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【黒光りした革靴】
しおりを挟む起きたら、無性に絵を描きたくなった。
紙を手にした途端、鉛筆がスルスル動いていた。
たちまち五枚の素描が出来上がる。
あの、氷河の中に閉じ込められたパンダの絵だ。
優吾はそれを、銀杏の木の下で一時間ばかり眺めた。自分が描いたとは思えないほどの出来ばえだったからだ。
その絵の中のパンダは、今にも動き出しそうに思えた。
氷河に亀裂が生じ、硬い氷のかけらが飛び散り、ジャイアントパンダがのっそりと立ち上がる。
その絵を見ていると、優吾はいつのまにか、その光景を想像している。
自分が描いた絵なのに、これほどリアルな絵は今まで見たことがなかった。
優吾は絵の出来ばえに感心して、何度も頷(うなず)いた。
「これは売れるかもしれない――」
思わず、独り言が漏(も)れる。
さっそく優吾は、公園内の似顔絵を書く画家が何人も腰かけている階段の所へ行って、そこの一隅に腰かけた。
拾ったばかりの新品の白い水玉のシートを広げ、その上に五枚の絵を置いていくと、
優吾はときおり空に目をやりながら、前の大通りを行き過ぎる通行人を眺めた。
気持ちのいい晴天だった。
どこかでしきりにカラスが鳴いている。
何人もの通行人の足音が階段に響いた。
しゃがんでいる優吾の太股(ふともも)の部分に、それは男ならタンタンと、女ならコツコツという様々なテンポを含んだ足音が響いた。
階段を前後から行き過ぎる通行人の中で、黒光りした小さな革靴が優吾の目の前にふいに立ち止まった。
〈続く〉
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