61 / 66
粛正 3 ー慰撫 《サクリファイス》2ー
しおりを挟む
ーー兄の頬が張られる音が響いたその時、弟は悲鳴を飲み込んだ。
時が凍ったような静寂の中、日陰は小刀を取り出し、背を覆う黒髪をひと纏めにすると、後ろ手にした小刀を横に薙ぎ払い襟足から切り落とした。
そして、兄の前に跪くと、切り落とした髪と小刀を前に置き、首を晒すように、深く頭を垂れた。
心臓が早鐘のように打つーー弟は、ただ沈黙を守って待つ他に術はなく、日陰は凪いだ湖面のように、ただ静かに兄の沙汰を待った。
長いのか、それとも短かいのか……凍った時を兄が砕いた。
跪く日陰の腕を取って立ち上がらせる。
「……ーーっ!!」
兄に捧げられ、晒された首筋に、兄は、キツく血が滲むまで噛みついた。
日陰は、無言のまま痛みを堪え、兄は血が滲む跡をぺろりと舐めた後、日陰を離した。
兄がもう一度、弟を振り返った時には、落ち着いた、和いだ瞳をしていた。
兄は、褥に歩み寄り、弟を緩く抱きしめて耳元で囁いた。
「謝らない」
弟は静かに微笑んで、兄に応えた。
「必要ありません。僕は……兄さまの姓奴隷。兄さまをお慰めするためだけに、ここに在ります。だから兄さまは悪くありません。ーーでも兄さま、日陰も……、日陰も悪くありません」
「分かっている。ーー心配をかけた」
「いいえ」
二人はそっと、触れるだけの口づけを交わした。
「日陰、深夜に戻る」
「同衾はさせられません」
「分かっている。共寝するだけだ」
そう言い置き、兄は寝室の奥から王宮へ戻って行った。
「リシェ様……お手当てを」
兄の気配が消えた後、弟の手当てをするために、日陰は褥に歩み寄った。
「日陰っ…………!」
弟は、腰が痛むのも肛門が痛むのも構わず、膝立ちになって日陰に縋り付いた。
「本当に……本当に無茶をして。ーーもし兄さまが戻らなかったら……ううん、戻っていたって無事に済む保証は何もなかった! 例え……、例え自由を約束されている影だとしても!!」
張り詰めていたものが解かれ、やっと気を緩めることができた弟は、堪えてきた涙がながれるまま、日陰の腰をかき抱いた。
「……いつもだったら、僕になんか絶対に気配を掴ませない影の気配が、僕にさえ分かった! 無茶……して…………」
弟がさめざめと泣きながら訴えたそれに、日陰以外の声が応じた。
「ーー全くです」
日陰の後ろから現れた壮年の男は、日陰とよく似た風貌をしていた。
「動揺して、気配を現してしまうなど、恥じ入るばかりです。リシェ様」
「……影?」
「はい。リシェ様」
二人の前に現れた影は、弟から日陰を引き離して自分の中の前に立たせた。
ーーバシッ!!
