は慌てて、その後を追いかける。
「王はひん死だったあなた様を助けるために、自身の血をあなた様の体内へ入れました。フェンリルと言葉が通じていなかった様子だったと聞いています。フェンリルと会話できずに、私と会話ができるわけがありません。だから、今私とあなた様が話せているのは、王の血、ひいては王の記憶があなた様の中にあるからです」
「はぁ」
 話についていけないが、とりあえず頷く。
「王の血は万病を治します。例え腕がなくなろうと、足がなくなろうと。元に戻すだけの力があります。その代償として、人間であるあなた様は人間でなくなりましたが」
「はぁ」
 俺はどうやら今、人間ではないらしい。
 それは薄々感づいていた。首を斬られて、すぐに治る人間を知らない。
 そして、ここが俺が元いた世界でないことも。
「一つ質問いいか?」
「何でしょう?」
「王とは、何の王なんだ?」
「そういえば、話していませんでしたね」
 メイドは立ち止まった。
 すぐ目の前には巨大な扉。他の扉とは違い、きれいな装飾がなされている。
 その扉を二度、ノックする。
「失礼します。人間が目覚めましたので、お連れしました」
 メイドが部屋の中に入り、俺も続けて入る。
 真っ暗な部屋だった。
 明かりは蝋燭二つ。
 静かに俺を助けてくれた女性が椅子に座ってこちらを見ていた。

「この世界に一つ。吸血鬼の王であられます」

 出会いと呼ぶとフェンリルに襲われた時が最初だ。
 ただその時は意識がはっきりとしておらず、あの天使が吸血鬼の王だとは思いもしなかった。
 だから今を出会いの時としたい。
 これが吸血鬼の王との出会いだった。
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