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【咲カヌ桜】
しおりを挟む〈2012年4月1日〉
上野公園と言えば、江戸時代からの桜の名所である。
春になれば、ソメイヨシノ、里ザクラ、山ザクラなどが蕾を開き、はなやかな賑わいを見せる。
夜になればそれらの木々は、夜空に明るい雲のような花明かりを灯し、並木道を通る人々を夢見心地にさせる。
そのため、毎年の恒例のようにそれを目当てに会社帰りの勤め人のグループやアベック、若者連中がここへ訪れる。
しかし、今年の上野公園では、予想外のことが起こっていた。
いっこうに桜が咲く気配を見せないのだ。
今日も公園の桜並木の下を歩いた人が気がつくことと言えば、
蕾とはほど遠い小さな芽が、枝のあちこちに硬くなった状態のまま、
ときおり吹く風に揺れているということだけだった。
この道を冬に歩いたことがある人が、今日ここを通りがかったならば、
その木々の姿を見るなり一瞬、冬の光景を目の当たりに見ているような錯覚に陥(おちい)ったとしても、不思議ではないだろう。
それほど、春というには、ほど遠い、桜並木の光景だった。
今日の上野は、朝から雲一つない快晴だった。
不忍池の水も温かくなり、ボートを漕ぐカップルの姿もちらほら目につくようになった。
毎日のように、TVでは、しきりに桜の開花予報を報じていた。
画面に映し出された知的な女性ニュースキャスターは、上野の桜が咲く気配を見せないことを、ここ数年の環境破壊による影響ではないかと疑問を投げかけていた。
夕方のニュースでは、『今年はなぜ、上野公園の桜が咲かないのか? 』という特集が組まれ、某大学の教授であり歴史学者として名高い白髪の老人がゲストとして招かれた。
男性司会者が、歴史学者としての意見を求めると、白髪の老人は、ゆっくりとした口調でこう語った。
「今からだいぶ前になるが、明治時代に今年のように上野のお山の桜が咲かなかったことがあった。それが数年間続いた。その間にお山を中心とした上野では、色々な災いが起きたという。
大規模な町の火災や、お山に落雷が落ち死傷者が出たり、動物園の飼育係がゾウに踏まれて命を落としたこともあった。それからというもの、上野のお山の桜が咲かない年には災いが起こると言って恐れられたものだ」
〈続く〉
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