容赦のない平手打ちで影は、日陰の頬を張り、日陰もそれを避けなかった。
「あちらへ」
「待って、影! 日陰は、兄さまのために命を掛けました……。どうか、これ以上は」
「ご心配なく。髪を整えるだけです」
時が凍ったような静寂の中、日陰は小刀を取り出し、背を覆う黒髪をひと纏めにすると、後ろ手にした小刀を横に薙ぎ払い襟足から切り落とした。
そして、兄の前に跪くと、切り落とした髪と小刀を前に置き、首を晒すように、深く頭を垂れた。
心臓が早鐘のように打つーー弟は、ただ沈黙を守って待つ他に術はなく、日陰は凪いだ湖面のように、ただ静かに兄の沙汰を待った。
長いのか、それとも短かいのか……凍った時を兄が砕いた。
跪く日陰の腕を取って立ち上がらせる。
「……ーーっ!!」
兄に捧げられ、晒された首筋に、兄は、キツく血が滲むまで噛みついた。
日陰は、無言のまま痛みを堪え、兄は血が滲む跡をぺろりと舐めた後、日陰を離した。
兄がもう一度、弟を振り返った時には、落ち着いた、和いだ瞳をしていた。
兄は、褥に歩み寄り、弟を緩く抱きしめて耳元で囁いた。
「謝らない」
弟は静かに微笑んで、兄に応えた。
「必要ありません。僕は……兄さまの姓奴隷。兄さまをお慰めするためだけに、ここに在ります。だから兄さまは悪くありません。ーーでも兄さま、日陰も……、日陰も悪くありません」
「分かっている。ーー心配をかけた」
「いいえ」
二人はそっと、触れるだけの口づけを交わした。
「日陰、深夜に戻る」
「同衾はさせられません」
「分かっている。共寝するだけだ」
そう言い置き、兄は寝室の奥から王宮へ戻って行った。
「リシェ様……お手当てを」
兄の気配が消えた後、弟の手当てをするために、日陰は褥に歩み寄った。
「日陰っ…………!」
弟は、腰が痛むのも肛門が痛むのも構わず、膝立ちになって日陰に縋り付いた。
「本当に……本当に無茶をして。ーーもし兄さまが戻らなかったら……ううん、戻っていたって無事に済む保証は何もなかった! 例え……、例え自由を約束されている影だとしても!!」
張り詰めていたものが解かれ、やっと気を緩めることができた弟は、堪えてきた涙がながれるまま、日陰の腰をかき抱いた。
「……いつもだったら、僕になんか絶対に気配を掴ませない影の気配が、僕にさえ分かった! 無茶……して…………」
弟がさめざめと泣きながら訴えたそれに、日陰以外の声が応じた。
「ーー全くです」
日陰の後ろから現れた壮年の男は、日陰とよく似た風貌をしていた。
「動揺して、気配を現してしまうなど、恥じ入るばかりです。リシェ様」
「……影?」
「はい。リシェ様」
二人の前に現れた影は、弟から日陰を引き離して自分の中の前に立たせた。
ーーバシッ!!
容赦のない平手打ちで影は、日陰の頬を張り、日陰もそれを避けなかった。
「あちらへ」
「待って、影! 日陰は、兄さまのために命を掛けました……。どうか、これ以上は」
「ご心配なく。髪を整えるだけです」
12
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
被虐趣味のオメガはドSなアルファ様にいじめられたい。
かとらり。
BL
セシリオ・ド・ジューンはこの国で一番尊いとされる公爵家の末っ子だ。
オメガなのもあり、蝶よ花よと育てられ、何不自由なく育ったセシリオには悩みがあった。
それは……重度の被虐趣味だ。
虐げられたい、手ひどく抱かれたい…そう思うのに、自分の身分が高いのといつのまにかついてしまった高潔なイメージのせいで、被虐心を満たすことができない。
だれか、だれか僕を虐げてくれるドSはいないの…?
そう悩んでいたある日、セシリオは学舎の隅で見つけてしまった。
ご主人様と呼ぶべき、最高のドSを…
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
淫愛家族
箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。
事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。
二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。
だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――
兄弟カフェ 〜僕達の関係は誰にも邪魔できない〜
紅夜チャンプル
BL
ある街にイケメン兄弟が経営するお洒落なカフェ「セプタンブル」がある。真面目で優しい兄の碧人(あおと)、明るく爽やかな弟の健人(けんと)。2人は今日も多くの女性客に素敵なひとときを提供する。
ただし‥‥家に帰った2人の本当の姿はお互いを愛し、甘い時間を過ごす兄弟であった。お店では「兄貴」「健人」と呼び合うのに対し、家では「あお兄」「ケン」と呼んでぎゅっと抱き合って眠りにつく。
そんな2人の前に現れたのは、大学生の幸成(ゆきなり)。純粋そうな彼との出会いにより兄弟の関係は‥‥?
神官、触手育成の神託を受ける
彩月野生
BL
神官ルネリクスはある時、神託を受け、密かに触手と交わり快楽を貪るようになるが、傭兵上がりの屈強な将軍アロルフに見つかり、弱味を握られてしまい、彼と肉体関係を持つようになり、苦悩と悦楽の日々を過ごすようになる。
(誤字脱字報告不要)
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる