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【力の限り】
しおりを挟む優吾は、今まで自分が隠れていた木の前に立った。
それは丁度、パンダの目の前に飛び出すような恰好になった。
パンダの方もひたりと足を止めた。
四本足で立った状態で、優吾の目を下から除き込む。
互いに見つめ合う時間が続いた。
優吾はふと、気がつく。
自分は過去に何度もこうやってパンダと目を合わせたことがあったことを。
そうだ、こうやって見つめ合った。
あれは、いつだったろう。
優吾はパンダの目を見つめたまま、それをしきりに思い出そうとする。
「上野に平安を取り戻すのに、力の限りを尽くしなさい」
口は開いてはいないのに、目の前にいるパンダの声が、優吾には聞こえた。
何故だろう。
こうやって見つめ合っているうちに、確かに優吾は、互いに見つめ合うことで、
声とは別の種類のコミュニケーションのパイプが、パンダとの間に生じたような気がした。
それは目から伝わる電波のようなものが、直接的に脳に響いて、言葉に転換されるのではないだろうか。
優吾は、瞬間的にそう思った。
目に見えないパイプを通って聞こえてくるその声は、こう続ける。
「そのためにも、ユウゴ……そろそろ決めなければ……」
そう言うと、パンダは突然、その場で二本立ちになり、手につかんだ粉をパッと振りまいた。
その拍子に、目の前に深い霧のようなベールがかかり、優吾の意識は曖昧(あいまい)になってきた。
気がついた時には、朝だった。
頬を包み込む陽光の温もりに心地よく目を覚まして、上半身を起こした。
まだ葉をつけていない銀杏の枝々が、頭上に見えた。
優吾は、ゆっくりと立ち上がった。
小屋の屋根が風で飛んだらしく、横に滑り落ちていた。
優吾は、しきりに下を見回してみた。
銀杏の葉っぱは、どこにも落ちていなかった。
〈続く〉
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