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【幸福という名の村】
しおりを挟む――バスがアルタイ地方に着いたのは夜のことだった。
バスから降りると、冷気に身震いする。
夜の高地は、夏でも寒い。
優吾は背を丸めて歩き出す。
ホテルはすぐそこにあった。
翌朝、目が覚めると、優吾は早めに朝食を済ませて、外へ出た。
『幸福』という名の村への道すじは、バスから降りる時に運転手から聞いていたし、
それにアルタイ地方の地図ももっていたので、およその見当はついている。
優吾はホテルの門を出ると、昨日バスが到着したターミナルの方角と正反対の方へ歩き出した。
前方に雄々しいアルタイ山脈の雪嶺が見える。
歩いている時、優吾の耳の中に、ウルムチで知り合ったカザフ族の青年の言葉が蘇ってくる。
「優吾。中国デハ、大昔、パンダト人間ガ、トモニ、暮ラシテイタ村ガ、アッタンダ。
ソンナ村ハ、タイガイ、人間ヲ寄セツケナイヨウナ、辺境ニ在ッテ、国ニモ、ホトンドのヒトニモ知ラレテイナカッタ。
ソウイウ村ガアルコトガ分カッタノハ、ゴク最近ニナッテカラナンダ。
噂(ウワサ)ニヨルト、幸福村モ、昔ハ、パンダガイタラシイヨ」
遠くで水の音がすると思っていたら、眼前に陽射しを満遍(まんべん)なく浴びた輝く川面が見えてきた。
近づいていくと、流れ行く川面には、小さな太陽が映し出されていた。
そしてその光の強い円を中心にして、そこから、光が伸びてひし形状に広がっていく。
流れの断続的な変化にともないそれは、生き物のように揺らいで見える。
まるでそれは、眺めていると、川上に泳いでいく大きな魚のようだ。
優吾は、しばらくそれを眺めていた。
それが珍しいというわけでもないのに、流れの状態の変化や風の発生によって、川面に映し出された光の形が変わっいくのに、
どうしても目がいってしまう。
やがて、雲が通過して太陽を隠し、川面に影が映った時、優吾は、顔を上げた。
強い光を正視しすぎたためか、少し目が痛む。
辺りを眺めると、橋の姿はまったく見当たらない。
幅30メートルの川だから、まさか歩いて渡るわけにもいかない。
どうしようかと迷っていた時、ふいに、川面を滑るようにして向こうから無人のイカダが流れてきた。
〈続く〉
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