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【緑青のドーム】
しおりを挟むそれは優吾がいる岸のすぐ前で止まった。
イカダは、やっと二人乗れる位の大きさで、丸太を縛(しば)って作ってあった。
イカダの上には、長い棒切れが一本横たえてある。
これで漕(こ)げという意味なのだろう。
思いがけなく運がいいぞと優吾は思う。
何も考えずにそれに飛び乗ると、棒切れを手にして岸から離れた。
イカダはあまり流されることもなく、真っ直ぐ向こう岸まで進んだ。
優吾は船頭気分で櫓(ろ)を漕(こ)ぐように棒を操る。
岸に着くと、優吾はイカダから飛び降りた。
目の前には、大きな森が広がっている。
背丈の高い木々がひしめき合い、鬱蒼(うっそう)とした緑の屋根が空を隠している。
話によると、ここからは歩いてしか行くことが出来ないらしい。
この森を通り抜け、一時間ほど山を登れば、『幸福』という名の村にたどり着くはずである。
優吾は森の入口に立つと、ふと、後ろを振り返った。
イカダは、もう、そこにはなかった。おそらくどこかへ流れていってしまったのだろう。
森の中に入っていくうちに、イカダのことは、もう気にならなくなった。
細い道が森の奥まで続いていた。
道なりには、足元にシダ類やゼンマイが群生し、道の両側にはアーチ状に笹が鬱蒼と繁っている。
時折、覆っている天井の笹の葉が途切れて、マンホールの穴を覗くようにして木々の世界が覗いて見える。
棒のように真っ直ぐに伸びた幹が、森の中を狭く見せる。
森の天井は、さながら緑青のドームのようだ。
その森の上にひしめく緑青が、森の中を影で覆い、地面を湿らせる。
湿った土には、シダ植物や茸が生えている。
森の中には、光はあまり射してこないようだ。奥へ入っていくほど、薄暗くなる。
笹のトンネルは、巨大なイモムシのように真っ直ぐに伸びていく、そんな風に優吾には感じる。
それは、時折、急な上り坂と下り坂が交互に続いたりするからだ。
あたかもイモムシが、上下に身をくねらせながら前に進んでいるあの状態の時の、
イモムシの内部を歩いているような感覚を受ける。
そんな状態のままに、長い間森の中を進んでいるうちに、ようやく光の射し込んでいる場所へ出た。
笹のトンネルは、ここで一端(いったん)途切れていたが、また坂の上がり際から、長いイモムシの背を伸ばしていた。
〈続く〉
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