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密言6 ー王と影 4ー
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足元に座る弟を、兄は自分の膝に引き上げ跨がらせた。
「に……さま」
兄は応えず、弟を抱き、額に、頬に、唇に幾度も口づけた。
そして、耳を食みながら告げる。
「兄を……独りにしてくれるな
「ーー…………」
弟の、止まった筈の涙がまたーー零れ落ちた。
「……命令、してください…………そうしたら、僕……忘れ……ない、から……」
弟は唐突に理解した。兄には、日陰が、影が控えている。信頼するには足る臣も、今ならば多くを望めずとも在るだろう。だが、それで十分だなどと、言える筈がない。ーー兄は常に孤独なのだ。
「では、命じよう……兄を独りにするな」
「はい……、兄さま。ーー……ごめ……ん、なさ……ごめん、なさい……兄さま…………」
§
意識を失くした弟を、兄はかき抱く。
「泣き疲れて……それに、緊張の糸が切れたのでしょう」
日陰が、弟の顔を拭き、頬に軟膏を塗り直した。
「……主、リシェ様をうつ伏せて、寝かせてあげてください」
兄は、日陰の言葉を聞いていないかのように、弟をぎゅ、と抱き締めた。
「や……っと…………、ーー堕ちた」
顔を伏せた兄の瞳から、一筋涙が伝う。
日陰が、ふっと息を吐いて言った。
「リシェ様は、迷います。この先も」
その言葉に兄は顔を上げたが、日陰の表情は穏やかだった。
「消えない罪に苦しみ、迷う。主がリシェ様の罪を負った、それも含めて。ーーでもリシェ様は、己れの命の所有者がご自身でないことを理解された。大丈夫です、主」
日陰の言に、漸く、兄は弟を抱く力を緩めた。
「しかし、あそこまで露悪的に語らずともよろしかったのに」
「……事実だからな。致し方なかろうーーだが、リシェには伝わった。それで良い」
日陰は苦笑しつつ、頷いた。
「聡い方ですから。主の意図はお分かりでしょう」
兄がどれ程、酷い言葉を浴びせても。弟はその意図を汲む。
「本当は、俺の方が余程……筆舌に尽くしがたい……えげつないことをしてきている」
兄が自嘲めいたように言うと、日陰はそうですね、と応じた。
「その通りかと。しかし、主はギリギリのところで国と民を優先しています。お立場だけの差でしかないそれがーー大きい」
「“ギリギリ”な。言ってくれる」
「……他に、どう言えば。さ、主、いい加減にして、リシェ様をお離しください」
「……いやだ」
兄は、弟を渡すまいという振る舞いを見せたが、日陰は、歯牙にかけなかった。
「ひとつ。頑是ない真似は、おやめください。
ふたつ。そろそろ本当に時間切れです。どなたかに乗り込まれない内にお戻りください。
みっつ。主が容赦なく打ったリシェ様のお尻を、日陰に手当てさせてください。ーー腫れが引かなければ、主と同衾させられません」
兄は、渋々といった呈で、弟を日陰に任せた。
「ーー主。王宮が騒がしいのは事実。……如何様に?」
弟の手当てをしながら、日陰は事も無げに問う。
「暫し待て。いずれ動く」
「ーー主が?」
「俺は待つだけだ」
「ーー承知」
「に……さま」
兄は応えず、弟を抱き、額に、頬に、唇に幾度も口づけた。
そして、耳を食みながら告げる。
「兄を……独りにしてくれるな
「ーー…………」
弟の、止まった筈の涙がまたーー零れ落ちた。
「……命令、してください…………そうしたら、僕……忘れ……ない、から……」
弟は唐突に理解した。兄には、日陰が、影が控えている。信頼するには足る臣も、今ならば多くを望めずとも在るだろう。だが、それで十分だなどと、言える筈がない。ーー兄は常に孤独なのだ。
「では、命じよう……兄を独りにするな」
「はい……、兄さま。ーー……ごめ……ん、なさ……ごめん、なさい……兄さま…………」
§
意識を失くした弟を、兄はかき抱く。
「泣き疲れて……それに、緊張の糸が切れたのでしょう」
日陰が、弟の顔を拭き、頬に軟膏を塗り直した。
「……主、リシェ様をうつ伏せて、寝かせてあげてください」
兄は、日陰の言葉を聞いていないかのように、弟をぎゅ、と抱き締めた。
「や……っと…………、ーー堕ちた」
顔を伏せた兄の瞳から、一筋涙が伝う。
日陰が、ふっと息を吐いて言った。
「リシェ様は、迷います。この先も」
その言葉に兄は顔を上げたが、日陰の表情は穏やかだった。
「消えない罪に苦しみ、迷う。主がリシェ様の罪を負った、それも含めて。ーーでもリシェ様は、己れの命の所有者がご自身でないことを理解された。大丈夫です、主」
日陰の言に、漸く、兄は弟を抱く力を緩めた。
「しかし、あそこまで露悪的に語らずともよろしかったのに」
「……事実だからな。致し方なかろうーーだが、リシェには伝わった。それで良い」
日陰は苦笑しつつ、頷いた。
「聡い方ですから。主の意図はお分かりでしょう」
兄がどれ程、酷い言葉を浴びせても。弟はその意図を汲む。
「本当は、俺の方が余程……筆舌に尽くしがたい……えげつないことをしてきている」
兄が自嘲めいたように言うと、日陰はそうですね、と応じた。
「その通りかと。しかし、主はギリギリのところで国と民を優先しています。お立場だけの差でしかないそれがーー大きい」
「“ギリギリ”な。言ってくれる」
「……他に、どう言えば。さ、主、いい加減にして、リシェ様をお離しください」
「……いやだ」
兄は、弟を渡すまいという振る舞いを見せたが、日陰は、歯牙にかけなかった。
「ひとつ。頑是ない真似は、おやめください。
ふたつ。そろそろ本当に時間切れです。どなたかに乗り込まれない内にお戻りください。
みっつ。主が容赦なく打ったリシェ様のお尻を、日陰に手当てさせてください。ーー腫れが引かなければ、主と同衾させられません」
兄は、渋々といった呈で、弟を日陰に任せた。
「ーー主。王宮が騒がしいのは事実。……如何様に?」
弟の手当てをしながら、日陰は事も無げに問う。
「暫し待て。いずれ動く」
「ーー主が?」
「俺は待つだけだ」
「ーー承知」
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