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第二章

第一話 ワイバーンの群れ

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 それは渡り鳥を彷彿とさせる光景だった。
 上空を飛ぶ無数のワイバーンの群れ。大小様々なワイバーンが空を覆いつくす。甲高い声とともに。
 俺たちはその光景に目を奪われていた。
 旅を始めて四日が経った日。街に着く少し前のこと。
「すごい光景だな」
「ワイバーンの群れ? 何故、ワイバーンがこんなにも沢山飛んでいるのでしょうか?」
「ワイバーン。あの羽根むしり取りたいな」
「え!?」
 リーリアの言葉に俺とティーファは声が被った。
「知らない? ワイバーンの羽は高く売れるんだよ」
「そうなのか? いやでも、この光景を見て、羽根をむしり取りたいはないだろ」
「リーリアちゃん。それでも女の子ですか」
「綺麗な光景を見ても、人生何にもならないよ。やっぱお金がすべてだ」
 そう言って、リーリアは笑った。
 そういう考えをする人もいるかもしれない。
 でも俺はこの考えだけはどうしても否定したかった。
 復讐をするメリットと美しい光景を見るメリットはどこか似ている。
 人の感情がものを言う。
 何か物が手に入るわけではない。
 それが清いものかどうかは別として、残るのは気持ちと思い出だけ。
 復讐をしても何も得られないことは俺自身が良く分かっている。
 そして、もう一つ。大きな問題がある。
「イツキさん。こんなガサツなリーリアちゃんは無視して、一緒にこの光景を眺めていませんか? 少し歩き疲れました」
「そうだな」
 ティーファがそう提案したものだから、俺たちは道の端、地べたに座った。
 リーリアがティーファの言葉に少しだけ頬を膨らませたが、何も言い返せないみたいで俺の隣に座った。
 ティーファがリーリアに一度視線を送り、笑みを浮かべた後、俺の腕に抱き着いてきた。
「はぁ、幸せですね。イツキさんと二人きりで見られたら、もっと幸せでしたが」
「暗に私にどこかに行けとでも言っているのかしら?」
「さあ、とらえ方はリーリアちゃん次第です」
「そう。なら、ずっとここに居座ってやる。ティーファとイツキを二人っきりにしたら、ティーファがイツキを襲って、雰囲気悪くなりそうだから」
「どうして悪くなるのですか? 私たちの旅にリーリアちゃんが着いてきただけ。次の街でリーリアちゃんとお別れしても良いのですよ? そうしたら、雰囲気は最高になりますね」
 リーリアとティーファの関係が微妙に悪くなった。
 旅を始めた頃はよかったのだが。
 毎日、毎時間のように腕に抱き着いたり、何かしらの行為をしてくるティーファに対してリーリアが少しずつ怒りを溜めこみ、それが爆発。するとリーリアがいるが故にそれはそれでストレスが溜まっていたティーファも爆発。
 今に至る。
「お前たちはもう少し仲良くできないのか」
 二人のどちらかに仲間にならないように、二人をなだめるように言った時。
 ふいに甲高いワイバーンの鳴き声がすぐ近くで聞こえた。

 上空を飛ぶ一体のワイバーンが俺たちに気づいたらしく。今まさに俺たちを食べようと低空飛行を始めた。
 地面すれすれを飛び、俺たちに向かってくる。
「やばっ!」
 リーリアが咄嗟に剣を抜いた。
 ティーファが俺の影に隠れる。
「俺も戦う」
「良いよ。今まで、さんざんイツキに助けてもらったから。ワイバーンぐらい、私でも」
 リーリアはそう言って、向かってくるワイバーンに大胆にも向かっていった。
 ワイバーンが大きな口を開き、リーリアを食べようと試みる。そのワイバーンを受け流すようにリーリアは回避すると同時に目を一突きした。
 ほんの数秒の攻防。目を突かれたワイバーンはそのまま苦しんだ様子で一度上空に避難を始める。
 次の瞬間。
 ワイバーンは甲高い声で上空にいる仲間たちに向けて泣き出した。
「嘘でしょ」
 同胞の苦しみの声に気づいたワイバーンの群れから数十体のワイバーンが向かう先を変え、俺たちの方に向かってくる。
「イツキ。さすがにこれはどうにも出来ないから。お願い」
「ふむ」
 少し考え込む。
「無理だな」
「なっ!」
「逃げるぞ!」
「はい!」
 俺の言葉にティーファが元気に返事をする。そんなティーファの腕を取って、そのまま反対方向へ逃げる。
「ちょっと! あれぐらい、あんたなら倒せるでしょ?」
 着いてきたリーリアが俺に向かって怒る。
「いや、流石に数が多いからできれば戦いたくないなぁ」
「あんたにプライドはないの!」
「そんなもの、とうの昔に捨てたよ」
 そんな会話をしながら、必死になって走る。
 しかし、人間が走る速度とワイバーンの飛ぶ速度は別格だ。
 簡単に追いつかれてしまう。
 流石に逃げるでは無理か。やっぱり戦うべきか?
 そう思った矢先、笛の音が聞こえた。

 俺たちを襲おうと追いかけてきたワイバーンたちはその笛の音に聞こえると、襲うのを止め、群れの流れに戻っていく。
「何が起きたの?」
 リーリアが呟く。
 それは俺も同じだった。
 何が起きたのかいまいち状況が理解できないでいる。
「あれを見てください!」
 ティーファがそう言って、指を向けた。
 道のはるか先。
 その先に、一人の人間の姿がうっすらと見えた。
 それは俺たちから遠ざかるように歩いていく。男だと遠目でも分かる。あの男が助けてくれたのか?
「誰?」
「さあ?」
「私たちを助けてくれたのでしょうか?」
 なんて話し合っても答えが分かるわけではなく。
「とりあえず、街を目指すか」
「そうだね」
「はい」
 俺たちは街へ向けて再び歩を進めた。
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