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密言 8 -王弟と影 4-
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一通りの支度が終わり、日陰が淹れてくれた温かい紅茶を前にして、弟は日陰に話かけた。
「日陰……あのね、僕……、もう僕、“リシェ”だから。どんどん本当“リシェ”になっていくから……すごく、子供っぽい話し方になる。もうーー忘れていくから」
弟は何を、とは言わない。日陰には分かるから、と。
「構いませんよ」
日陰は静かに応えて、弟を促した。
ふふ……と笑い、視線を伏せ、憂いを潜めた表情で、弟は続けた。
「だからこんな子供っぽい話し方で、ごめんね、日陰。僕……影にお礼を言いたかった、って言ったでしょう? でもね、本当はね、先にいっぱい謝らなきゃならなかったの……。聞いてたよね? 僕ね、影に、沢山、お願いした……ひどいこと、いっぱい。人を殺すことも」
弟の表情に、妖しさが通り抜けていく。
「鷹の歌が……僕の鷹の歌が影に届いたかは最後まで分からなかった……僕の一方通行だったから。でも、だから黙っていた、っていうのはただの言い訳……ごめんなさい……ひどいことお願いして……ごめ……なさい」
ごめんなさい……と繰り返し、弟は静かに泣いた。
「もう、謝らなくて良いのです。リシェ様。ーー貴方が、この先謝るのは褥の中で、お兄さまに許しを乞う時だけ」
日陰は、柔らかな表情で、そう弟に教え、弟の頬には朱が差した。
「本当に……影に謝る必要はないのです。貴方に謝らなくてはならないのは、影の方。ーー貴方を奪われてはならなかったのだから」
日陰の表情に影が落ちる。
「影のせいじゃない……守役が裏切ったのだもの。どうしようもなかったよね……」
仕方がなかったのだ、と弟は思う。
「ならば、リシェ様も。影に謝罪は要りません。影はーー自ら選択します。王の命には従いますが、それすら自らが選ぶのです。“王に従う”と云うことを。影には、それが許されている。ーーそう云う盟約なのです」
「盟……約……?」
日陰は、弟に頷いて続けた。
「影が、リシェ様の鷹の歌に従ったのか、否かを、日陰はお答えしません。ですが、リシェ様の鷹の歌に影が従ったのだったら、影がそれを望み、選びました。ーー実行したのならばそれは、影が負うべきもの」
「そん……な…………」
弟は首を振るが、日陰は、そうなのだと重て言う。
「影は自由なのですーーだからこそ、その責を負う。……そういう性なのです。リシェ様は徒に苦しんだりなさらないでください。それは、影の望みではない」
「難しい……ね」
弟は眉を寄せて言ったが、そんな事はありませんよ。と、日陰は言う。
「自由には責任が伴う。それだけのことです。ーー単純なものですよ。日陰のこの名もそうーーこうして、半分だけ影から表へーー陽の当たるところへ出た、という単純な名付けです」
「そうなの?」
「ーーはい、そうです」
日陰はにっこり笑って言った。
「じゃあ……、じゃあね、日向もいるの?」
「ふふ……日向は、おりませんね。ですが、そういう立場の者はいます。ただ……誰がそうなのかは、主もご存じありません。影でも、知るものはごく僅か」
「兄さまも……」
そうです、と頷き日陰は話しを締めた。
「今日は、沢山お話しましたね。これ以上は、お兄さまがいらっしゃる時にいたしましょう」
「はい……日陰、あのね、僕、影と……日陰の事を。ーー兄さまに聞いてもいい?」
「構いません。ーー紅茶が冷めましたね。入れ直しましょうか?」
「ううん。これでいい……ありがと、日陰」
「日陰……あのね、僕……、もう僕、“リシェ”だから。どんどん本当“リシェ”になっていくから……すごく、子供っぽい話し方になる。もうーー忘れていくから」
弟は何を、とは言わない。日陰には分かるから、と。
「構いませんよ」
日陰は静かに応えて、弟を促した。
ふふ……と笑い、視線を伏せ、憂いを潜めた表情で、弟は続けた。
「だからこんな子供っぽい話し方で、ごめんね、日陰。僕……影にお礼を言いたかった、って言ったでしょう? でもね、本当はね、先にいっぱい謝らなきゃならなかったの……。聞いてたよね? 僕ね、影に、沢山、お願いした……ひどいこと、いっぱい。人を殺すことも」
弟の表情に、妖しさが通り抜けていく。
「鷹の歌が……僕の鷹の歌が影に届いたかは最後まで分からなかった……僕の一方通行だったから。でも、だから黙っていた、っていうのはただの言い訳……ごめんなさい……ひどいことお願いして……ごめ……なさい」
ごめんなさい……と繰り返し、弟は静かに泣いた。
「もう、謝らなくて良いのです。リシェ様。ーー貴方が、この先謝るのは褥の中で、お兄さまに許しを乞う時だけ」
日陰は、柔らかな表情で、そう弟に教え、弟の頬には朱が差した。
「本当に……影に謝る必要はないのです。貴方に謝らなくてはならないのは、影の方。ーー貴方を奪われてはならなかったのだから」
日陰の表情に影が落ちる。
「影のせいじゃない……守役が裏切ったのだもの。どうしようもなかったよね……」
仕方がなかったのだ、と弟は思う。
「ならば、リシェ様も。影に謝罪は要りません。影はーー自ら選択します。王の命には従いますが、それすら自らが選ぶのです。“王に従う”と云うことを。影には、それが許されている。ーーそう云う盟約なのです」
「盟……約……?」
日陰は、弟に頷いて続けた。
「影が、リシェ様の鷹の歌に従ったのか、否かを、日陰はお答えしません。ですが、リシェ様の鷹の歌に影が従ったのだったら、影がそれを望み、選びました。ーー実行したのならばそれは、影が負うべきもの」
「そん……な…………」
弟は首を振るが、日陰は、そうなのだと重て言う。
「影は自由なのですーーだからこそ、その責を負う。……そういう性なのです。リシェ様は徒に苦しんだりなさらないでください。それは、影の望みではない」
「難しい……ね」
弟は眉を寄せて言ったが、そんな事はありませんよ。と、日陰は言う。
「自由には責任が伴う。それだけのことです。ーー単純なものですよ。日陰のこの名もそうーーこうして、半分だけ影から表へーー陽の当たるところへ出た、という単純な名付けです」
「そうなの?」
「ーーはい、そうです」
日陰はにっこり笑って言った。
「じゃあ……、じゃあね、日向もいるの?」
「ふふ……日向は、おりませんね。ですが、そういう立場の者はいます。ただ……誰がそうなのかは、主もご存じありません。影でも、知るものはごく僅か」
「兄さまも……」
そうです、と頷き日陰は話しを締めた。
「今日は、沢山お話しましたね。これ以上は、お兄さまがいらっしゃる時にいたしましょう」
「はい……日陰、あのね、僕、影と……日陰の事を。ーー兄さまに聞いてもいい?」
「構いません。ーー紅茶が冷めましたね。入れ直しましょうか?」
「ううん。これでいい……ありがと、日陰」
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