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【逆さまのゴリラの顔】
しおりを挟むやがて、その感情は胸中で渦を巻き、はけ口を求め出す。
俺が幽霊ならば、ここから飛び出しても大丈夫だろう。
と、そんな衝動がこみ上げてくる。
気がついたら、優吾はその衝動に身をゆだねていた。
思いきり、飛んだ。
黒いものの背から反転して身をよじり、黒いものの肩を蹴り上げ、道の外の空間に身を投じた。
落ちていく優吾を寸前のところで、黒い手がむんずとつかんだ。
優吾は黒いものに足をつかまれ、逆さまに持ち上げられた。
優吾の目に、逆さまのゴリラの顔が写る。
優吾は、気が遠くなっていくのを感じた。
******
【不忍池のほとりで】
山田優吾が上野公園に無一文のままやってきたのは、半年前の秋のことだった。
まる二年失業していてアパートの家賃が支払えなくなった優吾は、家財道具をそのままそっくりそこに残して、三ヶ月分の家賃を踏み倒したまま、夜逃げした。
はじめは妹の所へ転がり込むはずだった。
そしてもしも妹に頼んでお金を借りることができたら、アパートに戻ろうと思っていた。
しかし、妹のマンションに行った時、偶然妹の彼氏が来ていて、
「お兄ちゃん、こちらが祐介くんよ。わたしたち、来年結婚するの」
と、妹から男を紹介された優吾は、心とは裏腹に、二人に祝福の言葉をかけて、嬉しそうに振る舞った。
その後、妹の手料理をご馳走になりながら、妹の男とやけに会話が弾んだ。
結局、何も言い出せないまま、優吾は妹たちと別れた。
そしてそのまま、自分のアパートには二度と戻らなかった。
気がつくと、優吾は不忍池のほとりに立っていた。
平日の夜の上野公園は、思ったほど人けがない。
ここへ来る途中、公園の森の中やベンチのそばに、ホームレスの簡易小屋を幾つも見かけた。
ビニールシートで覆(おお)われた四角い箱は、人が一人入れるくらいの小さなものが多い。
中には明かりが灯っているものもある。
優吾は何とはなしに、池の水面に映るビルディングやネオンの明かりを眺めていた。
その逆さまに映った上野の街の灯を眺めていると、自分が来るべきとこに来てしまったという実感が、胸にこみ上げてくる。
歩きはじめたのは、とにかく寝る場所を確保しなければならない、という焦りからだった。
〈続く〉
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