ジャイアントパンダ伝説

夢ノ命

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【あの世の使者】

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気がついた時、山田優吾(ゆうご)は思わず声をあげた。

自分がおぶさっているのは、黒いケムクジャラの背の上だったからだ。

その黒くて大きな背の上から必死に逃れようとするが、

両の太股(もも)を強い力でしっかりと握られていて、どうにも逃げられない。

思わず訳の分からぬ状態で後ろを振り向くと、真後ろには呼吸を荒らげた獣の顔がある。

ドキモを抜かれるとは、このことだろう。

獣の顔は、よく見るとトラである。

テレビで「野性の王国」を見ていた時、牙をのぞかせ悠々とサバンナの中を歩いていたあの雄姿だった。

優吾は黒い背中にゆっくりとうなだれかかり、そのまま死んだフリをしながら考えた。

そうだ、これはきっと夢に違いない。

起きたら覚めるはずだ。

……いや、まてよ、俺はもう、食うに事かいて、力尽きたはずだ。

そうだとすれば、もしや今起こっているのは、あの世の出来事なのだろうか。

俺を抱えてまっしぐらにどこかへ走っている黒い毛むくじゃらや、それに従うトラは、あの世の使者のようなものだろうか。

もしそれが事実なら、礼節をわきまえて接しなければ、あとで大変なことになるかもしれない。

なにしろこの後に天国か地獄かというお裁(さば)きが待っているのだろうからな。

優吾はあの世の事に関しては、これまで深く考える機会を持たずに過ごしてしまった。

そのせいでこのような事態が起こった時、昔話に出てくるような人のいい爺さんのような考えしかでてこない。

とどのつまり、あの世からの遣いの者には決して逆らわない態度で望んだほうがいいということだ。

その方が天国へ行かせてもらえる可能性が高いと純粋に思ってしまう。

優吾が薄目を開けたとき、黒い大きな背は、細い一本の道をひょいひょいと身軽に渡っている最中だった。

細い道と言っても、宙に浮いている細い道である。

いよいよあの世が現実味を帯(お)びだした。

トラは、後ろからタンタンと走ってついてくる。

優吾はもう覚悟を決めた。

俺は死んだのだ。

俺を担いでいくこの者たちはきっとあの世の使者だ。

もう惑わされぬぞ。俺は死んだのだ。

この身体もきっと幽霊なんだ。

そう思っているうちに、優吾はだんだんと感情的になっていく。



〈続く〉
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