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密言 7 ー王弟と影 3ー
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ーー覚醒した弟は、薄ぐらい中天井を見つめ、重ねた手の甲を目の上の上に置いた。
つー……、目尻から涙が伝う。
泣き過ぎだと、自分でもどうかと思うが止まらない。
「……日陰」
呼ぶと、日陰が帳を開き、明かり取りの窓から陽が射し込んだ。
「お早うございます。リシェ様」
穏やかな日陰の声に、まだ涙が溢れ出す。
「日陰……動けない……僕、腰から下、なくなってる……」
ひっく、ひっくと泣き出す弟に、しかし日陰はこの前のように慰めてはくれなかった。
「……そうでしょうとも。ーー反省なさいませ、リシェ様」
「ーー!」
返答をもらえるとは思っていなかった弟は、己に反省を促すその言葉に驚き、眼を見開いた。
「兄さま……許してくれた?」
「未だ。ーーしかし、頃合いでしょう。主は恐らく何もおっしゃいません」
嘯く日陰に半ば呆然としつつも、日陰が言うならそうなのだろうと、弟は妙な納得の仕方をした。
「また……いじ、わるだったよ……兄さま……」
少し拗ねたように、弟は日陰に訴えた。それを、良い傾向だと、日陰は思う。
「はい。ですが、そうさせたのはどなたですか?」
日陰は、取り合わず弟に返した。
「ーー……だって、……欲しかった」
そう言って口をを引き結ぶ弟の髪を梳きあげて、撫でながら、日陰は続けた。
「お兄さまの刻印が欲しかったのは分かります。だから、お兄さまはお許しになりましたし、日陰もお手伝いした。ーーその前です」
「ーーごめんなさい……」
安易に……ではない、と思いたかったが、やはり安易だったのだろう。弟は鞭で肌を引き裂かれる痛みを、兄に願った。
「兄さま……をーー僕、兄さまを傷つけた……?」
恐る恐る、弟は聞いた。
「はい」
日陰は、弟の言葉を否定しない。
「身体を傷めつけようとしたことも。ーーお兄さまを、置いて逝かれようとしたことも。お兄さまは……既に壊れていらっしゃる。これ以上はいけません、リシェ様」
弟の眼から、止めどなく涙が溢れ出る。
「ごめん……なさい……僕、自分の……こと、ばかり……」
「よろしいのです。リシェ様はそれだけお辛い目に合われ、しかしそれによく耐えてきた。幼くして……自分が始めたわけでもない罪を負わされ、それでも泣き言ひとつ言わずそれを背負われた」
弟はそれを否定する。ここにいる自分は泣いてばかりだと。
だが、日陰は首を振った。ここで沢山お泣きになるのは、よろしいのですよ、と。
「お兄さまに沢山苛められて……沢山お泣きになってください」
ふふ……少々意地悪く日陰はそう言ってから、すっと表情を消す。そして、言った。
「“弟のせいではない”、“弟が悪いのではない”ーーそう言えなかった、言ってはならなかったーーだから主は、……お兄さまは壊れていくしかなかった。大事な大事な……弟君でしたからね」
ーーうっ……くっ……
弟には、泣くことしかできなかった。
「本当は……そう言いたかったのです。伝えたかった。お兄さまもーー影も」
表情を消した日陰の眼から、ひと筋涙が伝う。
ーーああ、僕は兄だけでなく、日陰もーー影達も傷つけたのだと、弟は知る。
「主ーーお兄さまが……そして影が、リシェ様をここに閉じ込める。二度とここから出しません……もう二度と奪われないように」
揺蕩うだけの日々に倦み、例えリシェ様が狂ってしまっても、と日陰は言う。
「怖いですか? リシェ様」
弟は首を振る。そして、涙を拭って微笑んだ。
「僕が狂ってしまっても……多分、兄さまは僕を抱いてくれる。そして……日陰も、お世話をしてくれるんでしょう? 僕はそれで構わない」
弟は、日陰に向けて両手を差し伸べると、日陰は弟を抱き上げた。
「それではお仕度をしましょうか。いつもの恥ずかしいお仕度と一緒に」
つー……、目尻から涙が伝う。
泣き過ぎだと、自分でもどうかと思うが止まらない。
「……日陰」
呼ぶと、日陰が帳を開き、明かり取りの窓から陽が射し込んだ。
「お早うございます。リシェ様」
穏やかな日陰の声に、まだ涙が溢れ出す。
「日陰……動けない……僕、腰から下、なくなってる……」
ひっく、ひっくと泣き出す弟に、しかし日陰はこの前のように慰めてはくれなかった。
「……そうでしょうとも。ーー反省なさいませ、リシェ様」
「ーー!」
返答をもらえるとは思っていなかった弟は、己に反省を促すその言葉に驚き、眼を見開いた。
「兄さま……許してくれた?」
「未だ。ーーしかし、頃合いでしょう。主は恐らく何もおっしゃいません」
嘯く日陰に半ば呆然としつつも、日陰が言うならそうなのだろうと、弟は妙な納得の仕方をした。
「また……いじ、わるだったよ……兄さま……」
少し拗ねたように、弟は日陰に訴えた。それを、良い傾向だと、日陰は思う。
「はい。ですが、そうさせたのはどなたですか?」
日陰は、取り合わず弟に返した。
「ーー……だって、……欲しかった」
そう言って口をを引き結ぶ弟の髪を梳きあげて、撫でながら、日陰は続けた。
「お兄さまの刻印が欲しかったのは分かります。だから、お兄さまはお許しになりましたし、日陰もお手伝いした。ーーその前です」
「ーーごめんなさい……」
安易に……ではない、と思いたかったが、やはり安易だったのだろう。弟は鞭で肌を引き裂かれる痛みを、兄に願った。
「兄さま……をーー僕、兄さまを傷つけた……?」
恐る恐る、弟は聞いた。
「はい」
日陰は、弟の言葉を否定しない。
「身体を傷めつけようとしたことも。ーーお兄さまを、置いて逝かれようとしたことも。お兄さまは……既に壊れていらっしゃる。これ以上はいけません、リシェ様」
弟の眼から、止めどなく涙が溢れ出る。
「ごめん……なさい……僕、自分の……こと、ばかり……」
「よろしいのです。リシェ様はそれだけお辛い目に合われ、しかしそれによく耐えてきた。幼くして……自分が始めたわけでもない罪を負わされ、それでも泣き言ひとつ言わずそれを背負われた」
弟はそれを否定する。ここにいる自分は泣いてばかりだと。
だが、日陰は首を振った。ここで沢山お泣きになるのは、よろしいのですよ、と。
「お兄さまに沢山苛められて……沢山お泣きになってください」
ふふ……少々意地悪く日陰はそう言ってから、すっと表情を消す。そして、言った。
「“弟のせいではない”、“弟が悪いのではない”ーーそう言えなかった、言ってはならなかったーーだから主は、……お兄さまは壊れていくしかなかった。大事な大事な……弟君でしたからね」
ーーうっ……くっ……
弟には、泣くことしかできなかった。
「本当は……そう言いたかったのです。伝えたかった。お兄さまもーー影も」
表情を消した日陰の眼から、ひと筋涙が伝う。
ーーああ、僕は兄だけでなく、日陰もーー影達も傷つけたのだと、弟は知る。
「主ーーお兄さまが……そして影が、リシェ様をここに閉じ込める。二度とここから出しません……もう二度と奪われないように」
揺蕩うだけの日々に倦み、例えリシェ様が狂ってしまっても、と日陰は言う。
「怖いですか? リシェ様」
弟は首を振る。そして、涙を拭って微笑んだ。
「僕が狂ってしまっても……多分、兄さまは僕を抱いてくれる。そして……日陰も、お世話をしてくれるんでしょう? 僕はそれで構わない」
弟は、日陰に向けて両手を差し伸べると、日陰は弟を抱き上げた。
「それではお仕度をしましょうか。いつもの恥ずかしいお仕度と一緒に」
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